私はアスリート並みの青年期を過ごしてきたのですが、
今思うと半分自分を磨いてるようで半分自己犠牲だったなって思うんですよ。
アスリートって結局「職人気質」の人が多くて自分もその一人だと自負しているんですが、
完璧に仕上げようとすればするほど、
自分を磨いてるようで自分を削ってることもあるんですよね。(わかる人にはわかる)
加減がわかるといいんですけど、完璧主義ほどやっぱり辛いですね。
うまくいけば一個の作品になるけど、そうならなかった時の代償は大きい。
アスリートの世界って一個でもぶれると失敗する、一個でもずれると成り立たない。
究極の完璧美を求められる。完璧であるからこそ美しい世界
優雅であり、完璧なフォームであり、達成であり、結果、異次元的なことを成し遂げる。
でも精神衛生上、一歩間違えると本当によくないことばかりに転じるのがそういう世界なわけで。
でもね、結局成功する人って、才能もあるけど、それ以上に自分と向き合い自分を大切にできる人が多い気がします。
他人の評価で無理に頑張ったり、期待に応えようとしたり、いわゆる承認欲求の塊みたいに転じると、
自分を洗練、自分を磨き上げていくどころか削り落とすような流れ、フェーズにはいります。
自分を大切にする意識で磨き上げてる時って「内」に集中してる感覚、結果、自然に外側が現実化していく。
それは外見の美しさかもしれないし、何かを成し遂げることかもしれないし、技術の向上かもしれない。
成果なんて、極論「自分に集中した結果」だと思うんですよ。
外側とのおしゃべりが多くなると、人って自分を削り出します
これはアスリートの世界でも、一般社会でも同じかもわからないんですけど、
他人の評価とか、よく思われたいが故の物質的なお飾りだとか、そういうのって自分と繋がってない。
自分の意識から切り離されて、他人とツナがちゃってるんですよ。
これをいわゆる、自分の人生が他人に振り回される、支配されちゃってる、人生を奪われてる状態。
そんなしてたら、心が次第に泣いてきますから。いつも誰かの幸せと比較して、自分は負けてないか考える。
自分で自分を評価できなくなる、他人が指標になるんですよ。一見幸せそうでも心はすかすかの状態。
こういうことして「自分磨き」って言ってる人を、私は自身の経験から「自分削り」と言い放ってます。
自分を満たせるのは他でもない自分しかいない..ってことを理解しないといつまで経っても満たされない。
「自己管理」って結局、自分を思いやるってことだと思うんですよね。
自己管理だとか、自分磨きって「ストイック」なイメージありませんか?
だから重い腰も上がらない。
そうじゃない、
自分磨きっていうのは自分をきちんと把握してあげて(体と心の声を聞くとかいうやつ)ケアすること。
「寄り添う」とかが言葉として近いかな。「こうしなきゃ」でやるとただの「自分削り」です。
いわゆる世間はイメージする「ストイック」ってやつ。
「こうしたい」で始めるのが自分磨きだし、その「したい」って結局、自分を大切にする、守ってあげることなんだよね。
よく母親に「こうじゃなきゃだめ」って厳しく、そう、ストイックに、もしくは否定的に支配されてきた人って
「自分磨き」を履き違えて「自分削り」に転じやすい。
そんなんで良い作品、結果なんて得られんのよ。
自分を大切にすることが自分磨きの根源なのに、はじまりが否定からでどうしてそれが成り立つと思う?
世の自分磨きを頑張る女性には、この認識と思考をまずは変えたいところだよね。
ー アスリートの世界もそうでしたけど。
実際はストイックにやっていいことなんか何もないんですよ。
ちなみに私が思う、本当の”ストイック”ってのは「己といかに向き合うか」。
まず「自分はどうしたいか?」
主語を「自分」にすることから始めるのも自分磨きの一歩として大事ですよね。
自分が楽しい程度にとどめておく習慣、これも大事だと思います。
「楽しい」って感覚=自分の声をきちんと拾ってあげてるってことですから、
その感覚で「自分磨き」ができると幸せだし、自分の心も大切にできますよね。
ー そういった意味で。
私が今後発信し始める「美肌レシピ」のアカウントは、
究極に自分をいたわるご自愛レシピと習慣、を展開する仕組みとなっております。。
日々、’’やらなきゃ’’いけないことで自分時間(自分と向き合う時間)を保てない人、
自己否定が強く、ストイックに自分磨きをしてもなかなか継続できない人は、
まず私の提供するワンボウルレシピを試してみてください。
そして、インスタのストーリーズで展開する生活習慣の豆知識も取り入れてみてください。
きっとご自愛しながら、自分磨きができるはず。
苦しくてもやる、辛いのに継続する
ガチガチの「自分削り」はもうおわりにしましょう
今日も皆さんに幸あれ🌸