こんばんわカロリーゼロです。地震発生から1ヶ月が過ぎ、だんだん普通の生活というものに一歩また
一歩と近づきつつあります。地震発生してから2週間は食料を買うために3時間も並び目に入るもの
手に取れるものを、買いとにかく食べれれば良い感覚だったのが、だんだん自分の食べたい物を購入する選ぶ喜びを噛み締めつつ買い物してます。
今日自宅に大きなダンボールが2箱届いてた最初は、余りの大きさにビックリして送り主を見たら茨城のT.M.Rメンバーさんだった『そー言えば先日メールで仙台はガス使えますか?住所教えてください米送ります。』とメールがあったのを思い出した。そのメールを貰ったときは4月に大きな余震があり買い物も困難な状態が続いていたときだったので、すがる気持ちで『お米都合の良いときに送ってください』とお言葉に甘えて返答した記憶がある
届いた物資はお米から乾電池や飲料水や女性だから気が付く内容の品物が様々入っており申し訳ないことしたなーと思ってしまった。彼女も茨城の自宅が今大変な時だというのに・・・茨城の方が余震が多く大変だというのに・・・・こんなに沢山申し訳ないと思った
面識もライブで数回会っただけなのに・・・・こんなもT.M.Rメンバーのつながりって強いものなんだと
気持ちがグツと熱くなった
名古屋のT.M.Rメンバーさんも、まるで自分のことのように心配して緊急物資を送ってくれ西川くんにも色々メッセージ送ってくれたり
北海道の友人も心配して
地震当日や4月の余震の時メールを、くれて安全な場所に逃げて!とメールをくれた暖かい靴下有難う助かりました。
盛岡の友人も節電と募金してますとメールくれアメーバーで知り合った面識も無い方が
心配してメールやブログにコメントくれたり支援物資に何が不足してますか?現地の方の声聞かせてください!とメッセージまで頂いた 皆さん、本当に本当に有難うございます。m(__)mm(__)m
仙台の友人ともお互い無事の確認をしメールや電話でお互い会ってお茶しようねと会う約束という目標をつくりお互いそれまで無事でいようと話していた。
山野愛子のエステの先生も東京の山野愛子から物資届きましたのでとっておきますと連絡くれたりしたのに・・・
片付けや余りに多い余震の恐怖や、なれない避難生活や り証明などの事務的処理や南三陸や石巻の戦場のような光景や自宅が余震があるたびに壊れていく様を現実だと受け止めるまで時間が掛かり
精神的に疲れ親子喧嘩していた自分が恥かしい
たくさんの人がこんなにも心配してくれているのに生きてくれと言っているのに私は何をしていたのだろう
たくさんの方の気持ちを踏みにじっていたではないか今、腐っている暇は無い心配してくれた沢山の方に有難うと伝えなきゃ
行動して少しでも前に進まなきゃ仕事して東北を以前のようなたくさんの人が訪れてくれる場所にしなきゃ
何を私は腐っていたのだろう・・・
反省させられた日でした本当心配してくれた皆さんごめんなさい
昨日マネキン会社から現状を伝える手紙が届きました現状メーカー様も大変困難な状態の中にはあるが、ここで負けてもしょうがない やるしかないという結果は何処のメーカー様もおっしゃっていたとの事
五月にはお仕事出来るように事務所としても努力していくので笑顔でお会いできる事楽しみにしておりますとの内容でした。さあ、明日は残った掃除とクリーニングを出して笑顔でお客様にお会いできるように準備しなきゃ