現在父母健康、祖父祖母ともに健在、4つ下の妹あり

こんな家族構成です、人とちゃうなって思うのは祖父祖母がまだまだ元気でいること
多くの人は残念ながら亡くなってることが多いですから
これだけで僕は幸せを感じます

家族構成でもわかる通り僕は長男であります
意外とずっと生きていたら気にしないものですが、かなり世間が言う長男の特徴にあてはまっていて、コテコテの長男なんかなって思ったりもします

責任感が強い
確かに言われたらそんな気がします
身内の褒め言葉で大変恐縮ですが、僕の親は立派な親です

何にしても「やれ」と強制したことはありませんでした
僕は親に殴られたことはありません
常に僕の意見を尊重し、不安にさせることなく育ててくれました
絵に描いたように立派だと思います

だけど僕は親がこわかった
親が進めるものはおかしなものでは無いと思っていたため
たとえそれが気ののらないものでもうなずきやっていました
本当に自分が望むもの、夢や可能性というものは
口にはだせませんでした
僕は親に嫌われたくなかったんだと思います

幼い頃から親の言う事はしっかり聞いてきました
無理なことはいいませんでした、親の顔色を見て育ってきました
親を落胆させたくなかったんです、本当のところは
長男として、親を悲しませたくない、できることなら自立して立派になって
親に恩返しをしたい、りっぱな孫の顔をみせてやりたい

「期待に応えてやりたい」
この一言につきるでしょう

僕は今では昔のように顔色だけを見ることはありませんが
責任感が強いとまとめるのではなく
義の心が強いのが長男であると思います

年齢を重ねることでこんな義なんて言葉がでてきたんですが
今となってはあの経験は、人として大事なルーツだったと思えます
僕は日本、大阪で命を受け、今では22歳になりました
名前は画数から計算しても良い画数らしくて、さらに親父が決めた名前らしいです
名を哲平といいます

名前の意味はどうしたものからつけたかと聞いたことがあります、でもしっかりとしたことは教えてくれませんでした、だから僕は自分で名前の意義を決めました

16歳くらいの時に、やけに自分は決断力に乏しいことに気づいていたはずです、理由は幼少期からいろんな事をいろんな視点の意見に耳を傾け、すべての原点に通じるものを自分の意見として持つようにしていたから。それらは人間の本音の変えようのない普遍的な言葉にして持っていました。今思えば恥ずかしいくらい幼稚なものですが紹介します。
例えば小学生の頃、いっぱい万引きを友達達とする、ゴミをポイ捨てする、理由は楽しいから。友達が泣いている、なら話しを聞いてあげる、理由は僕も悲しいから
善を肯定できましたし、悪も肯定できました。
でもや今考えるとやっぱり自分にとってしっかりした理由はその当時から解っていたような気がします。それでも合わない理由を持っていたのは人に嫌われたくなかったからじゃないかと思います。

そんな経験があったからこそ僕の名前の意義はこう言えるんじゃないかと思っています
すべての物事を哲学的にして、それらを平にする
善も悪も飲み込み、やっぱり自分の体に合わない薬は飲まないようにする、だって気分が悪くなるから。そして初めて両方の真理を自分で考えて、自ら哲学を造り出す。
そして自分に合わないものの観点からも哲学を創り出す
これが哲学を平にするということ
すべての物事に正解は決められない、だからそれらすべてを受け入れれる哲学と言う名の器を一生考えていく
これが僕の名前の使命やと考えています

なんか昔とは考え方も変わって行くのは仕方ないが、これの考え方こそがきっと哲平なんだなぁとか今も思ったりしています、
はじめまして、tetuです

このブログは自分の歴史を振り返りながら今の自分をしっかり掴もうと思い始めたサイドブログです

また僕の恥ずかしい失敗談や、どうでもいい話でなにかしら感じたりしてくれたらいいなぁと思い、あえてネットでのブログにしてみました

今22歳の男で、自由きままに生きてるフリーターです
大阪生まれ大阪育ち、目指すは関西の愚直な男
人を少しでも元気にできる男、人に幸せを感じさせれる男

そんなかなりおかしな奴ですけどよろしく

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