しばらくネトゲにのめり込んでたので
ずいぶん元気でした
まあ生活のリズムはガタガタに崩れたけど
仕事あるから最終日に調整はした
わたしの自己肯定感の低さは元々だけど
そもそもみんな自分に自信があるの?って話
自分は仕事ができる!とか
これが得意!!すごいでしょ!!とか
だから俺はわたしは存在していいって
みんなそう思ってるのかな、と
「自虐発言多すぎw」って言われるし
確かにそれは思うけど思うけど
はっきり言って
わたしの自己肯定感が
周りに比べて低いわけじゃないと思うんだよ
たしかに低いかもしれないけど
所詮自分の能力に見合った上での
自己肯定感の低さなわけで
能力や才能がないのに無駄に自信ある人とか
あっちの方が病気だと思うのよわたし
まあ生きてて幸せかもしれないけどね
自信に満ち溢れてるなら
自信のない人より人としても魅力的だろうし
まあ最初から自信満々の人は
そうだとしても最初は隠すのが得策と言えるかな
まさしく「能ある鷹は爪を隠す」んだなあと
自分の才能や能力なんか
その組織の規則に則って発揮しなければ
ただの自意識過剰な人として腫れ物扱いされるだけ
それが嫌なら批判される覚悟をした上で
自分が上に立って「規則」を作ればいいだけ
自己を肯定できるほど能力や才能があったら
今ここで日陰で枯れていく雑草みたいな
こんな生活してるはずがないんだもの
自己を肯定するほどの能力や才能は
わたしにはないから自己肯定感が低い、ないのは
至極当然なことなのでは?と思うよ
うまくいかない事や物は嫌いだし
それを続ける努力も必要ない
そんなもののために努力して
心身削ることすら阿呆らしい
金が入るなら話は別だが
メンタルの負荷が重ければ
わたしにはどっちにしろ続かない
先に心が折れるのが目に見えてる
常に穴あきバケツの状態の心で
他人からの評価や賞賛を受けても
結局受ける側に欠陥がありすぎて
満たされることなどなく
空虚感と共に日陰で枯れていくんだ
わたしには何もない
逆にそれは何も失うこともないから
大切なものを失って
不幸になることもない
しあわせの裏には
必ずそれを失うことにより不幸になるリスクがある
わたしはそんなリスクは背負いたくない
しあわせになれば
失い不幸になる可能性が出てくる
それならわたしはしあわせになんてならなくていい
今は仕事もできてるし
好きなこと好きなだけやれてる
これ以上の贅沢なんか
望んだらバチが当たる
わたしはこれ以上望んではいけない
望む権利もない そこまで義務を果たしていない
わたしのしあわせはわたしが決める
他人に決められるものじゃない
他人からすれば一見不幸に見えても
わたしにはそれがしあわせだから
それを侵害する権利も他人にはない
他人のしあわせがわたしのしあわせではない
……そもそもしあわせってなんですか?