''恵実''
わたしの名前の由来は
たくさんの実に恵まれますように。
さて、どうでしょう?
名前の由来通りの人生でしょうか。
いいえちがいます。なんなら真逆です。
たくさんの実に恵まれることなく孤独な人生です。
でも私にも友達は沢山居ます学生時代には円の中心の方と言っても良かったかも。(言い過ぎ)
でも、あの子にとって私って友達なのかなと、ふと思うことも多かった。私がここに居てもいいのかな。など
たくさん友達はいたはずなのに、登下校は出来るだけひとりが良かったし、ペア組みの時はなんだか緊張してたし、班で行動とかかなり嫌だった。
でも皆と一緒じゃなきゃ!とか嫌われたくない!とか1人がいいのに1人は嫌だ!!とか。思ってることと、やってること全部真逆で違和感を覚えながら学生時代を歩んだなと。
そんな時にコロナのパンデミックがあり。
当日高校生だった私は「みんなに会えなくて残念悲しい学校に行きたい」との思いとは逆に、ラッキーの一点張りでした。
こんなにもひとりでいるのが楽なのかと。
こんなにも人の事を気にしてドキドキしたりしなくていいのかと。嬉しかったな。
(学園祭とか体育祭とかはやりたかったけど笑)
学校が始まったらどうしよう。行きたくない。
でもその不安は受験生だったのもあり「勉強」と「受験」の言葉を乱用して、ほぼ毎日図書館に逃げ一人の時間を過ごした。笑
そのお陰とは言ってはなんだがいま私の友達と言える人はほんの数人。
受験期に図書館で仲良くなった子と、1、2年生の時に同じクラスだった何人か。
全く恵まれることない人生。
ほんの二十何年しか生きてないけど孤独を感じることはほんとに多かった。
自分の居場所を探すのに必死で、色んなところに座り、ここは違う、ここも違う。あぁーこっちも違う。と
そうやっていくうちに1人の方が楽になって。幸せだった。
幸子さんは幸せになれないという話を聞いたことがある。かなり不思議だった。幸せな子になって欲しいと思って幸子と名付けられたのだと。なのに幸せになれないっておかしいんじゃないかと。
でも今なら何となくわかる。私も恵まれて欲しいと思って名ずけられたが、恵まれることなくなんなら孤独で。
名前の反対を生きてる感じ。
なら死んだら名前側を生きれるのかな。
え、でも、幸子さんは一生不幸な訳ないし、だって産まれて来た時点で幸せじゃん。
私も全く恵まれて無いって訳じゃないか。家族がいて友達と言える人がいて、今このブログを読んでくれる人がいて。
あーなんだよかったー。
よかったよー。
安心した。
少しづつかもしれないけど恵まれてるんだな。名前側に、こう、歩いていってるんだねきっと。死に向かってるってことね。
てことは死ぬ時には私は
たくさんの実に恵まれてるんだな。
幸子さんも死ぬ時は幸せな気持ちで居られたらいいな。
名前って初めて貰ったプレゼントなんだよな。一生大切にしたい。
皆さんも時には恨みながら、時には感謝しながら、時にはなんだか急に呼びたくなるようなプレゼントを大切にしていきましょうね。
ご清覧いただきありがとうございました。
- 前ページ
- 次ページ