「あら、ピーマン食べたの?」
「うん、食べた。まずかったけど…」
「どうしたの珍しいじゃない、いつも残すのに」
「春がね、―――――」
日差しが肌に刺さるように照りつけ、生暖かい風が焼けた肌を撫で、木々をさわさわと鳴らし去っていく。
そんな炎天下の中一人の少年が虫取り網を片手にアスファルトを蹴って走っていた。
ふとある家の前で立ち止まりニヤリと悪戯に笑ったあと柵を飛び越えその家の庭へと忍び込んだ。
丁寧に手入れのされた庭には色んな野菜や植物が育っていて虫取り網を持ってる少年からしたら宝箱のような場所だった。
「春にバレないようにしなきゃ」
ちらりと家の窓へと視線を向け、家主の目を警戒した。
窓は全開でレースのカーテンがひらひらと風に煽られ中の家主の姿が見えた。
机に向かい、難しい顔をしながら煙草を燻らせていた。
少年が窓に近づく。
白い液体が入ったコップを眺めて10分がたったとき、男は2本目の煙草に火をつけた。
「ねえねえ、ぬるくなっちゃうよ?」
とうとう我慢出来なくなった少年は窓から顔を出し、男に向かって声をかけた。
「うーん。わかってるー……ってなんでお前そこにいんの?!」
「虫取りにきた」
「人んちの庭だぞ…」
「うん、春んちだから」
苦笑いしながら溜息を吐く彼に少年はまた話しかけた。
「嫌いなの?牛乳」
「んー…この液体を好んで飲める人はすげぇよなぁ。昔から何度も試みてはいるものの、克服できないや」
やっぱ飲んだらお腹ぐるぐるなるかな?と言いながら春は煙草をスパーと吐いた。いつもの甘い匂い。
「飲まないの?」
「飲める気はするんだけどなぁ…」
「なんで嫌いなのに飲むの?俺ピーマン絶対食べないよ」
「好き嫌いせず食えよw母ちゃん泣くぞ」
春が言うには飲んでも体が拒絶するけど何度も挑戦するのは克服への可能性を信じてるかららしい。俺は食べないぞ、ピーマン。
「お前も、好き嫌いせず食えよ。ピーマンも。」
「嫌だよ!食べないよ」
「もしちゃんと食べたら、あれあげようと思ってたんだけどなぁ」
そう言った春の手の示す先には、
「カブトムシ!!すげー!!何で持ってるの?!欲しい!!春、俺あれ欲しい!!」
「ちゃんとピーマン食べたらあげるよ。」
ニヤリと笑いながら言う彼の言葉に眉を寄せたが宝物を前にした少年に答えはもう出ていた。
「…ちゃんと食うよ!だから!次来た時くれよな!逃がすなよ!」
「へいへーい」
そう言って少年はまた来た通り庭を抜けて帰って行った。
帰る際、視界の隅に空のコップと眉を寄せた春の顔が見えて少年は笑った。
こくふくへのかのうせい、か
よくわかんないけど、春が頑張ったんなら俺も頑張る。
そして次の日、顔色のあんまり良くない春に会いに行って約束通りカブトムシをもらった。
ピーマンは不味すぎてやっぱり嫌いだけど春のあの姿を思い出して、また挑戦してみようかな、と思いながらカブトムシが入ったカゴを抱えて夕陽の先へと足を進めた。
今日の夕飯は、オムライスでありますように。
