ん?つよし?
こないだみんなで久々に会って
改めてここは自分の居場所なんやなぁと思った。
音楽でつながることはこんなにもむつかしい、
でもこころが、繋がってるのならいつかまたきっと。
私はみんなを誇りに思う
優しくてお馬鹿で真面目で温かいみんなが私の宝物なんだよ。
Android携帯からの投稿
こないだみんなで久々に会って
改めてここは自分の居場所なんやなぁと思った。
音楽でつながることはこんなにもむつかしい、
でもこころが、繋がってるのならいつかまたきっと。
私はみんなを誇りに思う
優しくてお馬鹿で真面目で温かいみんなが私の宝物なんだよ。
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やぁやぁ、みなさん、元気かい。
↑特にバンドのメンバーへ向けたメッセージでもある
久しぶりに聴いた曲が、いいインスピレーションをくれたから、
またひとつ曲ができればいいなぁ。
停滞感は人間の敵。
感性が腐って「よしやったろか!」という気持ちがなくなる。
いつもいつも、これではいかんと感じておるのです。
↑特にバンドのメンバーへ向けたメッセージでもある
久しぶりに聴いた曲が、いいインスピレーションをくれたから、
またひとつ曲ができればいいなぁ。
停滞感は人間の敵。
感性が腐って「よしやったろか!」という気持ちがなくなる。
いつもいつも、これではいかんと感じておるのです。
実家で療養のつもりが完全に病んだ!
やはり田舎は時間の流れそのものが違うもちろんいい意味でやけどな!
やはり田舎は時間の流れそのものが違うもちろんいい意味でやけどな!
いつも思うけど、
曲作りは本当に難しい。
音楽もクリエイティブだから当然だけど、必ず産みの苦しみがつきまとって、でもその苦しみから逃げているうちは絶対にいい曲は作れない。
学生時代にハッと気付かされた恩師の言葉がある。
「作品は自分の子どもと同じ。出産はとても大変なことだけど、産まれた子どもは何よりも愛おしいよ」
僕は気づくまでに結構時間がかかってしまったけど、苦しんで悩んで悩んで悩み上げた果てに何かが産み出せた時って、これまでの苦労など全部チャラになるくらい嬉しくて楽しいものだ。
これ、一度味わってしまうともう辞められない。大事なのは、一度徹底的に悩みぬくことだと思う。
その先が見たいなら、その先へ進むことだ。見ずに終わるには、もったいなさすぎる。
曲作りは本当に難しい。
音楽もクリエイティブだから当然だけど、必ず産みの苦しみがつきまとって、でもその苦しみから逃げているうちは絶対にいい曲は作れない。
学生時代にハッと気付かされた恩師の言葉がある。
「作品は自分の子どもと同じ。出産はとても大変なことだけど、産まれた子どもは何よりも愛おしいよ」
僕は気づくまでに結構時間がかかってしまったけど、苦しんで悩んで悩んで悩み上げた果てに何かが産み出せた時って、これまでの苦労など全部チャラになるくらい嬉しくて楽しいものだ。
これ、一度味わってしまうともう辞められない。大事なのは、一度徹底的に悩みぬくことだと思う。
その先が見たいなら、その先へ進むことだ。見ずに終わるには、もったいなさすぎる。
年の瀬ですな。
みなさん、今年はどんな年でしたか?
僕は割と手応えの無い一年でした。
自分の表現とは何かと、(ある時から)ずっと考えて生きて来たけど、今年は初めてそれが出来なかった年だったように思うのです。
だけど、不思議と焦ったりはしてなくて、それはそれできっと自分がニュートラルになれたからじゃないかなと、少しだけ良いように捉えて肩の荷が下りたような気持ちでもあるのです。
そして、じゃぁ来年はようやくまともに一歩踏み出せるのかもしないなと、柄にもなくポジティブなことを思いながら総括しておる所存でごさいます。ナメたクチきいてすみません。
★★★★★★★★★★
ちょうど一年前のこと。
僕はベーシストの田村に電話をかけた。当時自分主体でやっていたバンドがうまくいかず、俺はもうダメかもしれないって、そんな話をしていた。もともと、田村と僕はバンドを組んでいた時期があったので、音楽に関するヘドロをぶちまけるのに田村は最高によかった。
その時に田村はにわまいとバンドを組むんだって話してくれて、僕は羨ましくも恨めしくもありな複雑な心境で聞いていた。
田村「にわまいが歌とギターで、僕はベースを弾く。ドラムは住之江からVIPを呼んでいる。でもギタリストが欲しい」
俺「ほう…ギタリスト。心当たりがある。」
田村「本当か?!」
俺「この俺だ」
田村「ちょ、ばりだるいって」
こうして僕はミステリーツアーズに参加した。年の瀬に「ロマンチックあげるよ」のデモを打ち込みで作った。本当に泣きたかったけど、田村は「アホすぎて良い」と喜んでくれた。
そして年明け早々に、僕たちはスタジオ入りし、数々の迷曲(使い物にならないくらいの)が生まれた。
パニックパニックパニックみんなが慌ててる。そんな2013年になりますよう。来年こそはライブをやりますので、みなみなさま、今後ともミステリーツアーズをどうぞ夜露死苦!
総長からのお願いでした。
じゃあの。
みなさん、今年はどんな年でしたか?
僕は割と手応えの無い一年でした。
自分の表現とは何かと、(ある時から)ずっと考えて生きて来たけど、今年は初めてそれが出来なかった年だったように思うのです。
だけど、不思議と焦ったりはしてなくて、それはそれできっと自分がニュートラルになれたからじゃないかなと、少しだけ良いように捉えて肩の荷が下りたような気持ちでもあるのです。
そして、じゃぁ来年はようやくまともに一歩踏み出せるのかもしないなと、柄にもなくポジティブなことを思いながら総括しておる所存でごさいます。ナメたクチきいてすみません。
★★★★★★★★★★
ちょうど一年前のこと。
僕はベーシストの田村に電話をかけた。当時自分主体でやっていたバンドがうまくいかず、俺はもうダメかもしれないって、そんな話をしていた。もともと、田村と僕はバンドを組んでいた時期があったので、音楽に関するヘドロをぶちまけるのに田村は最高によかった。
その時に田村はにわまいとバンドを組むんだって話してくれて、僕は羨ましくも恨めしくもありな複雑な心境で聞いていた。
田村「にわまいが歌とギターで、僕はベースを弾く。ドラムは住之江からVIPを呼んでいる。でもギタリストが欲しい」
俺「ほう…ギタリスト。心当たりがある。」
田村「本当か?!」
俺「この俺だ」
田村「ちょ、ばりだるいって」
こうして僕はミステリーツアーズに参加した。年の瀬に「ロマンチックあげるよ」のデモを打ち込みで作った。本当に泣きたかったけど、田村は「アホすぎて良い」と喜んでくれた。
そして年明け早々に、僕たちはスタジオ入りし、数々の迷曲(使い物にならないくらいの)が生まれた。
パニックパニックパニックみんなが慌ててる。そんな2013年になりますよう。来年こそはライブをやりますので、みなみなさま、今後ともミステリーツアーズをどうぞ夜露死苦!
総長からのお願いでした。
じゃあの。
もうちとバンド真剣にやりたいーー










