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さてさて、先日、私が美容ライターと名乗るまでのロングロングストーリーから
そのほんのさわりについて書かせていただきました。


前回のお話

ちょっと前のことになっちゃうんで、もう続きって感じでもないかもしれないのですが、

内容はこんな。広告代理店でシステムキッチンの広告コピーを書いていた私。

実家の母は資生堂クレドポーの化粧品を使用していて、一緒に使用させてもらっていた。
家を出て自分で化粧品を買うようになってから、、効果と値段とのバランスに強い興味を持つようになって、ありとあらゆる美容雑誌を買いあさりコスメの知識を深めていった。

と。
そこまでの話でした。

その続きの前に。
私のことなんでどうでもいいんですが・・・・
ちょっと振り返りたいので書かせていただきたいと思います。

私は大学4年のときに、交換留学で1年間アメリカに行ってたんです。
ですので、ふつうに就職活動をやっていませんでしたが
広告制作をやりたい(当時の花形のクリエイティブ職でしたので)という気持がとっても強くって
なんとか追加募集の滑り込みで決めることのできた貿易会社の一般職の内定をけってまで、小さな広告代理店に就職し直しました。

大学でも広告制作のゼミを履修していたし、宣伝会議のコピーライター養成講座にも通っていましたので、私にとっては普通の流れでした。
でもね、親にはすごく心配をかけたと思います。同業種、同業界内で転職もしたしね。

私が勤務していたのはとっても小さな広告代理店だったけれど、クライアント様は大手様で
少数精鋭というか、みなさんいい仕事をされていました。

仕事内容は、とても厳しかったです。広告制作よりも、プレゼン用のいい企画書を書くことが大変で、残業も、今思うとびっくりするくらい多かったです。

そのときは、人目につくポスターや販売促進物の制作、PR誌の編集、ネーミングなどなどたくさんいいお仕事を手掛けさせていただきましたが、一方で、20代特有の迷いや悩みがありました。

結婚もしたかったしね。恋愛はことごどくうまくいかず そういう意味では暗黒期でした。
わたし、なにやってんだろってよく思ってた。

なんだか病んでたと思うなー。
人に言うのは恥ずかしいし、これまで誰にも打ち明けないできたのだけど

ちょっとした摂食障害でした。
苦しかったです。
過食と拒食を交互に繰り返してアリ地獄みたいに苦しかった!

でも、人前ではいつも明るくしていたし、順調そうなふりをしていたので
当時の私を知る人は驚くと思います。
いや、飲み会でくだまいたりとか(笑)けっこうしたかな

健康診断には表れない心の病ですよね。
一人で悩んでいました。
真に健康になりたいと思ってました。

今思うと、当時はけっこうスリムだったのだけれど、それでもダイエットしたいという気持が生まれるのは、心の病。つまり食障害の症状です。
(ちなみに今はそのころより7kgも多いけどちっともダイエット進んでない

真の健康とはなにだろう!?真の美しさとはなにだろう?と考えるようになりました。
生まれ変わりたかったんです。

あー長い。読んでくださった方、本当にありがとうございます。
これは、本当に長い話なのでいったんここで。

次回は、なんとエアロビクスのインストラクターとしてデビューしてしまうまでのお話です!!
(で、そのあとまたすぐ編集・ライターに戻るんですがそこからがまた大変で

いつになるかわからないけれど、また勢いがついたときにアップします。
またしばらくいつもの記事に戻りますのでどうか懲りずにまた遊びにきてくださいね♡