私の周りも濃厚接触者となりお休みされる方がのきなみ増えています。




皆さまが日々つつがなく
健やかにお過ごしでありますように。




受験生の健闘を祈願しています。
















凍てつく朝も

鳥たちのにぎやかなさえずりにさそわれて



寒いとわかっていても
少しだけ
外に出たくなります。










コロナ禍以来
鳥たちに
ずいぶんとなぐさめられてきました。






あぁ、カメラを向けると飛び立ちます。
近すぎるのですね・・・





鳥の世界の面白さを教えてくれた方の一人、


NHK『ダーウィンが来た!』をはじめ
数々のテレビ、ラジオにご出演の
京都大学白眉センターの鈴木俊貴さん。


世界初、鳥語を証明した研究者として脚光を浴びています。




教科書にも取り上げられました。





鈴木さん、卒論のテーマを考えたときに、

そういえばシジュウカラの鳴き声は色々あるな、と取り上げ、

以来ずっとこのテーマで研究を続けておられるそうです。




すごい耳、そして観察眼と着眼点の持ち主ですね。






シジュウカラ達には
独自の語彙と文法があって、

同じカラ類同士で危険を細かに教え合ったり
餌を誘い合わせて食べに行くそうです。


で、リスもカラ達の会話を聞いて
天敵から身を隠しているよう。





証明されている事実はまだ限られているけれど

擬人化せずとも
鳥が言葉をもちコミュニケーションしている事実はSFのよう。

他の生き物達にもどんな会話があるのだろう。



いずれは人と鳥や他の動物が
コミュニケーションをとれる日が来るのかしら?


想像するだけで胸が踊ります。







こちらの記事は鈴木さんの研究内容と論文リンクです。




こちらが鈴木さん。


↑朝日新聞の記事より
この写真、少し奇妙なところがあります。


 




鉛筆ではなくて、小枝!


思い込みに騙されず
観察は大切ですよ〜
というようなことを話されていました。



この遊び心!凄く好きですグラサン









鈴木さん、映像で拝見していると、
軽井沢のフィールドでの研究調査のご様子がずいぶんと楽しそうです。



人間の世間にいる時間よりも、
鳥たちの生活圏にいる時間のほうが
長いのかしら。
研究がのっていることもあるのでしょうが、
満ち足りた過ごした方にみえて、
よけいに鈴木さんの研究が素晴らしく思えます。








画像はお借りしました。


去年、9月頃かな。
生まれたての子猫の鳴き声が聞こえると
声のするほうを探したら、

初めて「メジロ押し」を見ました。

スズメの学校と言うけれど
メジロは、保育園?

ミーミー鳴きながら
ごちゃごちゃ集まっていて、



愛らしいのなんのラブ










『ことり』小川洋子



メジロが登場する一冊。


メジロは水よりもガラスよりも、
この世にある何よりも澄んだ声を持ち、
奏でる歌は
透き通った声で編まれたレースそのもので、 目を凝らせば
光の中に模様が浮かび上がって
見えてきそうだった。



小川洋子さんが綴る
鳥たちの描写がとても澄んでいて濃密で、
ときに生命の生々しさもあって
読むとうっとりします。



物語は小鳥の小父さんと呼ばれる老人の死から始まり、老人の幼い頃に遡ります。


小鳥の言葉を理解し、
独自のポーポー語のみを話す兄と、
ただ一人
兄の言葉を理解する弟、小鳥の小父さん。


小父さんは
規則正しく同じことを繰り返す生活をおくる兄を守るようにして、

家とその近所の小さな生活圏で
二人で慎ましく暮らしていました。

その暮らしは兄が愛おしむ鳥たちのさえずりに満ちていましたが、
兄亡き後、小父さんは巣立った小鳥のように無防備に世間にさらされ、傷つきます。


ある日、傷ついたメジロを助けます。
小父さんはポーポー語を介して、メジロと気持ちを交わします。


メジロの美声を所有したがる者に対して


求愛のさえずりが相手に届く自由を 
メジロ達にとり戻そうとする小父さん。


本当は鳥に生まれるはずが
あやまって、
人間に生まれてしまったように思えました。



もちろんメジロもポーポー語を理解した。
それを聞くといっそう張り切って
両足を踏ん張り、
もっとよく聞いてもらおうと背伸びした。
そうやって二人は午前中、
一緒に歌って過ごした。





小川洋子さんの静謐な文章でつづられる
小父さんと兄と鳥たちとの生活は

ささくれた気持ちも
しだいに整えられていくような
不思議な読み心地の物語でした。










『言葉の誕生を科学する』岡ノ谷一夫 小川洋子



『ことり』の源流となる対談。



岡ノ谷さんの
ハダカデバネズミやシジュウカラの
音声コミュニケーションの研究が

実は言葉の起源を探るものであったことから

小川さんが深い興味をもって始まった対談です。

互いの言葉を真剣に聞き取り、
そこに込められたものを
見落としていないか自問し、
結局は込められた以上のものを受け取る。
そういう対談だった。

岡ノ谷さんも、鈴木さんの研究の前に、人間の他に言葉があるなら鳥だと話されています。他国でも動物の言葉を探る研究は色々とあるようですね。



この対談ののちに『ことり』が書かれます。

なので二人の対談の影響が
『ことり』に色濃くあって、
この本を読んでいると
小川さんの創作の神秘に
ひそかに触れているようです。



広い世界で人間だけが言葉をしゃべっている。
この不思議についてなぜ自分は今まで深く思いを致さなかったのか

ノンバーバルなコミュニケーションがどうやって人間の言葉まで辿り着いたか


小川さんの数々の問いかけに 
岡ノ谷さんは
科学的な研究に基づいた
仮説に立ち返りながらも


時間感覚、神、自己意識の起源、心のありか、死、物語ることなど、


言葉の起源をめぐる
多岐にわたる問答を重ねます。






言葉を知らない子どもたちが、
大人には決してたどり着けない
物語の奥深い世界を旅するのと同じだ。

一旦言葉のない地点まで戻らなければ、
言葉にによって築き上げられた世界の
真実は見えてこない。






やはり人間、考えなければ駄目だと痛感した。結論が出ないとはっきりしている問題についてこそ、考え抜くべきだ。

そして考える人間の傍らには必ず、忠実な従者のように、言葉が付き従っている。

だから、考えている間、人は孤独ではないのだ。


(引用すべて小川洋子)


鳥の求愛のダンスの話からフィギュアスケートは求愛のダンスなのではないか、とか

音楽は感情と情動をシステム化したもので、言葉には情動がのっていない、とか

ガはコウモリの音声を真似て脅し、雌を動けなくしてから交尾する。
幼児や鳥の雛も泣くことで生命の危険に晒し、脅すようにして世話を求めているのではないか、それも言葉の起源と考えられるのでは、とか。


その仮説の真偽はさておき、ものごとを見る目が変わるような視点をいくつも話されていて、刺激的です。





『さえずり言語起源論』岡ノ谷一夫


岡ノ谷さんの「言語の起源は求愛の歌だった」とする言語進化の仮説と研究の成果がまとめられています。


『「つながり」の進化生物学』岡ノ谷一夫


言葉からコミュニケーションに興味が移ってきたという岡ノ谷さんによる高校生への講義録。

本筋ではないけれど、知的な脱線の話題が高校生達を凍らせたのでは?という場面が思いのほか心に残ってます。


岡ノ谷さんはときに自由奔放な着想を語り、そこから新しいテーマや手法を探っていかれるそうです。文章にもその気配が感じられて、発想力の源泉のようなものを見せてもらったような対談や講義録でした。





小鳥読書


『ことり』では
小父さんは鳥小屋の掃除以外の時間を
図書館で鳥にまつわる本を読んで過ごします。


小父さんは“小鳥読書"とよんでいて
ふと思いついて、
私も鳥の本を探してみました。



『リボン』小川糸



おばあさんのすみれちゃんが
拾った卵を
自分のふわふわの頭髪の中で
じっと暖め孵化させたオカメインコ、リボン。


オカメインコの平均寿命は長いのですね。
20年から30年といわれるうちの
長い年月をリボンは
さまざまな人間と出会い、旅します。


もともとは雑誌の連載だったようで
章がかわるたびに
語り手も時も場所も変わります。

その構成が少しわかりにくかったものの

見方を変えれば個々の短編は

愛鳥との再会を願う者が繰り返し見る夢のようにも思えました。



『つばさのおくりもの』小川糸


オカメインコのリボンから見た物語。
絵本のような短いお話です。
サービス精神旺盛な作者の
読者へのプレゼントのよう。

読まないままに
想像をふくらませるのもいいかな、
とも思います。







『スノーグース』ポール・ギャリコ



名作なのですね。
様々な版があり、私はこの絵本を手に取りました。

灯台に住みついた
孤独な画家の青年のもとに
少女が
怪我をしたスノーグースを抱えて訪ねてきます。



青年は背中に瘤があるために
人々からの冷たくされていました。

少女もはじめは恐れていたけれど
青年の優しさにふれ
スノーグースに会いにくるようになります。


スノーグースは何年も飛来するうちに
ついには青年のもとを住処とします。


あるとき
青年はニュースを聞き決断します。





鳥を助けたように
自分にもできることがあると。

スノーグースもまた共に旅立ちます。






ダンケルクの戦い。

映画になるまで知りませんでした。


スノーグースは
まるで方舟に飛んできた鳩のように
天と人をつなぐ何者かのようでした。







鳥が傷ついたときに
はじめて人とともに過ごすものの
小さな体が蓄えている
はち切れそうな力

翼をもつ鳥の自由さ
近寄りがたさ
天への近さ

ほんの数冊だけでも

小父さんが鳥をたよりに見た世界は
こんなにも多彩なのだと

あの小さな慎ましい生活は
驚くほど広いところへつながっていたのだと

その壮大さに気が遠くなりました。




その気づきは、私もまた 
小鳥の小父さんを理解しえなかった
住人の一人であったことをつきつけ
さみしくなります。














 

また、すこしずつ
鳥の本を探してみたいです。
















備忘録

『ことり』の書評があります。