カロリーゼロのブログ -7ページ目

カロリーゼロのブログ

ブログの説明を入力します。

こんばんわカロリーゼロです。地震発生から1ヶ月が過ぎ、だんだん普通の生活というものに一歩また

一歩と近づきつつあります。地震発生してから2週間は食料を買うために3時間も並び目に入るもの

手に取れるものを、買いとにかく食べれれば良い感覚だったのが、だんだん自分の食べたい物を購入する選ぶ喜びを噛み締めつつ買い物してます。

今日自宅に大きなダンボールが2箱届いてた最初は、余りの大きさにビックリして送り主を見たら茨城のT.M.Rメンバーさんだった『そー言えば先日メールで仙台はガス使えますか?住所教えてください米送ります。』とメールがあったのを思い出した。そのメールを貰ったときは4月に大きな余震があり買い物も困難な状態が続いていたときだったので、すがる気持ちで『お米都合の良いときに送ってください』とお言葉に甘えて返答した記憶がある


届いた物資はお米から乾電池や飲料水や女性だから気が付く内容の品物が様々入っており申し訳ないことしたなーと思ってしまった。彼女も茨城の自宅が今大変な時だというのに・・・茨城の方が余震が多く大変だというのに・・・・こんなに沢山申し訳ないと思った

面識もライブで数回会っただけなのに・・・・こんなもT.M.Rメンバーのつながりって強いものなんだと

気持ちがグツと熱くなった


名古屋のT.M.Rメンバーさんも、まるで自分のことのように心配して緊急物資を送ってくれ西川くんにも色々メッセージ送ってくれたり

北海道の友人も心配して

地震当日や4月の余震の時メールを、くれて安全な場所に逃げて!とメールをくれた暖かい靴下有難う助かりました。

盛岡の友人も節電と募金してますとメールくれアメーバーで知り合った面識も無い方が

心配してメールやブログにコメントくれたり支援物資に何が不足してますか?現地の方の声聞かせてください!とメッセージまで頂いた 皆さん、本当に本当に有難うございます。m(__)mm(__)m

仙台の友人ともお互い無事の確認をしメールや電話でお互い会ってお茶しようねと会う約束という目標をつくりお互いそれまで無事でいようと話していた。

山野愛子のエステの先生も東京の山野愛子から物資届きましたのでとっておきますと連絡くれたりしたのに・・・


片付けや余りに多い余震の恐怖や、なれない避難生活や り証明などの事務的処理や南三陸や石巻の戦場のような光景や自宅が余震があるたびに壊れていく様を現実だと受け止めるまで時間が掛かり

精神的に疲れ親子喧嘩していた自分が恥かしい

たくさんの人がこんなにも心配してくれているのに生きてくれと言っているのに私は何をしていたのだろう

たくさんの方の気持ちを踏みにじっていたではないか今、腐っている暇は無い心配してくれた沢山の方に有難うと伝えなきゃ


行動して少しでも前に進まなきゃ仕事して東北を以前のようなたくさんの人が訪れてくれる場所にしなきゃ

何を私は腐っていたのだろう・・・

反省させられた日でした本当心配してくれた皆さんごめんなさい

昨日マネキン会社から現状を伝える手紙が届きました現状メーカー様も大変困難な状態の中にはあるが、ここで負けてもしょうがない やるしかないという結果は何処のメーカー様もおっしゃっていたとの事

五月にはお仕事出来るように事務所としても努力していくので笑顔でお会いできる事楽しみにしておりますとの内容でした。さあ、明日は残った掃除とクリーニングを出して笑顔でお客様にお会いできるように準備しなきゃ

こんばんわカロリーゼロです。3月11日から1カ月たつのですね早いのか遅いのか分からないけど

1カ月たつのにも関わらず今日福島で震度6弱の余震が会った余震に関しては

『もう、1カ月たつのだから勘弁してくれ』と言いたい

今日11日2時46分に各地で黙祷がされた今回の地震や津波で犠牲となり

今だに遺体さえ見つからない方々に対しての黙祷そして、今後の復興の為の黙祷

地震直後心配してくれた各地の友人に感謝を込めての黙祷色々な意味合いが込められていると思う

先日テレビを見ていて漁業で生計を立てている方が『沢山の恵みを与えてくれた海がこんなにも憎らしくおもったのは初めてだ』と話していた

確かにそうだ
人間は自然の中で生かしてもらっているんだと言うことを今回身にしみて思った。

私たちが自然と共存してるのではなく自然が私たちと共存していてくれていたのだ

人間は自然の前では、こんなにも無力な生き物だとおもわなかった。

医学が進歩し機械技術が発達しているのに人間は自然には太刀打ちできない

余震一つ止めることも出来ないのだから今夜も余震が繰るかも知れない

眠れるときに寝ておこうと早く食事を済ませた。毎日毎日缶詰やカップ麺などでお腹も調子が悪くなって

きた明日は買い物に行き野菜を買ってこれれば買ってこようと思った

明日は、少し部屋の掃除してホコリだらけのバックや服も洗濯しなきゃ

お布団にも前回の余震で紅茶をこぼしたのでカバーを取り替えて少し気分変えなきゃダメだよなー

今日は、何もする気がなくお昼ぐらいまで寝て親に『掃除もしないで』とブツブツと文句を言われつつ

お昼を食べて新聞読んだ

ゆーっくり新聞読んだの何日ぶりだろう新聞の欄は死亡者の欄で一杯になっている

14時過ぎた頃母親から『郵便が届いたよ』とturboの青い封筒を渡された

大宮ソニックシティの4月23日のライブのチケが入っていた

何も考えず『あー2列目だって凄い』と無邪気に喜んだのもつかの間新幹線仙台から走ってない新幹線

より在来線も何日に走るか分からないんだと思い出した。

6年ぶりのTMRのライブ今までのライブの中でも一番前の席のチケを手にボーゼンとした・・・・

いけないの?急に悲しくなりズットチケを見つめていた

みんなはライブ

楽しんでいるんだろうなー新曲聞いたのかな?衣装どんな感じなのかな

栗原も延期になった中止では無く延期に彼らしいと思った

大宮のライブ生きて絶対に来いと言わんばかりの列番なのに西川くんが託してくれたチケなのに

私は答えることできないかも知れないゴメン殿下
昨日の夜震度6強の余震があった…地震発生時は、支援物資を送ってくれた友人にメールしていた急に縦揺れの地震で畳の上から歩くのが必死で1階の両親の部屋に行ったら両親は固まっていて危ない場所にいたので回避させ地震が落ち着いて、すぐプロパンガスの元栓を閉めて外れた窓を暗闇の中父親が直した。
せっかく掃除した部屋はホコリだらけ停電なので掃除機かけられず
ホコリの中で寝るはめに1ヶ月前に戻ってしまった
辛い

こんばんわカロリーゼロです。わーい(嬉しい顔)皆さん今回は、色々コメント送って頂いたりとお気遣いありがとうございました。本当に支えられました。
大分自宅も落ち着きつつあります。本当に今回の地震はなんだったのだろう?津波に原発問題、続く余震泣き顔

地震発生11日からズット両親と一緒の日々が続いたが、自分の部屋に戻れるぐらいになり私の部屋の掃除も押入れと書棚を済ませて
邪魔なものを処分すれば終わり昨日二階の大きく落ちた壁の部分は父親がダンボールでふさいだので変なホコリも入ってこなくなり落ち着いた


両親には機嫌が悪くなれば当たられ何かやるとなると『やって!言って!』の一言で使われの毎日だった・・・でも、こんな時間も地震がなければ無かったので良しとしよう


友人から救援物資として送っていただいたドーナツとバームクーヘンは母親が1人で全部食べちゃた・・・・凄い食欲・・・呆れるとともに戦争を生き抜いた
人間の
力強さも感じた。食欲なくて体調悪いと言われるよりマシだからいいかー

今日、南三陸の避難所暮らしをしている方が登米市の避難所に移ったとテレビで見た小学生ぐらいの

女の子が、そっと蛇口をひねり少しのお水をだして
『前の避難所はお水が出なかったから・・・』と言って手を嬉しそうに洗っているのを見て地震発生から

30日近くなるのに今だに、
こんな不便な生活している人が居るんだと辛くなった。

私も、以前は余震が怖く湯船につかる時間も無かったが20日ぶりに今日
ユックリと温まり安心した。水って凄いなーと思った汚れを落としたり乾いた喉を潤したり冷やしたり暖めたりと何でも出来るお水凄いと今回シミジミ実感させられました。

ツィッターで福島で農家を営んでいた方が、もう農家では食べていけないと
地震で助かった命を自らの手で落としたという書き込みも見た

本当に日本全体の問題なのだから政治に携わる方々は必死に考えてもらわないと困ると思う