オーストラリア あっちこっち

先日の結婚式より以前で、
QLDにいることが出来たのはクリスマスのために、
旦那さんの実家を訪れていた時でした。

その時点では、まだ先生としてのお仕事も決まる直前のことで、
来年の就職活動どうしようかな~・・・と思っていた、そんなころでした。

その状況下ではとてもとても生花に手が伸びるはずもなく、
そもそも私達は生花をつかえないところから準備を開始したので、
ブーケも造花にしようと思いました。

生花が使えない、と言ってしまうとなんだか悲しくなるけれど
あえてそれを逆手にとって、私達は結構準備段階から楽しんでいました!
生花が使えなくても、何とか私達らしいなにかをゲストのみなさんに
感じてもらえたら、と思ってその他折り鶴を作ったり
手作りのお花ボールを作ってみて、装飾用にしてみたり。
時間はかかったけれど、そういう時間はなかなか今振り返ると良かったなぁ~と
思います。

ブーケはたまたま、Country lifeというお店で見つけました。
このお店、家に飾るような装飾品関係が一通り、所せましと並んでいるお店でした。
写真立て、ティーセット、お誕生日会に持っていけそうなプレゼント・などなど・・・
たまたま目の中に飛び込んできたのが、バラの花でした。

それを、二束購入して、自分で巻き付けて、ブーケっぽく!
全然ウェディング関係のところからこなかったけれど、ポイントはそこじゃない、
なんか心惹かれてしまって。豪華そのものじゃないかもしれないけれど、
自分がどういうわけかハッピーだと感じることが出来たバラを
ブーケにしてみて、ただ束ねただけんなですけれども・・・
当日、なんとも言えない幸せな感覚を覚えました。

手作りと言っていいのか、そこはちょっと判断に迷いますが
少しだけでもちょっと時間をかけると必ず思い出が増える、
そんなエピソードを教えてくれたバラさんたちでした。

このバラさんたちは、家族が帰国する前に、母にプレゼントしました。
お花が残るのも、造花のいいところ、かな?
昨日の、恐怖の飛行機体験は今でも思い出すとちょっとふるえるのですが・・・

そういえば、出発直前に、教会と最終確認をとっていたところ。
事前にどんな音楽を式で使いたいのか、
またオルガン奏者がほしいのかどうか、というのを記入する用紙があって、
音楽のリストは教会から渡されたので、私達はてっきり、CDが教会にあるものと
思い込んでいたのでした。

ところが、それは私達の勘違いで、オルガン奏者を選ばなかった私達は
自分達で音楽を準備しなければならないことに!

悩んでいる暇もなく、急いでiTuneストアから音楽を購入して・・・
それを旦那さんのお姉さんに送り、CDに焼き付けてもらって、
教会のCDプレイヤーから演奏出来るように・・・
思ったよりコトが早く済んで良かったですが、これが勘違いと
気がつかなかったらどうなっていたんだろう・・・と思います。

そして式前日となりました。
午前中はうす曇りでしたが、途中から 嵐 へ!
毎日の天気予報はこわくて見ていられなかったです。
キャンベラにいる間にQLDの週間天気予報を見たら、私達の日取りは雨が降ることは
わかっていたので・・・このまま嵐なのかな・・・と思いました。

(友達が、雨が降るとそのカップルは祝福されているんだよ、と
教えてくれたのですが、写真撮影はまた後日・というのが距離の関係で
出来ないとなると、ちょっとハラハラしてしまいました。)

前日の山場といえば、教会にてのリハーサルでした。
旦那さんのお母さんとお姉さんのサプライズ!で
教会に装飾をする予定がなかったのですが、装飾品の品々が!
しかも、私達の結婚式のテーマである緑と白を基調としたデザインにぴったり!

神父様(Father)が、前日から私達をとても祝福してくださり、
心強い限りでした。ヴァージンロードを歩く練習は、今までになく緊張しました。
日本からやってきた弟が一番先頭で歩くのはもちろん、
神父様からの提案で、父とだけ一緒に歩くのではなく、
両親と一緒にヴァージンロードを歩くことにしました。
わざわざ慣れない海外にやってきてくれた家族。
全員で歩くことが出来る事実に、私は大感激しました。

神父様、ありがとうございます!!!


・・・そして、リハーサル後こまごまとした最終確認を旦那さん宅にて。
私達は、新郎新婦紹介ビデオを自分達で作りましたが(PowerPoint 2010でビデオ風に)
それをお姉さんのパソコンを当日は使うことになったものの
なぜか処理速度が異様に遅い・・・音楽は色んな理由でビデオに直接添付出来なかったので
別々に操作しなければならなくなったけれど、これでは音楽が先に終わってしまい
ビデオがさみしく映されているだけになってしまう!

そこで、急いで各画面ごとで少しずつ時間調整をして、なんとか
お姉さんのパソコンの処理速度に負担がかからないようにしました、
というと簡単に聞こえてしまうのですが

その間に教会で配るパンフレットの確認
テーブルナンバーの印刷
その他手作りの装飾品の品々の梱包

などをしていたため、ものすごくあわただしかったです。。。

そして、旦那さん宅から旦那さんも私も私の家族も披露宴会場 兼 ホテルで
宿泊。しかし、ここからは、こちらの風習もあって、私と旦那さんは式当日、
教会で会うまで、一切話すことを禁じられました!

そんな習慣は、その時に知りました。

しかし、だからこそ。かな?

日本から来てくれた家族と、束の間の家族としてのひとときをじっくりと味わうことが出来て、
その晩、ありがたく思いました。
結婚式は4月13日土曜日でしたが、
私の職場である、キャンベラの学校では12日までが1学期。

昨年、教会、披露宴会場を決定した時は、旦那さんの博士課程の大学が
キャンベラになりそう。。。、という段階で、ならば私の教員登録もキャンベラになりそう。。。、
と、そんな感じでした。

そのため事前に万が一ラッキーにも先生になれたら。
・・・を、想定してこの日取りとしましたが、ラッキーにラッキーが重なって
本当に先生になれました。

ただし、やはり前日は丸々お休みがどうしても必要となりました。
教会でのリハーサルも入ったためです。そして、何より私の花嫁としての心の準備が必要です。

すこしでも学校に行かないことで穴をあけ、迷惑をかけるのを最小限にするために、
11日木曜日夜の飛行機を目指したのですが・・・(そうすれば金曜日だけ休めば良い)。

どんなに早い便でも、11日木曜日3時には出発しなければならないので、
木曜日午後~金曜日丸一日、休暇をいただくことにしました。
ありがたいことに、ここオーストラリア、こういったことにとても理解があります。。。


私は11日木曜日、午前中は学校へ。
旦那さんは先のフライトで旅立って、日本から来た両親を出迎えてくれていました。


いざ、私もQLDへ出発!
そう思って、キャンベラ空港から離陸してみれば。
飛行機は悪天候の中何とか飛び立ったのでした。
キャンベラはいいお天気だったのに。

飛行機は、なんと一瞬急降下したではないですか。
しかも、飛行中ずっと、ガタガタ揺れて、あの、突然降下する時の 「フワッ」 という感じ
おわかりになりますでしょうか。

それが飛行中ずっと続き、
空港にはなかなか飛行機が着陸できず旋回し続け、
乗り継ぎ便もそんな調子だったので
目的地のQLD某所に着くころにはもう夜10時になりかけていました。

あまりの緊張から、
空港に降り立った時には足がふらふらになってしまいまいた。

飛行中、大げさかもしれないけれど、
私は結婚する前にここで人生終わってしまうんだろうか。
そう、一瞬思ってしまうくらい怖いフライトでもありました。

無事に辿り着けて、本当にほっとしました・・・。
1月から、フルタイムの先生として就職してから本当にめまぐるしく日々が過ぎて行き、
ブログを全然綴っていくことが出来ないまま、先生としての初1学期が終了し、
自分の結婚式を迎えることとなりました。

キャンベラにいながら、QLDでの結婚式の準備は、
想像以上に大変でした・・・

というと、関わってくださった人たちの労力に対して公平なコメントじゃないかと思います。

まずは、日本から休暇を取るのも大変なのに、来てくれた私の家族。
初オーストラリア、それも結婚式に出席するために!本当にありがとう。
留学して家から随分離れてしまったけれど、今回ホテルでゆっくりと
家族としてのひと時を過ごせたこと、とてもありがたく思っています。

だんなさんのご家族のみなさん。
ここ、オーストラリアでは、日本のようにパッケージになっているようなところが
あまり見当たらないように思います・・・(と、申し上げつつも、都会のホテルなんかで
式を挙げるとセットになっているんでしょうか^^;)
ケーキを買ったけれど、当日ケーキを会場に運ぶ人。
教会から披露宴会場までの、ゲストのための運転。

当日、飾り付けをしてくれる人はいるけれど、自分達らしさを出したければ
どうしたって自分達で用意したものを飾りたいものだし、それがゲストの心に
少しでも思い出に残ったら・・・ と、思うのは素敵ですが
自分自身は当日花嫁メイクやヘアで、飾り付けどころではありません。

それに、教会で手にするパンフレット、披露宴会場でのパンフレット、
全て手作りした私達は、それらを配置してくれる人達も必要でした。

当日のMC。この大役は旦那さんのお姉さんが快く引き受けてくれました。
教会で、聖書からの読み物を読み上げてくれる人。これも、旦那さんのご家族からです。

本当に、旦那さんのご家族のみなさん。
沢山手伝ってくださって・・・ありがとう ・・・!

当初、私は披露宴を行うことに大変消極的だったのですが、
やってみて思ったのが、しっかりやってみてやっぱり良かった!!!!!

前日の準備のめまぐるしさは、今でもちょっと思い出したくありませんが ^^;
当日の時間の流れ方・・・なんとも美しく過ぎて行った感じは感謝のしようがありません。
でも、そういう時間を過ごせるのであれば、一生に一度の事です。
式も、披露宴も、自分達の納得できる範囲で、しっかりと行ってみるのはいいものだと
思いました。

たった一週間の滞在で私の家族は日本へ戻らなければならなかったので、
またお見送りをしたあとは、涙がやっぱりしばらくはこぼれました。

結婚式の前日などのことについては、新学期が始まる前にUp出来るといいなと思います!

(しかし、こうして休暇があっても・・・
教員になるって、大変です~~~ わかっていましたが ^^; )

無事に、結婚式を迎えることが出来て本当に嬉しいです。
私の家族と、旦那さんの家族との繋がりを感じることが出来た、
本当に良い日でした。


大学学部3年目になってからというもの、

学部を振り返る、卒論のコース以外は、毎日教育実習で一日中過ごしていました。

QLDの新学期は1月半ばからスタートでした(先生だけ出勤する日を含む)。

それから、6月末までずっと学校にいたので、その教育実習先がまるで ”母校” のようにすら

感じてしまいました。

1年目から随分と長い教育実習に送られる制度のため、

この段階になるころにはすっかり度胸がそなわっていました !

8年生から12年生まで、すべての学年を教えるチャンスが日本語、ビジネス、法学の授業でありました。

8年生の日本語はこの学校では必修です。QLD全体ではなんらかの外国語を履修する必要があります。

それが生徒の反感を買う一員でもあったり、逆に外国語を学べて嬉しいという生徒達もいるし、

もともとどの科目であっても学校に意義を見出さない子もいるし、教室にはありとあらゆる

生徒達が机を並べています。そういった環境の中では必ずしも ”こうであってほしい” と

先生であったら願ってしまうであろう教室環境を生徒と作り上げていくには困難を極めることも

たたありましたが、

昨日のブログにもかいたように、この最後の教育実習の前の実習で  

 x    を一度取ったことが、私の責任感を呼び起こし、苦しかったけれど・・・

ありとあらゆる方法を使って・踏ん張りどころ、踏ん張りました。


卒業は7月に決定し、9月に正式に卒業しました。

学部生として達成出来る、最高の評価を頂くことが出来、これはとても大きな自信と

なりました。


しかし!


人生そういいことばかりじゃありません。

卒業、そして学生ビザからの切り替え、そして教員登録に教員採用の面接。

タイミング悪く、卒業が決定した7月にキャンベラでの規定に変更があって

QLDで卒業し、休暇を取ることなく集中して単位を履修し続けたため、

丸4年をかけずして卒業出来た私はここでひっかかることに。理由はともかく、この国に

4年間いなかったということで、英語面で不十分とみなされることに。

既にキャンベラに移ってきてしまいましたが、キャンベラにいながらQLDに登録し直し、

その登録をキャンベラに移す、というちょっと手間のかかる作業となりましたが、

昨年11月2週目あたりにしてやっと!キャンベラでの教員登録を済ませることとなりました。

また、ビザもひと悶着ありましたが・・・とにかく何とか

切り替えは上手く行ったことに感謝しているといったところです。

7月から教員登録が済むまで。

アルバイトをしようかと思えば、ビザの不安定さから、どこからも信用を得られず。

だんなさんto beの奨学金で養ってもらっていた自分がとても情けなく、申し訳なく、

だいぶ落ち込みました・・・。2つ、アルバイトの面接は通ったのですが。

シフトを一切いれないことにされたり。やっぱりビザの問題・・・らしかったのですが

仕方がないと割り切っていいのかちょっと悩みました・・・。


しかし!

教員登録がしっかりと済んでから、道が開けました。


本来ならば7月末でキャンベラの公立の学校の採用は締め切りなのですが。

あきらめずに電話して、理解ある人にたどり着けるまで粘り強く説明して。

なんと!書類選考をしてもらえることになり、それが通り、11月末に面接をしてもらえることに

なったのでした。それから、一切音沙汰がなかったので、だめだったのかな~と

思っていたのですが、クリスマス直前に 正採用、フルタイム、パーマネント という

ものすごい好条件で採用を決定したという通知があり、だんなさんto beと二人で


 大ジャンプ 


しました。そして、結婚前に私の就職が決定したことも、正直とても嬉しかったです。

結婚生活を始めるにあたって、なんとかだんなさんto beの研究生活を安心して

送ってもらいたかったですし、ご家族にも安心してほしかったです。


・・・そして、留学前に目標としていたところへたどり着けた喜びで、本当に嬉しかったです。

明日から、本当に先生として働きます!

新学期です。気持ちを新たにがんばります~~ 


大学学部留学1年目、半年くらい過ぎたころ、

友達が日本食のランチパーティーを開こう!と提案してくれたことがありました。

だんなさんto beは日本での交換留学を終えて丁度オーストラリアに帰ってきたころで

私達はそのランチパーティーで出会うこととなったのでした。

第一印象は、・・・超まじめな人!私が超テキトーで大雑把に見える・・・と思いました。

その時は本当にそれで終わって、その後な~んにもなかったのです。

それに、大学でも見事にばったり会う!なんていうこともありませんでした。



留学1年目修了時、オーストラリアの洗礼を様々な面で受けた直後だったので 
[→ 大学学部生活を振り返って]

先生になりたい(しかもオーストラリアで!)という気持ちにやっぱり揺るぎはなかったけれど

多少はやっぱり凹んだりしていました。でも、日本出発時にどうしてもオーストラリアで

先生になることは私の人生の中でやり遂げたいことだ。と、心に誓ったことだったし、

1年目の成績は、決して悪くない。むしろ、結構自信が付きました。色々あったけれど

ここまでやり遂げられた!学長からも代理の人を通じて3学期目の成績を称えて下さる

手紙を受け取ったりしたのです。もう少し頑張ろうかなと思いました。

そんな時、だんなさんto beとひょっこりすれちがって、お互い声をかけあって、

それ以降一緒にランチを食べたりするようになりました。

気が付くと、お互い人生の見方、考え方がとても似ていることに気が付いて

結婚を前提としたお付き合いをするように。


2年目以降、勉強面では随分楽になったけれど、課題は難しくなりました。

それでも、1年目より楽だと思いました。その位、良い意味での「慣れ」と、「自信」って

大切だと思いました。


教育実習も3ヶ月半くらいになったりと、どんどん学校という実地に送られます。

そして、私はBehaviour managementといって、生徒達の教室での態度を正す際に

必要なスキルが不足していて、教育実習で一度 x をもらった日が1日あり、

あともう一つ不可を取得したらその年の教育実習は合格出来ないという状況になりました。

目の前がその日は真っ白になりました。

留学資金は文字通り必死に働いてためてきましたが、同じ学年を繰り返せるほどの

余裕なんてとてもじゃないけれどありません。それに、生活費・ビザ・色んな事が

頭をよぎり、留学生でその国の教員になりたいという立場は、改めて覚悟がいるものなのだと

思いました。その国に滞在するということだけで、ハードルとなるからです。


しかし、この x が効きました。

先生としての自覚を持たなければならないことを、はっきりと考えさせられました。

結果、二つ目の x は受け取ることなく、なんとか合格。終わった日には、

体重が10kgくらい軽くなったような気分でした!


・・・と、この教育実習中、私は中・高校生達に

法学(公民に近い)、地理、なんと英語、宗教(カトリック系の実習先だったので)、歴史を

教えていたので、日々必死のリサーチが続き、だんなさんto beにもどれだけ

助けてもらったことでしょう。変!な英語で授業出来ませんし。それに加えて

Behaviour managementにクラスマネージメントです。ここも大きな、 修行 でした。

(そうそう、オーストラリアは自分の専門科目も持つけれど、教員となる人は

色んな科目でも融通がきくことを求められたりもするのです。)


この山場を、なんとか切り抜けた!もっともっと、自信が付きました。


そうして、この実習の後の休暇を利用して、

日本にだんなさんto beと、2週間だけ行きました 

オーストラリアでお付き合いが始まったので、私の日本の両親に会わずして

次のステップに進みたくないという、だんなさんto beの強い希望でかなったこの旅行、

実はビンボー学生だった私の分まで、彼が助けてくれて実現したのです ;;

本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

だんなさんto beは、全て日本語で、私の両親に結婚の承諾を得るために話を

してくれました。私達の来日以前からとても喜んでくれていましたが、

このだんなさんto beの熱意に両親は大変感銘を受けて、私達は晴れて婚約することと

なったのでした 
久々の、このテーマの更新です。


留学先を修士か学部か迷ってから [→ ※留学先の大学を決定する]

学部留学に決定した時のことです、これでいいのだと思いました。

日本で学部を一度は取得したので、もう一度繰り返すことになるし、今回は新たな学位だけど

学部卒は学部卒。しかし、私の目的は出来るだけ高い学位というよりも、教員として働けること。

その資格が何よりも必要でした。それに、オーストラリアの教育学部を終了せずに

いきなり修士で研究生活というのもちょっと英語がどうこうの前に、飛び越え過ぎています。


日本滞在中は平日にメインのお仕事(英語を多少は使うお仕事)をして、

週末には結婚式場でアルバイトをしていました。力の抜きどころを知らないウェイトレスだったので

月曜日の出勤は腕が 「あいたたたた・・・」 となっていました  それも良い思い出です。


晴れて2010年2月に再渡豪。

キャンベラにいたころ[→ 最高の1年、2006年度] とは全く違う環境が待っていました。

州が違うだけで人も生活文化もまったく違って見えました、そして英語のアクセントまで。

留学1年目の1学期は英語圏の課題のこなし方、評価のされ方、そもそも用語がなんだか

ちんぷんかんぷんで、何度講師室などにアポを入れて訪ね、理解を補強したことでしょう。

2学期目からは、随分課題をこなしやすくなりました。それでも、1学期ごとに4科目。

随分少ないような気がしなくもありませんが、課題の量がハンパじゃありません。かつ、

2学期めからは、1年生であっても教育実習に3カ月ほど送られます!


勉強そのものが大変だったことは、かえって、そうさせてくださってありがとう。

本当にそう思っています。やった!という甲斐がひしひしと湧いてきましたし、大きな自信へと

つながっていきました。


でも、日々のちょっとしたことに随分へこみましたっけ。

銀行のカードは、どういうわけか到着後3カ月も使えませんでした。カスタマーサービスに

聞いてもだれも原因がわからず。銀行へ直接出向きたくても、シドニーのような

都会じゃありません。自転車?ならば自転車はどこで買えるの?というような、堂々巡りに

結構遭遇しました。シェアハウスとちょっと違うのですが、Boarder (下宿人?)という形で

一般家庭の一間を間借りしたりしていました。が、何度色んなトラブルにあったことでしょう~~~。

本当にへこみました。大学を通じて借りた場所でもトラブルにあったので、

一時期は誰を信じてよいものかわからず、留学先をQLDからキャンベラに変更しようかと

思ったこともありました。

くわえての非常に高い授業料。

1コース、20万円近くします。1学期ごとに80万~100万円あたりどんどん自分の

貯金が減っていく、かつ家賃を支払い続けるというのは、私とって結構大きな 修行 でした。

教員になりたい!と思ってやってきたけれど、何も約束されていないし

卒業時に移民法が変わってしまえばそれで何もなかったかのようになってしまう。

そんな不安と向き合うのがこわくて、

日本から温かい励ましがやってくるたびに、嬉しくなると同時に

つらくてほぼ毎日留学1年目はシクシク夜寝る前に泣き、朝にはまた前向きになって

その日に出来ることをがんばる!というような日々でした。


しかし、2年目にさしかかるその時。

わたしの、だんなさん to be と再会するのです~!
昨年半ば、私とだんなさんto beはそれぞれの学位が終了し、

彼は博士課程を開始するキャンベラへ行かなければならなくなり、

私は卒業決定したばかりで教員職も約束されていない状態だったので

二人でキャンベラまでやってきました。[→ はじめまして]

結婚式は義理のご家族 & ご親戚 (しかも大家族) がQLDなので

キャンベラではなくQLDで行います。 ・・・ かつ、私の場合ブライズメイドはいません。

[→ ところで、オーストラリアでの結婚式について その1]

たった一人の兄弟である、弟がはるばる日本からやってきます  それってすごい事です !

弟には実質、ブライズメイドのように、私の付添となってもらいます 

・・・というわけで、ドレス選びを始めるにあたり、ドレスショップめぐりをしてくれる

女性がいない!という状態に ^^; 日本のように新郎と一緒にいけません。

[→ ところで、オーストラリアでの結婚式について その6]


QLDにいたころは、お姉さんto beという心強いサポートがありました。

ところが、ドレスショップに行くと、とっても素敵なんだけど、高い台の上に立たされる。

私が小さいからです! ドレスはとても素敵に見えます。

こんなに背が高かったら当然です! 高いハイヒールでも  この台の高さ、

再現出来そうにありません。ということは、ほとんどのデザインを切り取る・・・・

もしくは詰める・・・のでは。そして、すごく高い。

しかも、made in Australiaをどこで見たことがあるんだろう・・・。



ドレスショップめぐりをしていたころは、私自身まだ学部留学中で

その日その日を支えていくのが精いっぱいな貯金暮らしで、だんなさんto beも

博士課程と奨学金の有無などで、私達の経済状態はちょっときびしかったのです 

しかし!

安いドレスってあるのですね。

それこそ、100ドルくらいからあったりします。

上は上で、見ようと思えばきりがないのかもしれません。

でも、安すぎず高すぎず、私にあったドレスを求めることってワガママなんだろうか。

安いドレスを見ると、シロウト目でもなんかわかる・・・のです。

縫い目とかそういうのではなくて、生地が既に汚れている!とか、ありました。

インターネットにあるドレスだと、実際の生地を使っているのかよくわかりません。

もう、不安でいっぱいになりました。

せっかくの大事な一日です。私の思いを沢山こめられるドレス、

どこにあるんだろう、と随分悩みました。

そんな時、たまたまネットで検索していて出会ったのが、

ピリカクチュールさんでした!  ピリカクチュールさんのHPはこちらです  
結婚式準備の中で、一番嬉しかったかもしれません。

 ウェディングドレスが、昨日到着しました~~~ 

郵便屋さん、私達の小さな家に、いつも気が付いてくれません・・・

Granny flatといって、メインの家に従属した小さな家に住んでいるため、

メインの家からガレージをくぐったところにある私達の家は発見しがたいのでしょう。

郵便受け(メインの家と共通)に、メモが入っていて、6時までならば今日中に受け取れる。

ちょっと遠い郵便局なので、どーしても車が必要、でもだんなさんto beが車で大学に

行っているので連絡: 「早く帰ってきて!!!」 

だんなさんto beには、今の今までドレス姿を秘密にしてきました。

ところが、小さな一間の家です、ドレスが入った箱を開けるのも大変です!

ずーっと、目を閉じてもらっていました (笑) 

着てみたい気持ちを抑えるのが大変ですが、秘密にするために 

今朝まで待って・だんなさんto beが大学へ行ってから着てみました。

こんな幸せ、味わっていいのでしょうか。
こんなに素敵なドレスを当日着られるなんて、幸せすぎます 



昨日と今朝思いました。

多くの花嫁さんたちが、ドレスにこだわってきたのも、すごく気持ちがわかりました。

ドレスには、結婚式への思い、花嫁となる心の準備、そしてこれからの

結婚生活の幸せ・・・と、この真っ白なドレスには、花嫁としての願いや

色々な気持ちを込めることが出来るのですね。

本当に、幸せな気分を覚えました ・・・   
やっと!

だんなさんto beが自分自身の準備に向けて、少し歩み始めました~。

結婚式に着るスーツは、おじいさまから頂いたかっこいいスーツを着ることに 

週末は一緒にデパートへ行って、靴探しをしてきました。結婚式だけではなく、

今後の研究会議などにも繰り返し使えるようなデザインを一緒に探しました。

なかなか、かっこいいものが見つかりましたよ 

これで、ファーストダンスの予約も視野に入れることが出来ます!

そして、シャツやネクタイはどうするか。

まだまだ決めかねているところです。

こちらでは、高砂に花嫁と花婿以外にも座るため、かつ、私の場合は

ブライズメイドではなく、弟が私の付添人になるため、私以外は全員高砂に

男性陣が座ります。そんなわけで、シャツの色を私のドレスに合わせるか、

少なくとも男性陣がピシッとかっこよく同じ色で決めてもらうか・・・がいいかな?と

思っているところです。