行動を否定しても、

気持ちを分かってあげれば、
だいじょうぶ。

 

子どもに怒る(感情をぶつける)のは

良くないけれど、

叱る(ダメなことはダメと教える、いわゆる躾)

ことは大切。

 

行動を、否定しても、

子どもの希望を叶えるのが後回しになったとしても、

その気持ちをわかってあげれば良いんだよね。

 

例えば

「おもちゃを投げたら、危ないからダメだよ!

でも、〇〇ちゃんとこのおもちゃで遊びたかったんだよね。」

「絵本を読んでほしいんだね。

わかった。

ただ、ママお仕事があるから、その後で読んであげるね。」

こんな風に。


自分の気持ちや訴えを、受け止めてもらえたと思えれば

子どもは納得するし、ダメなことはしなくなる♪

寝顔に「ごめんね」は

伝わらない。

目を見て伝えることが大事。

 

よく、子育て中のお母さんが

「つい、子どもをすごく怒っちゃって、

叩いちゃって、あとから後悔して・・・。

寝顔に“ごめんね”って言いながら泣けてくる」

と言っているのを聞くのだけど・・・。

 

もったいないな。って思う。

だって本人は

(当たり前だけど)寝ている時なんだもの。

聞いていないんだもの。

 

寝顔を見ている時にこそ、言えるのも

もちろんわかるけど

親だからって照れずに、プライドをかざさずに、

素直に謝った方がいい。

 

せっかく、ごめんねって言いたい気持ちがあって

せっかく、自分が泣けるくらい後悔している愛があるのなら。

 

伝えないと、伝わらないよ。

そして、その伝わらない積み重ねが、大きな誤解を生みながら

子どもの心の成長に、暗い影を落とすことだってあるんだよ。

 

せっかくの愛が

お母さんの自己満足に終わるだけじゃ、もったいない。

その都度伝えて、一緒に解決していけば

子どもは健全に育っていくよ。

 

 

子育てのしんどさは、自分のしんどさ。

子どもの問題と思うことは、

たいていは自分の問題。

 

私たちだって、

始めから「お母さん」していたわけではないよね。

 

ひとりの人間であり、女性であり。

そこから妻になって、お母さんになった。

 

それなら、まず理屈抜きに

疲れている時だってあるし、一人になりたい時だってある。

旦那様と喧嘩していて、ご機嫌が良くなかったり、

育児を任せられないってストレスがあったりもする。

 

そんな時に子どもの世話に追われると、ゆとりがなくなる。

要は、自分がゆとりがあるかないかだと思うの。


それから

子どもの成長の段階において、

向き・不向きな時期もあるはず。

 

例えば新生児期が大変だったよーとか

イヤイヤ期に閉口したとか

大きくなって、反抗期にどう接していいのかわからないとか。

そういった、苦手な時期においては

どうしても気が遠くなりがち。だって苦手なんだもん。

 

だから、

目の前の子供の問題だと思う前に

あ、私、今疲れてるかな?って自分に問いかけてみて

そうであったらまず一呼吸おけばいい。

 

あ、私この時期苦手だわって思ったら

得意な人に一緒にいてもらうとか

知っている人に聞くとかすればいい。

 

親だからって、ぜんぶ抱え込まなくっていい。

苦手があってもいい。

人の力、借りてもいい。

 

そうすれば自然と

問題が問題でなくなったりするんだよ。

 

 

子育ては、「今だけ」の連続。
大変な時は、未来から今を見てみよう。
 
ハイタッチしてくる、小さな手
私のおひざに座ってる、包み込めるサイズ感
たどたどしい会話
 
歩こうとして、尻もちをついてしまうこと
今だけの、両手を上げたよちよち歩き
 
歌に合わせて踊っている姿
宇宙語でのおしゃべり、鼻唄。
 
上手に食べられなくて、ボテッとこぼしてしまうこと。
 
・・・今しかない瞬間たち。
 
自分にゆとりがあれば、
それらすべてが愛おしい。
 
自分にゆとりがないときは
未来から今を見てみる。
 
子育ては、
「あの時こうだったんだよね」
と、笑い話や懐かしさに変わる「今」の連続。
 
 
 
 

子どものベストショットは

カメラを向けていない時に多く撮れる。

その瞬間を、心のファインダーごしに捉えておこう。

 

私は、思い出や風景を

写真におさめるのが好きです。
写真という媒体は、
その瞬間を切り取って
形として残せる唯一のものだから。
 
我が子となると、やっぱり
どのお母さんもそうだと思いますが、
いっぱい撮ります。
 
でも我が子は、普段よく笑うのに
なんだか写真では、真顔が多いんだよなぁ・・・
と感じていました。
 
後から見返すと、その時の
はしゃぎっぷりとか思い出せるのに、
なんだか、真顔。
すましていたり、きょとんとしていたり、
無表情だったり。
 
どうしてかなー、これだと楽しくなさそう~。
せっかく残したいのに、私の
写真の腕(全くの素人です)が悪いのかな?
とか思っていました。
 
でも、気づいてしまった!!
そしてハッとしました。
 
息子くんがすましているのは、
私がカメラを構えている瞬間だから、なんだ。
 
私たちは大人だからこそ、
撮るよーってカメラを向けられたら
笑顔で写れたりもするけれど、
いきなりカメラを向けられたとしたら
緊張したりもする。
子どもなら、毎回身構えても当たり前。
 
それに加えて、
私がカメラに気をとられているということは
まっすぐ彼と目を合わせていない時なんだ。
 
そして彼が無邪気によく笑うのは、
私が写真なんて忘れて
彼と一緒に追いかけっこしたり、
手遊びしたり、抱っこしたり、遊んだり
絵本を読んだりしている時なんだ。
 
face to faceで、向き合っている時。
heart to heartで、時間や空間を共有出来ている時なんだ。
 
それに気づいた時、愛おしくて
なんともいえない気持ちになりました。
 
瞬間を切り取って残せることも、確かに貴重。
親だから、残したいと思う自分にも納得。
でも、カメラではなく
彼自身とじゃれあっている時こそ、
彼は最高の笑顔を向けてくれていたんだよね。
 
これはもう、心のアルバムに
おさめるしかないね。
 
写真ももちろん、撮るけれど
彼の「今」を五感で感じとり共有することを、 
大切にしたいと
改めて思ったのでした。