久しぶりすぎて、前回何書いてたか忘れてしまったんですけど。
うわあああああああああああああああああああああって、叫びたい。
わーーーーーーーーーーーー!!
以下ダイジェストです。
・ちちがアルコール依存症の病院に通い始めて、お薬を飲み始める
↓
・「薬が効かないねー」と普通に飲む。1か月後、お薬に効き目がないといって薬を変更
↓
・「自分はやっぱり依存症なんかじゃない!」と薬を途中で放棄
↓
・コロナウィルスの影響で病院に通わず、数か月、その間普通にほぼ毎日晩酌(自称週2.3しか飲んでない)
つまりどういうことかっていうと、
本人の気持ちは変わらず
依存症の自覚なし
…文字にすると気持ちが重たくなってきた。
わーーーーーーーーーーーー!!
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もうすぐ母の3年忌なんです。
ちち「お前も手伝えるか?というか、手伝わないといけないんだよ、こういうのは」
と、もじもじしながら電話がかかってきた。
数週間前に、
あたい「コロナだいぶ落ち着いてきてるしそろそろ病院に連絡」
ちち「もういかない!必要ないよ!(飲んでる)」
あたい「ちちがそういうなら、もういいよ、うん…」
そんな会話をしたのでした。
1年半前と、何一つ変わってないよ、もうやだよ!!
わーーーーーーーーーーーー!!
ともかく、もうすぐ3年忌なんです。
ちち「坊さん呼んでおくから、掃除とかも手伝って」
あたい「・・・・うん」
ちち「あれもやってこれもやって」
あたい「・・・・うん」
ちち「よろしくな!」
あたい「・・・・うん」
で、電話を切ったんだけど。
そのあと、もやもやが止まらない。
母の3年忌はもちろんやりたいよ。
きっと普通にやれますよ、いつもどおり我慢すれば。
でもそのままでいいのかな、って気持ちがすごい強かった。
ので、数分後、今度はこちらから電話をかけました。
ちち「どうした?」
あたい「今飲んでるの?」
ちち「うん、ちょっとな」
あたい「あのさ…」
その後30分くらい話したのでダイジェスト。
【私が伝えたこと】
・去年と変わってない。私は傷ついている、ということを伝える。
・こんな気持ちじゃ一緒に3年忌したくてもできないかも。
・本当は一緒にやりたいけど、不整脈とか動悸とかが勝手に出てきちゃうから無理なときはごめん。
・初七日の時と変わらないから、いざ家族の大変なときに助け合うのではなく喧嘩になるなら、今後のことを考えると一緒に何かやってくのは無理。(初七日迎える前にあねと取っ組み合いの大喧嘩をした)
・今喧嘩がないのは、私やあねが距離を置いて接しているから
・アルコール依存症の症状について、それにちちがばっちり当てはまってるということ
・母が共依存症っぽかったこと(病院に行ってないけど症状が酷似してた)
・依存症は進行型の病気なんだから、今のうちに治療してほしい
・ちち自身が依存症について勉強してほしい。
・どういうときにお酒を飲んでしまうのか、何がつらくてお酒に依存してしまうのか、ちゃんと向き合って真剣に考えてほしい。
【ちちから言ってきたこと】
・初七日のことは覚えてない。
・というか今までお酒飲んで口論したことも覚えてない。
・自分は家族のためにいろいろやってる。
・家族のことは大切に思ってる。
・父方の親族の中で酒を飲むのは、自分とじいちゃん(ちちの父)だけだからやっぱり依存してるのかも。(数分前は「酒は飲んでも大丈夫」と言ってたけど)
・酒を飲むきっかけになった出来事は思い当たることがある。
・きっとやめないといけないのかなぁとは思う。
・今はストレスはない。家族に遺産などを残す準備をしたり、家族のために考えて動くことが生きがいになってる。
・お前は何か困ってることはないか?⇒特にないよと返答
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今書き出してみると、去年よりマシな会話してる気がする。
でも!!私にはわかります!!
こういう会話に期待をすると裏切られて傷つくということ!!!
信じたいし、そう思うことってやなことだけど、さすがに娘なんでわかる。
決定的なのは最後のこの会話。
ちち「依存症について勉強してみような」
あたい「うん、本とか探して、ちゃん調べてみてほしい」
ちち「お前のもってる本貸してくれんか?」
あたい「私がもってるのは家族向けの本だから、病院に問い合わせる方がいいかも」
ちち「本探すの手伝ってくれんか?」
一見、前向きに見えますよね。
でも、これがやる気のないときの、ちちです。
ちちは普段、やりたい、やらなきゃ、と思ったら、まわりが止めても焦って一気に動いてしまうタイプです。
普段はそれを、「焦らないで!」と止めるのに苦労します。
家族の知らないところで動いていることも多いです。
もしもやる気なら、すぐさま病院に電話をかけているところでしょう。
なので、主体性のない言葉は、大体気持ちがありません。
わーーーーーーーーーーーー!!
わーーーーーーーーーーーー!!
わーーーーーーーーーーーー!!
わーーーーーーーーーーーー!!
わーーーーーーーーーーーー!!
とりあえず気持ち四半分にでも聞いときます。
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でも、一番に思うことは、私自身が、ただ我慢するのではなく、前向きに、なるべく何かをしようと思えてること、考えてることが一番の進歩なのだと感じます。
正直、初七日も、1年忌も、いままで心から母を供養できたことはありません。
いや、一人でお墓参りに行くときだけは穏やかに、母のことを思い返せます。
でも、お坊さんを呼んでお経を唱えてもらって、お料理を用意して、自分の気持ちを押し殺して皆で食事をして、
それって見た目だけじゃん。
母がこうだった、ああだった、そんなことを心穏やかに思い返して家族で心から話せたことなんて一回もありません。
それって供養なの??
今年はちゃんと、母のために、自分のために、動きたい。
そのために、近々、母方の親戚に相談しに行こうと思います。
事情を話して、ちゃんと供養できるようにしたいって思います。
母が喜ぶこと、やりたい。