解離性同一性障害(DID)、俗に言われる多重人格だと診断されたのは18歳か19歳。
そして生活保護受給者になったのが21歳。以来ずっと変わらず多重人格のまま2019年の10月も終わりにさしかかっている。
今日、多重人格の男性のテレビ番組を見た。
“名前がある”
そんな当たり前のような事が僕らに衝撃を与えた。
もう名前がある人格なんて殆どいない。
新しく出来あがっては消え、消えては増えての繰り返し。
“名前”も“個性”も失ってしまった。
唯一絶対の人格“舜”。
欠片だけは残っているような“雫”。
後はもう生きる為の、差し障りのない人格達。
性別も好みも、何もない。
本来の主人格も厚い壁を創って内側から鍵をかけて出てこない。
折角23歳くらいまで成長させたのに、元恋人の言動に絶望して引きこもってしまった。
名前、人格、好み、主導権……あらゆる物があやふやで、不確か。
そして、それを誰にも話す事も出来ない孤独。
一体どうなるのかも、夢も目標も希望も何も、ない。
ただ、惰性で生きている。
喜びも昔より減った。共有出来る人がいないと
こんなにも味気ないのかと思い知らされるほど。
これはただ淡々と過ぎる毎日を気儘に綴る日記。