年の離れた妹が生まれるまでは


末っ子だった。



姉を押しのけ、父も母も兄も独占していたある日、


妹ができた。


兄妹4人で写ってるその日の写真を見ると、


赤ちゃんの妹を抱っこしてる姉は満面の笑み。


でも同じように赤ちゃんを抱っこしてる自分の顔は笑ってない。


BABYベッドの真ん中に寝る赤ちゃんを囲む兄も姉も満面の笑み。


でも、私だけ、口をムスッとさせている。



子供ながらに、赤ちゃんが脅威だったのかな。。。



幼い頃の記憶では


母に差別された記憶もないし


妹に両親、兄姉を取られた!と感じることもなかったんだよな。


小学校高学年まで妹と遊んでたし。



兄と姉にいぢわるされた記憶もなく、それどころか思いだすと


兄や姉の友達の輪にいると年下の自分が特別扱いされるのが心地よくて


自分の友達よりも


年上のひとたちに遊んでもらってばっかだった。


それで調子に乗ってるようなイヤ幼児だったように思う。


だから自分の友達はいなかったし、友達を作ることが下手だった。



妹が出来て数年経った頃、兄は中学生でもう遊んでくれなくなり


転校により新しい友達作りに梃子摺っていた姉に代わり


わたしの遊び相手となったのは


ちょうどいい具合に物心のついてきた妹。



よく遊んだけど、よくいじめた。



いじめた理由は覚えてないけど


一度も妹を『可愛い』とか『愛おしい』と思ったことはない。


本当に、自分の遊び道具の一部としか見てなかったかもしれない。



両親は末っ子の妹をえこひいきすることもなかったけど、


姉との方が年が近いのに


年の離れてる妹とひとくくりにされるのがスゴク嫌だったのを覚えてる。



いつも『ちびたち』呼ばわり。



しかし実際、わたしは精神年齢も幼かったと思うし、身体もクラスで1番小さかった。


姉とわたしを比べると、妹とわたしのほうが年が近く見えるような外見だった。


小学5年になるまで、小食で妹とおそろいにお子様ランチを食べているような子だった。



4人の子育てにおわれる母は一人になる時間を求めてた。


幼い頃からお風呂に一緒に入った記憶は父としかない。


家族旅行も、母抜きで子供たちと父だけで行くことが多かった。


お風呂も、父と妹と3人で入ってた。


父のいない時は妹と2人で入ってた。


結構なマイホームパパだった父のことが大好きだった。


わたしが一番父を大好きだと思ってた。父は一番わたしのことが好きだと思い込んでいた。



お母さんのことを同じように


自分がいちばんお母さんのことを好きだ!と思ったことがあるか・・・


と考えたら、ないかもしれない。


じゃぁお母さんのこと好きじゃなかったのかな?


と考えると


わからない。


母としてすごく大切に思うし、母を尊敬もしてる。


でも、どうしてだろう。


一度もないかもしれない。


母に愛されてると感じたこともない気がする。



差別はされなかった・・・


そう自分に言い聞かせてるだけで、やっぱり差別されていたのかもしれない。


おそらく実際に目に見える差別はなかったと思う。


他の兄妹にもわかるような差別もなかったのだろう。


でも、今思うと、そういえば父が注意していたような記憶がある。


「差別するな」と。


母は無意識だったかもしれいないし


自分を正当化していたかもしれない。



私の感じている母像と、妹の感じている母像は共通点もあるけど


子供に対する想いの面では正反対。


それは、私が間違っているのかな?


私の感じ方がひねくれているからなのかな?


子供というのは感受性がとても高い。


しかも私は極度の神経質。


他の兄妹が感じないことまで感じ取るような子供だった。



そんな私が感じてた母像。。。



わたしはやっぱり、母とうまくやっていけないかもしれない。



母が大好きだけど


母を憎んでしまう一面もある。


母を独り占めしたくて、いつだって母を追いかけていた。



年の離れた長男である兄がいて、年の近い長女である姉がいる。


そして末っ子、年の離れた妹がいる。


4兄妹の3番目。


母に甘えようとすると妹がいて、母に褒められようとすると姉が先にこなしている。


母と姉と妹、いつも仲良く話してる。


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母との関係を修復したいけど中々出来ずにいる自分をゆっくり


振り返るために綴るBLOG。



おんなじような境遇の人や、感覚の人がもし立ち寄って読んでくれたら


考えを聞かせてください。