密教学概論 設題3「弘法大師空海の思想の特色」 | 「明海和尚のソマチット大楽護摩」

「明海和尚のソマチット大楽護摩」

ソマチット大楽護摩は、古代ソマチットを敷き詰めた護摩壇
で毎朝4時から2時間かけ護摩を焚きカルマ浄化、種々護摩祈願を行なっている。

弘法大師空海の思想の特色について述べなさい。

 

 弘法大師空海の思想を学ぶにあたり、最低限学ばなくてはならないのは、空海の著作郡である。お大師様の教えのレベルは、凡夫にとっては非常に難解であり理解の及ばない世界を多数含んでいる。また、言語に関しても平安時代の言葉と、多数の悉曇が含まれており、それなりの素養がないと読む事さえ難しい。

 そこで空海の著作が現代語訳された『弘法大師空海全集』(注1)を使用し、弘法大師空海の思想の特色をみていきたい。

 『弘法大師空海全集』は空海の著作群を以下の要領で分類している。

思想篇

(1)『秘密曼荼羅十住心論』(2)『秘蔵宝鑰』(3)『弁顕密二教論』(4)『即身成仏義』(5)『声字実相義』(6)『吽字義』(7)『般若心経秘鍵』『秘密曼荼羅付法伝』『真言付法伝』『請来目録』『真言宗所学経律論目録』『大日経開題』『金剛頂経開題』『教王経開題』『理趣経開題』『真実経文句』『実相般若経答釈』『仁王経開題』『法華経開題』『法華経釈』『法華経密号』『梵網経開題』『最勝王経開題』『金勝王経秘密伽陀』『金剛般若波羅蜜経開題』『一切経開題』『大毘盧遮那成仏経疏文次第』『大日経疏要文記』『釈論指事』

実践篇

『秘蔵記』『五部陀羅尼問答偈讃宗秘論』『三昧耶戒序』『秘密三昧耶仏戒儀』『平城天皇灌頂文』『遺誡』『建立曼荼羅次第法』『念持真言理観啓白文』『金剛頂経一字頂輪王儀軌音義』『梵字悉曇字母併釈義』

詩文篇

『文鏡秘府論』『文筆眼心抄』『三教指帰』『聾瞽指帰』『遍照発揮性霊集』『高野雑筆集』『拾遺雑集』『篆隷万象名義』

研究篇

『空海僧都伝・大僧都空海伝』『御遺告』(8)『菩提心論』

 特に、真言宗では思想篇のうち『秘蔵宝鑰』『弁顕密二教論』『即身成仏義』『声字実相義』『吽字義』『般若心経秘鍵』研究篇より『菩提心論』の七部十巻を重視し、『十巻章』としてとりあつかっている。

 空海は、『真言宗所学経律論目録』(三学録)で、真言密教では、『大日経』『金剛頂経』を所依の経とし、『蘇悉地経』をならうべき律とし、『釈摩訶衍論』と『菩提心論』を論として学ぶべきである、と指南している。

 思想篇より7件、研究篇より1件を取り上げ空海の思想の特色について述べる。(著作名は前述の(番号)  に基づき略す。「  」の部分が原文部分)

 (1)概要が、巻第一の「帰敬序」「大章序」に述べられる。

 「帰敬序」には、悉曇、四種の曼荼羅、三密、六大、如来蔵、入我我入、即身成仏と空海の示す主だった思想の言葉が記載されている。

 「大章序」では、家への帰路方法と病気治療の喩えを使いながら秘密曼荼羅十住心の概要を記載する。特に最終部分において『大日経』を引用し(質問)「覚者はどのようにして智慧を得て、どのように教えを広めるのか、またその智慧は何を因とし何を根とし何を究竟とするのか。」(答)「菩提心を因となし、大悲を根となし、方便を究竟となす。秘密主、云何が菩提とならば、いはく、実の如く自心を知るなり」及び(質問)「悟りに向かう時に心の向上していく過程はいくつあるのか。」(答)「『大日経』を根拠として、真言行を実践する者の住心の次第を顕わす。顕密二経の差別もまたこの中に在り。住心は無量なりといへども、且く十興を挙げてこれを衆毛を摂す。」として十住心を述べる。

 十住心は、六道、声聞、縁覚、菩薩、一道無為宮、秘密曼荼羅金剛界宮の住居としての捉え方と、六道(世間道)、律・具舎・成実(声聞・縁覚乗、小乗)、法相・三論(権大乗)、天台・華厳(実大乗)、真言(秘密仏乗)の教えとしての捉え方がある。

 鎌倉時代以降の仏教が専修仏教であることを考えれば、まさにこの著作は仏教概論の様相を成している。また、仏教用語の解説も備えているため仏教大辞典としても利用できる。

 理解するには『大日経』『大日経疏』『金剛頂経』の基礎が必要であり、顕教部分もしっかり学んでおかないと難解である。

 (2)最初に十住心の序詩が記載される。(1)とは違い空海の華麗な詩の世界が展開される「生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く死に死に死に死んで死の終りに冥し」。この一文により空海の思想世界に一気に引き込まれる。この表現力は空海の大きな特徴である。

 また、要所要所で問答が附加され教えの理解が深めやすくなっている。引用経論も(1)と比較すると大幅に削減され、『大日経』『菩提心論』がメインとなっている。

 第十秘密荘厳心では、第九住心までを第十住心の因としてとらえ、「真言密教は法身大日如来の説であり、秘密金剛は最勝の真なり、五相成身観と五仏の五智と法界体性智と四種曼荼羅と四種智印とはこの第十住心で説く。」と密教思想の特徴を述べる。中段以降は『菩提心論』の三摩地の菩提心部分がそのまま引用される。最後に灌頂の秘儀を受けない者に対しては一字をも説いてはならぬ。と訓戒が述べられ終わる。

 私の第十住心の理解では『菩提心論』の引用部分もふくめ(1)の秘密荘厳心第十とは全く別物としか思えない。(2)の方が簡潔明瞭で理解しやすいと思う。

 (3)序の最初にずばりと「それ仏に三身あり、教はすなわち二種なり。応化の開説を名づけて顕経という。言葉顕略にして機に逗へり。法仏の談話、これを密蔵という。言秘奥にして実説なり。」と顕密の違いが述べられる。本論は問答形式で進められる。引用されている経論は六経(『五秘密儀軌』『瑜祇経』『聖位経』『大日経』『楞伽経』『金剛頂経』)三論(『菩提心論』『智度論』『釈論』)である。真言宗の経である『大日経』『金剛頂経』は言うに及ばず真言宗の論である『釈論』『菩提心論』も多用されているので、これらの原典の理解は基礎力として必要である。

 (4)空海思想の真骨頂である即身成仏を顕わす著作である。二経一論八箇の証文により即身成仏の裏付けとなる文書を明示したうえで、二頌八句の即身成仏頌で高らかに義を示す。いろは歌にも見られるような言葉の崇高さは般若心経にも匹敵する頌である。

「六大無碍常瑜伽 四種曼荼各々不離 三密加持速疾顕 重重帝網名即身 法然具足薩般若 心数心王過刹塵 各具五智無際智 円鏡力故実覚智」中段以降この頌の詳細が述べられる。(2)でも取り上げられた『五秘密儀軌』は「三密加持速疾顕」の裏付けとして以下のように引用されている。「もし人あって法則を闕かずして昼夜に精進すれば、現身に五神通を獲得す。漸次に修練すれば、この身を捨てずして進んで仏位に入る。具には経に説くが如し。」この儀軌は理趣経系の儀軌であり正式には『金剛頂瑜伽金剛薩埵五秘密修行念誦儀軌』という。次第では三宝院流に所説理趣経法(五秘密法)として継承されている。

 (5)初めに「それ如来の説法は、必ず文字による。文字の所在は、六塵その体なり。六塵の本は、法仏の三密すなはちこれなり。平等の三密は、法界に遍じて常恒なり。五智四身は、十界に具して欠けたることなし。悟れる者をば大覚と号し、迷へる者をば衆生と名づく。云々」と大意が述べられる。(4)が三密のうち身密を説き、(5)が語密を説くとされる。「真言とはすなはちこれ声なり。声はすなはち語密なり。」とある。一頌四句「五大皆有響 十界具言語 六塵悉文字 法身是実相」が示され各々の句の詳細が述べられる。ただし第四句のみに関しては記述がない。

 (6)「一の吽字を相と義との二つに分つ。一には字相を解し、二には字義を釈す。」の文で始まり三密のうち意密を顕わした著作とされる。最初に吽字を四つにわけそれぞれの相と義を述べる。更に義に関しては別釈と合釈により説明が行われる。悉曇、サンスクリット語の素養が必要である。阿字観、字輪観も解説される。特に汗字の実義の説明が詳細に行われる。吽字の一文字にここまでの意味、真理を見いだすのは空海思想の大きな特徴である。

 (7)『般若心経』の密教解釈が述べられる。『般若心経』が五節に区分され理路整然と解釈される。特に真言の部分は(1)の十住心の階梯を超えていくが如くである。「真言は不思議なり 観誦すれば無明を除く 一字に千里を含み 即身に法如を証す 行行として円寂に至り 去去として原初に入る 三界は客舎の如し 一心はこれ本居なり」この詩も空海ならではである。

 (8)『菩提心論』の持つ重要な意味は、要約すれば次の四点となる。

1、三昧耶戒の真言教学的意味『三昧耶戒序』に引用

2、真言門の内実と波羅密門の菩薩行との対弁『弁顕密二教論』に引用

3、即身成仏思想の論拠『即身成仏義』に引用

4、菩提心転生の次第と第十住心『秘蔵宝鑰』に引用

 菩提心とは、一つには行願の菩提心。二つには究極的な真理という点での菩提心。三つには三摩地の菩提心である。

 特に三摩地の菩提心という相を説き、それを真言法独自の菩提心観とするのは『菩提心論』のユニークな説である。また、旨陳の無自性部分で説かれる、顕教から密教への変化点部分の認識も重要である。「菩提心」は究極の如来秘密境界の顕現という誓願の具現化が顕著となる。智と慈悲という二側面が現実化することによってこそ、菩提心が菩提心たる意義を全うする。

 「悲という根源を先として智慧を主として、現実に働く方便として相応するとき、(中略)如来と等しい最上の菩提心を発こす」ここには、『大日経』に「菩提心を因と為し、大悲を根と為し、方便を究竟と為す」という根源の大乗の慈悲観がある。(注2)

 空海の思想の特徴は、(1)(2)で説かれたように顕教から密教までの階梯を着実に上ることにある。特に菩提心と空のしっかりした理解がないと成立しない。

 

(注1)『弘法大師空海全集』筑摩書房 昭和58年発行

(注2)生井智紹『密教・自心の探求―『菩提心論』を読む』 大法輪閣 平成20年発行