Yukaのブログ

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オーストラリア滞在中、いくつかの仕事を転々としました!


それぞれについて簡単に記録しておきますね。


ちなみに最初に書いておくと、VISAは学生ビザ→ワーホリビザ(一年のみ、セカンドなし)でした。

仕事でVISAサポートもらえると言われて完全にその気でいたけど、すぐ頓挫して、そのまま。。。




①Bondai カフェ


・以前のブログに詳しく書いたもの

・飛び込みで見つけた

・ヒュー・ジャックマンがホリデーシーズンになると来てた

・スタッフはめちゃくちゃ多国籍、めちゃくちゃあったかかった

・時給13ドル?だったかな?最低時給よりちょっと少ないけど、日本食レストランとかよりは全然良いし、何より現地のスタッフとやってますって感じで楽しめた!

・カフェなので使ってる英単語が限られてるので、ある程度慣れたら働ける

・常連さんと会話するのは緊張するし、結構失敗したりもした💧自信がやっぱりなかったら、全然何にもうまくいかない。

・綺麗な海見ながら美味しいもの食べ放題で、思い返すと、素敵な場所だったなあ…


↑カフェ辞めるときに作ってくれてたプレート🥲




②シドニー 現地語学学校マーケター


・学校在籍中に募集に応募して採用される。なので最後3ヶ月は学生と仕事両立してた。

・現地日本人向け求人サイトから

・日本市場マーケターというポジション。

・学生ビザの残りとワーホリビザを使って半年かけて試験雇用して、うまくいけばビザサポートあり、といわれてた。

・オーナーと受付の方、お二人が日本人スタッフ、他は多国籍。先生方はもちろんオージー中心。

・マーケターとか言いつつ、完全に営業のお仕事だったし、むしろなんでもやってた。

・ひとまず時給16ドル、1日5時間、5日間で週400ドルの契約。(なので週末はカフェの仕事とダブルワークでやってた。休日はなし。学校もあったし、夜は遊んで、寝ずに働いてた💧)

・担当してたのは日本企業なので、仕事は日本相手。前任の方の丁寧な引き継ぎもあって、結構、いやかなり売り上げはよかった。

・隣の席のブラジル人スタッフAdrianaがとにかくはちゃめちゃな働き方で、めちゃくちゃ仲良くなったし最高だった💓

・残業はしまくってた。英語もネイティブの話は正直全然分かってなかったけど、誤魔化し誤魔化しやってた。

・結局仕事に魅力を感じられないまま試験期間の終わりを迎えたときに、社長から

「契約更新したい。社員になって欲しい。けれどVISAは実は学生ビザを転用して、働き方の形態はそのままで」と言われる。約束違うし!超絶ブラック企業やん!!と思い、ならば辞めさせてもらいますと辞職を申し出。

・社長も負い目があったのか、とっても円満に辞めさせてもらえた。Farewell partyまでしてくれたり。

・でも現地の顧客の皆さんからは私は最初から正社員でビザサポートありで雇われてると思われてたので、何かあったんですか?!ととってもびっくりされた。

↑仕事最後の日にAdrianaに「いかないでー!」って椅子にLANケーブルまかれてたとき



③メルボルン 5ツ星ホテルF&Bスタッフ


・ここはわたしには地獄。ここで心が壊れてしまった。


・ホテルグループの専用求人サイトから(ホテルの指定はできない、もともとホテルのリネンスタッフ希望してた)

・朝食Buffet スタッフ、朝7時から昼過ぎまで勤務

・時給18ドル、週末36ドル、祝日54ドル

・日本人他になし

・働き出したときは、こんなに素敵な場所で働ける自分最高!ここで絶対成功したる!みたいな気分✨


ところが。

・超絶忙しい、とにかくブラック企業

・国籍によって働き方が違うのを思い知る。そしてホテルキッチンスタッフは常にぴりぴりしている、戦々恐々。

・全力で丁寧に働く働き方は、ひたすらうまく利用されるだけ。ギブアンドテイクなんてない!!疲れるのは自分だけ!!!

・メンタルの強いものが生き残る世界。

・最初仲良くなった香港人と韓国人は職場にブチギレてすぐ辞めて行った。(私もここで去るべきだった…)

・ニコニコしながら働いて、助け合い精神で、なんて望む私がバカだった。そういう場所じゃなかった。

・そのときの上司(インド人女性)に配置換えを申し出ても仕事の相談しても全然取り合ってもらえず。「日本とインドって文化がとてもよく似てるから気持ちはすごくわかるわー」と言われてからは話す気がなくなった。

・ここで気持ちに余裕が完全に無くなって、前回の『メンタル編』で書いたように自分で自分のことをとにかく追い詰めてしまう。

完璧な英語を喋らなきゃ、充実した毎日を過ごさなきゃ、完全に現地に溶け込まなきゃ…!と。

・最後は完全に鬱になってしまった。

 自分に対する自信がとにかくなくなって、口から英語が出てこなくなって、涙が溢れて、仕事にいけなくなって…最後は半分クビみたいな形で去った。





 語学学校の仕事も思うようにいかず、ここでも続いて不本意に辞める形になり、大きな挫折感を味わう。

 何をやってもうまくいかない自分、日本にも帰れない、どこにも居場所がない、価値がないという考えに取り憑かれてしまった。

 精神状態がかなりひどくなり、ここで初めてカウンセリングを受け、問題は自分の自己肯定感の無さにあると自覚。自信もお金もここにいる理由も何もなくなったので、敗北感を抱いて日本に帰ることを決める。

 

 余談だけど、帰国して初めて自分の生育環境に問題があったと気づけて、年月をかけて改めてちゃんと母との関係を結んで自己肯定感を一から築くことができた。ので、結果、良い経験だったとは思ってます⭐︎



④メルボルン 日本人土曜校1年生担任


・現地日本人むけ求人サイトから

・産休に入る先生のサポートで3ヶ月限定の雇用

・日本の公立学校で仕事をしていた経験を買われて採用される

・一時期ホテルスタッフと同時進行。

・めちゃくちゃやりがいはあった⭐︎子どもたち最高に可愛い⭐︎

でも、1年生の担任なんてやっぱりものすごくものすごーーーく大変。安請け合いだったといまではわかる。。。(当時は、死に物狂いで出来そうな仕事に飛びついて、絶対成功してやる!!って息巻いてて冷静に見えてなかった。)


・本当に必死でなんとか3ヶ月を終えた感じ。めちゃくちゃ頑張った。期限付きだからというのと、責任感でやりきった。

・私は完全に無力だったけど、子どもたちがとにかく可愛くて、支えてもらった(全員やんちゃして暴れまくってたけど)おかげで、ちょっとだけメンタル回復。というかこの子たちのおかげでメンタルギリギリ保てたかな。


↑「金」って漢字を体で覚えようとしてるひとたち😂




番外編/現地小学校スタッフボランティア


・週に一回、完全にボランティアで。

・日本語スタッフとして

・現地の学校を見学させてもらう目的で

・ローカルの人たちの生活とか、教育とか、いろいろと知ることができた



私が仕事として経験したのはこの5つ。

他にも面接受けるだけでやめた仕事とかもいろいろあったなあ…(現地のおじさんの愛人業とかもあったなあ、そういえば!!月3000ドルくらい提示されてた😂もちろん断った)


いろいろ同時進行してるので、これでトータル1年半くらいかな???


振り返ってみて、当時私の周りでこんなに頑張ってた人はたぶん私以外いなかった。

それくらい毎秒を必死に生きてた感じ。

そして完全に燃え尽きた。


自分で自分の首絞めまくったと、いまでは思えるのだけど。


いろいろ思い返して言いたいことはたくさんあるけど、それはまた、別に書こうかな。


とにかく、私、がんばりましたよ。