その男は俺の姿を見て無事を確認した後、勢いよくこっちに近づいてきたから、自然と腰は引けたて。




「智くん!やっと戻ってきた!」
「…しょーくん。」
「良かった、ほんと良かった。歩けてるってことは、傷は大丈夫なの?」
「うん、まぁ傷は大したことなかったけど…。なんでいるの?」
「そりゃあ、あなたのことが心配だからでしょ!」
「ありがたいけど、今日大事なパーティーでしょ。サボっちゃダメじゃん。」
「サボってないし、早く切り上げてきただけだし。だって、どうせ俺のことなんて眼中にないじから大丈夫だよ。」



翔くんはパーティーの話になると、さっきの本気で心配そうな目の色を一気に冷めさせて言葉を捨て吐いた。





「そりゃ、お祖父さんはそうかもしんないけどさ、でもお父さんは期待してんじゃないの?」
「どうだかね〜。そうだとしても、そうさせたくない人が身近にいるからね。それより潤、ごめん。迎えに行かせて。」
「全然いいよ。行かないと翔さん死にそうだったし。」




潤、と呼ばれた彼は、彫りの深い顔立ちをいとも簡単にクシャクシャにして笑うと、翔くんと俺にビールを投げた。




そのあとに、「あ、ヤベ。あんたはこっち。」と、ミネラルウォーターと俺の手の中のビールをわざわざ交換しに来た。






いや、ビールでもいいんだけど。

…こーゆーとこ、こいつしっかりしてんだよなぁ。






「いやー、智さんに見せたかったね。あの慌てふためく翔さんを。」
「潤!それは言うなよ〜。」
「そんなアタフタしてたの?」
「元々さ、連絡が途絶えて3時間過ぎても何の手がかりも無ければ探す、ってルールじゃん。」
「潤!」
「なのに翔さんさ、1時間くらい過ぎた途端に『ヤバい、ヤバいって。』って連絡入れてきて、俺も管内探ってみたけどそんな情報入ってこないし。」
「だって智くん、どんな仕事も1時間以内にはカタつけんじゃん。心配するよ!それに今回はあの二宮組のシマだったしさー。」



翔くんはそう言って、子リスみたいな瞳に水分を貯め始めた。




あ、ヤバい。
これはヤバい。




「…ごめんね、翔くん。」
「いや、いいんだけど。……前みたいなことになったら嫌だなぁって、それだけで。」




徐々にその水分量が増えていくのを自覚したんだろう。


震えてもいない携帯を見て、「あ、着信。ごめんね。」と店の方へ消えていった。






「…あーあ、泣かしちゃって。」
「…悪かったと思ってるよ。」
「あの時のこと、ほんとにトラウマなんだね。」
「……だろうな。」



潤は、俺がしょんぼりしたのを空気で読み取ってくれたんだろう。




ところでさ、と話題を変えてきた。



「あんた、その昨日の依頼の処理はいつもの業者に任せたの?」
「…いや、昨日のは何にも任せてない。依頼主が実行するだけでいいって言ったから。」
「…そう。」




潤がそう言ってなにやら考え始める。


それを見た瞬間、長年培ってきたものが頭の奥で警報を鳴らした気がした。




「もしかして、警察で上がってきてる?」
「うん、今日うちで上がってきてさ。本部から合同で捜査本部立った。…今回も依頼主はヒガシさん?」
「うん。いつもみたいに、『身内の不祥事だから後片付けはやるからいい』って。だから殺 るだけやってきた。」
「ヒガシさんって、身内のことはいつも綺麗に片付けるよね?警察で上がってくることなんてないよね?」
「うん、掃除屋いるからね。」



潤は顎に手をやると、しばらく一点を見つめて考え込んでた。




「智さん、」
「うん。」
「ちょっとこの件怖いから、俺の方でも詳しく調べてみるわ。」
「俺もヒガシさんに確認するわ。ちょっと嫌な予感するからさ。」
「俺も調べてみるね。やったのってヒガシさんとこの若いやつ?」



いつのまにかグレーのスウェットに着替えた翔くんが、会話に入ってきた。


表情はすっかり「キャスター」の顔で、心の中で苦笑した。




「んー、なんか年配の人だった。」
「そんな年寄りにやられたの?」
「……犬がいてさ、巻き添え食らいそうになったから庇った。」
「どうせハナに似てたんでしょ。」
「…うん。似てた。」
「え、もしかしてさっき言ってた柴犬?」
「……うん。」



ほんとは違うし柴犬でもないけど、答えるのがめんどくさくなってうなづいた。




「あれ?でもさっき診療所にいたって言わなかったっけ?」
「……俺を助けてくれた奴についてきたみたいだった。」



翔くんも潤も信じきってないことがありありと分かる目線を送ってきたけど、「傷が痛み出したから。」とソファの上に逃げて寝るフリをした。





目を閉じる前に浮かんだのは、生意気なくせに俺に助けを求めてるような目をした、あの黒髪の柴犬だった。