今年もよろしくお願いいたします
新年、初詣に出かけた親戚が
案外空いていたよ、
と教えてくれたので
子に付き合ってもらい
鎌倉に行ってきました。
目的地は大河ドラマ館。
ブログ記事でも拝読して
気になっていたのです。
会場となる
鎌倉文華館鶴岡ミュージアムは
鶴岡八幡宮の敷地内にあるのですが
お正月、八幡宮はとんでもない人出でした。
午後遅くに到着したので
日の高いうちに
ゆかりの地を巡ろうと。
行き先はこちら
同じく今期の大河にはまった
子と話しながら辿ったので
写真がほとんどありませんが
東の鳥居をでて
畠山重忠邸址
頼朝が髷のなかにおさめていた
小さな観音像をまつった白旗神社と
頼朝の墓(後世に整備されたもの)
頼朝の歌碑の脇の道を通った
すぐ隣
私道のような道を辿ると
頼朝の墓と並ぶようにして
北条義時の墓(法華堂跡)への階段
ひっそりとしていました。
上は法華堂跡を示す杭のみの平地です。
14世紀初頭に焼失し
その後はながらく
耕作地となっていたのでしょうか。
2005年に『吾妻鏡』の記述をもとに
杭や瓦を発掘し
場所の特定にいたったそうです。
敷地奥にはさらなる階段の先に
大江広元らの墓(後世の子孫が整備)もあります。
他には実朝抹茶大納言
政子苺など。
甘さ控えめで
南国しろくまのフルーツと凍った外郎?のような食感。
さくっと大倉幕府跡
北条執権邸跡をみて
執拗なまでの粛清のなかで
インパクト大だった上総広常。
その書状など。
展示物はどれも舞台道具、
本物ではありませんが
歴史考証、大道具小道具衣装と
舞台裏が垣間見えて
凝った文化祭に訪れたようでした。
脚本の三谷幸喜さんは
北条氏が残し
自分たちを美化している『吾妻鏡』
宮家に近い慈円の『愚管抄』
九条兼実の『玉葉』
藤原定家『明月記』などの歴史書
現代では永井路子さんなどの作家、
研究者が残した解釈
最新の歴史研究を参考に脚本を書かれたのでしょう。
そのなかで新たな解釈にもとづいて
オリジナルな人物像と
その関係性を描き出すって
凄い才能です。
印象的な場面の記述を
他の文献から
少しさぐるだけでも気が遠くなりました。
人物像が
三谷幸喜作とは異なっていても
資料はふんだんにあり
それでもなお
大切な人を亡くす人生でなぜそんなに強く生きられたのか、まだ掴めないと言われた小池栄子さん(北条政子)や
深い恨みを抱えただけでは生きられないと思ったという宮澤エマさん(阿波の局)
演じた方々が当時の生き方を
自分の身体に落とし込むなかでの
わからなさや気づきを語っておられた
インタビューと
真摯に語られる表情が
心に残りました。
強引に誘われた子も満足したようです。よかった。
パンフレット持参で無料入場できる
国宝館、文化交流館を訪れれば
ドラマ館の入場料は大人子ども
それぞれ200円になりますね。随分お得。
9日まで。
ウェブ上は今は売り切れですが
当日開放枠があります。
私が今回一番印象に残ったのは
北条義時法華堂跡の脇にひっそりとあった
三浦氏を弔うやぐらです。
(写真右奥)
やぐらは
僧や武士の墓でもあり
供養を行う場でもあったようです。
殺伐とした時代に極楽浄土を願う。
鎌倉の砂岩が削り彫りやすく
人口増による土地不足から
とられた方法ともいわれていて
鎌倉で最も多くみられるそうです。
お寺の奥や山道にあるものは
これまでも見た記憶がありましたが
大河ドラマで登場した人々の子孫が
時の権力者に匹敵する力をもったがゆえに
政争の結果
一夜で500名が自刃し
一族が根絶やしとなった
その霊を弔ったものが
塔や寺ではなく
現地近くの
洞穴のようなところにあるという事実。
昼間も暗く、奥が見えない
やぐらの中は
この世とあの世がつながっているようにも思えました。
立て看板もARも昨年設置されており、
ドラマをきっかけとしたのでしょう。
それまでは訪れる人は
限られていたのではないかと思います。
鎌倉で発掘される人骨は
頭だけだったり、首なしだったり
凄惨な歴史を垣間見せます。
一方庶民は埋葬の習慣がすくなく
風葬もあったそうです。
諸行無常を感じ
当時の死生観へ
思いを馳せることになりました。
備忘録・・やぐら巡り
鎌倉ガイド協会おすすめ散策コースから
☆古道ハイキング(5km)
杉本寺(鎌倉駅からバス)→巡礼古道→浄妙寺緑地→まんだら堂やぐら郡(期間限定公開)→名越切通→長勝寺バス停から鎌倉へ
☆やぐら散策(3km)
半僧坊下バス停(大船駅)→尾根道→十王岩→百八やぐら→覚園寺→十三仏やぐら→鎌倉宮バス停から鎌倉へ


















