「あいつら一回注意しとかんとあかんな」「うーん。そうだよねー。まぁまだ中2だからしょうがないよ。」
「ほら、ふくちゃんがそんなんやから、あいつ等もなめてるんやで」
「そうだね。まぁそのうち。」
「また、甘い。」

仕事帰りのビール一杯・・いや、ジョッキは、体にしみて旨い。
俺はカクテル好きで、神田センセは日本酒、ふくちゃんはワイン通なのだが、三人共通でビールは大好物だ。

特に、この前見つけたこの店――と言ってもとても小さい居酒屋なのだが――は、焼き鳥が絶品でビールもどんどん進む。

2人はまた、ふくちゃんの持っている中学2年の生徒達について語っていた。

「そっちがうるさいとこっちにも聞こえてくるねん。あそこの壁薄いやろ??」
「あーそうだね。ごめん。」
「せやからふくちゃんが謝ってもしょうがないんや。今度俺がシメとこか??」
「シメるってそんな・・・」

俺はどちらかというと、酒が入ると無口になると思うのだが、この2人は真逆だ。
いつも熱く何やらを語り合っている。
時折、アキバとか、機体とかいう単語が飛び交っていたりいなかったり。

「はい、おまっとさん。」

気さくな店主が、さっき注文したモツを持ってやってきた。
寒さが身にしみるこの時期、モツの美味しさは2割り増しだ。

早く食べたくて、俺は論戦をしている2人をじっと伺っていたら、神田センセが不意に会話をやめて、小皿に分けてくれた。

ありがとうと言おうとしたら、もう両人は会話を再開していて・・・
ほんとに話すのが好きなんだな と苦笑し、目の前に取り寄せられたモツを見つめる。

美味しそうな匂いに口元が自然にほころび、いただきますと両手をあわせる。
一口食べてみて、「うまいっ!!」とガッツポーズをしたところ・・・二人に見られていたことに気づいた。

「・・・ほんまに清水は、美味しそうに食べるな??」

うっっ・・・

食べてたものを喉に詰まらせ、出ない声で 水!! と叫ぶ。
ふくちゃんが急いで水をくれた。

好きな人に凝視されれば、そりゃ喉を詰まらすだろうが!!

胸中そう思いながら、神田センセの方を睨むが、涙目では威力があったものではない。
まったく という表情でこちらを見る彼に、お前が気づかんのが悪い!! と小さく逆ギレしてみたのだった。


日付も変わる頃
終電来るから とふくちゃんは帰って行き、俺達2人は
明日の講義、午後からやし2次会行くか ということに。
コンビニでいろんな物を買い込んで、ここから一番近い神田センセの家に行くことになったのだ。

今までも何度か訪れたことのある、彼の家――自分のキモチを自覚してからは初めて行く彼の家――までの道のりは、近いようで、遠かった。
My Silver Bright~神ノ清~

見上げた先に光る、黒。
隣のデスクでパソコンに資料を打ち込む男をちら、と盗み見る。
初めて会った時、その黒縁の眼鏡と高い鼻がとても目についた。
目について、離れなかった。

「なんや清水くん」
「いや、何でもあらへん」

この横にいる男、バイト仲間、そして同じ大学の同級生である神田が、鼻に抜ける甘いような声を出した。
カチャカチャとパソコンのキーボードが耳の底でうるさく響く。
「なぁ神田せんせ」

バイトというのは、進学校に通う中高生の為の、進学塾の講師である。
俺も神田先生も同じ数学を教えている。

「何や?」
「この前試合やった言うっとったけど、どうやったん?」
「あー、俺達が勝ったで」
「へぇー、すごいなぁ」
「当たり前や。相手のやつ全っ然練習せぇへんで来たっぽかったで、俺達が負けたら奇跡や」

野球サークルに入っている神田先生。男の自分が言うのも何だけど、かっこいい。
和歌山出身らしい彼は大阪出身の自分とはまた少し訛りが違う。それでも似たような言葉遣いを耳にするのは心地いい。
何より、あの甘い、鼻にかかった声が好きだった。

「清水くんは?何か休みん日にしたんか?」
「いや、別に特に……レポート書いて寝とった」
「ふぅん、ええなそれも」

神田先生が笑う。同い年なのに俺は先生と呼んで向こうはくんと呼ぶのはおかしいんだろうか。まぁ、それでもいいか。
笑って、教室に入っていく生徒達に挨拶する。
この3ヶ月、はっきりと分かったことがある。
俺は神田先生に憧れている。


「清水先生ぇー、部分点くれっ!」
「あかん、基本が出来ひんのに答えだけ合うとってもダメや」
「ひどっ、鬼教師」
「うるさいうるさい」

机に突っ伏して解答用紙に書かれた大きな赤いバツに嘆く生徒。可哀想だけど、それで三角にしてしまったら勉強にならない。ここは塾だ。
シャーペンが紙を流れていく音、話し声、隣の部屋で授業をする甘い声。
バカだなぁ、と僅かに苦笑を漏らす。ここは塾なのだ。教師が誰かに見とれている暇などない。それに。
神田先生にだって彼女くらいいるのだろう。そう考えると何だか無性に悲しくなった。
目の前で問題を解き直す生徒を目を細くして見詰める。

神田先生は誰か好きな人が?やっぱり彼女か。いないってことはないだろうか。そうだったらなんていいんだろう。

「はい、直したら俺にくれよ」

生徒達に声をかけ、気分を一新する。こんなこと、考える場所じゃないんだ。

清水は一つ小さなため息をついた。生徒達が帰っていく背中をぼぅっと見詰める。
今日も自分のクラスが一番早く終わった。
机を拭くか。

彼らが勤めているのは小規模な塾だが生徒の成績は良い。優勝な人材が要求されるので、有名な高学歴大学からしか教師を取らないのが特色だ。そして、勿論小規模なだけあって、教師の数も少ないので、必然的に掃除も彼らの仕事となる。
その日、神田先生は遅くまで生徒の質問に答えていた。

「机拭かせて」
「あ、うん」

神田先生の周りの机を全て綺麗に拭く。泡立って、少しシンデレラの気分だ。
全然そんなに可愛くもかっこよくもないのだけど。

「おつかれ」

奥からまた別の、背の高い男がやってくる。

「お、ふくちゃん」

ふくちゃんという相性で呼ばれている、福田という同い年の数学の教師だ。よく、俺と神田先生とふくちゃんで飲みに行く。仲が良い。けれどあまり神田先生と2人きりで話したことはなかった。

「お、待たせてごめんな。今終わったで」

最後の生徒が帰っていき、部屋に残るのは3人。

外には暗い夜が横たわっている。車の音がした。

1日の疲労が体を僅かに重くする。
柔らかいソファなどにでも寝転がったらひとたまりもなく眠りに落ちてしまうだろう。
しかし、そうなる訳にはいかない。これから3人で飲みに行くのだ。せっかく神田先生とゆっくり話が出来るのに、こんな良い機会を逃すなんて馬鹿だ。

神田先生が鞄に教材をしまい、完全に支度を整えたのを確認してから、雑巾を片付けで自分も鞄を持つ。
脇にかかったコートを羽織った。
神田先生と話せる。
嬉しくて口元が緩むのをマフラーで覆い隠した。

「さてと、行こっか」

ふくちゃんの一声に頷き、歩き出す。
塾から出、エレベーターに乗るボタンを押した。
後ろに立つ神田先生の気配がやけに暖かく感じた。