年賀状にTDL活用
年賀状、かかなきゃいけないときに石垣にいたので、
まずは八重山郵便局で沖縄バージョンの年賀状を購入。
柄が三線と松竹梅でした。
その場にスタンプが用意されていたので、娘と二人でぺたぺた押して、100枚用意。
ここ数年両親が入院中や、喪中だったこともあり、さらに転校、引越しがあって
いただいたものにお返事するようにしている。
でもでも、ずっと送っていただける方もいる。
子どもの近況報告ものが多い場合、ただのスタンプじゃあ返事にならない。
プリクラジャア小さすぎるなあとおもっていたところ、
ディズニーランドの「イメージワークス」へ駆け込んだ。
「2007新年」バージョンでミッキーやミニーが着物を着ているのと合成してくれる。
さっそく、撮影し、1枚にシールが5枚はいったものが6シートくれるので、
30人分近況報告が出来るというわけだ。
その場で子どものお友達から来た年賀状のお返事を作成。
イメージワークスの出口にあるポストに投函。
すると、今度はディズニーランドの消印スタンプが付いて、
郵便局から発送されるサービス。
今回は4人分だけだったけど、これって年末から撮影できるのかな??
あと96枚書かないと。
たった1枚のプレスリリースで朝日新聞へ
おちまさとが講演するというので、おもしろそうなので、
つねちゃんこと経沢香保子さんとトレンダーズのセミナーに申し込んだ。(女性起業塾の関連です)
女性経営者のための戦略セミナー。
10月だったかな??
それで、11月15日までにプレスリリースを作って申し込めば、
数百社に送ってくれるという特典付だったので、ぎりぎりに送ってみた。
ワードも満足に使えず、メールで添付しろと言うのもうまくいかず、結局ファックスした原稿から
書き起こしてもらった。
担当者は某日テレの元記者で、しかも小泉番だったとか。
面白いキャリアだよね!!って盛り上がっていたので、甘えさせてもらったのだが、、、、
まず内容は、ちょうど創業して12年になる私の経営する飲食店(古酒と沖縄料理
島唄楽園)が、プロデユースする、世界初の万華鏡バーのオープン告知。
世界初って言っても、万華鏡の専門店だった六本木のお店で、
もっともっと万華鏡に接する人を増やしてみたいと思ってオープンした。
そもそもの私の起業時の指向が、本格的なバー。
バーテンダーの修行と言うか、仲間に世界的なコンテストにも出場する人がいたので、
そんなイメージがあったが、その後来た焼酎、泡盛ブームもあって、
「沖縄のビールと泡盛だけで行く」という方向になっていった。
それを、ちょっとお茶したりお話したりしながら万華鏡を覗ける感覚が浮かび上がって、
今回のプロジェクトになった。
改装は石垣島出身の主人と瀬底島出身のスタッフ。
南の島のビーチバー??の感覚。
何年か、沖縄、石垣島のリゾートホテルで夏休みに万華鏡の手作り教室も
かねて販売をしていた経験から来たのかな。
そんな経緯を思いながらリリースを書いたら、さっそく取材の以来が1ヶ月以内に来た。
1件は「散歩の達人」という街歩きブームの仕掛け雑誌。
起業時に、沖縄特集があったときに何軒か取材して執筆したご縁もある。
(オーナー自ら他店を取材。当時は支配人兼ライターでした)
そして、朝日新聞に載った「女性起業塾ができる!!」と言う記事で大きく飛躍したという
ツネちゃんの話で、興味を持って話していたのだ。依頼がその日の電話だった。
早速経営者として取材される。
しかーし、担当者さんが常連さんだった。
面白いつながり。
「前からずっと利用していて、きになっていたけど、プレスリリースをもらってはじめて背中を押されました」
しかも、求人欄の上に出る、創業者などの載るコーナー。
本当は普通のビジネスマンのこーなーだったらしい。
掲載後は、他の取材もさることながら、
保育園の先生、学童の先生、転校したばかりの子どもの担任の先生、
いろいろ身近なオフィシャルな所からも仕事が認められるようになった。
朝日新聞の威力はすごい。
この広がりを今年の飛躍の基にしたいと思います。
朝日新聞の求人コーナーのサイトで西石垣で検索したら、石垣島でもヒットしました。
あけましておめでとうございます
いよいよ飛躍の年になりますようにお祈りします!!
昨年は万華鏡&沖縄バー「マイヤーズ」をなつにオープンしました。
来年新1年生になる長男の一言で、長女も急遽1ヶ月で転校しました。
「保育園の友達と同じ学校がいい!!」
新天地なのに古巣のようなのびのびした感じです。
石垣島に里帰り。白保の親戚の家のカレンダーに子どもたちの
753の写真が飾られていました。
愛されているのだな、、本家の次男の嫁という立場を再認識。
年越しは沖縄レインボーホテルで
年越しそばを振舞われ、琉球武術の達人によるショーをロビーでやってくれました。
カマヌンチャクの有名人で、なかなか面白い体験でした。
朝日新聞でした
先日の取材は、朝日新聞でした。
日曜日の求人欄の中のインタビューページで、前回は
タリーズの松田社長だったそうな。
(本当は普通の社会人のコーナーだったのですが、、
急遽日曜日の「新挑戦者(創業者)たち」に格上げされました)
松田社長といえば、創業当時にスタバの前に六本木店をわずかな期間
オープンさせていまして、私はそのときの初日のお客さんで、
コーヒーメーカーのセッティングするお姿を拝見しました。
まさかここまで大きくなるとは、、、、、。
1月には、女性起業塾の次のグループ「女性経営者の会」でも講演があるらしい。
(詳しくはトレンダーズのサイトにて。)お会いするのが楽しみです。
で、この朝日新聞の影響力がすごい。
今週の沖縄料理屋さんの予約は満席。
「昔その近所に住んでいたので!!!」と80代のおばあさまから、友人のその後を聞きたいと
お問い合わせがあったり、娘の友達の小学生に「新聞に出てたね」と声をかけられたり、
うれしい悲鳴です。
A新聞の取材
先ほど、A新聞の求人欄に出るインタビューコーナーの取材がありました。
再来週には出るのかな>>
取材担当の方は、実はお客様だったそうです。
普段から通われていて、たまたまお送りしたプレスリリースをご覧になって取材を決めてくださいました。
面白いですよね。
情報は発信しないと分からない。もっと前向きにすすもう。
トレンダーズで「なりたい自分になるセミナー」のロールモデルで登場
石原本を片手に、過去を考えてみた。
時代背景が同じ。
バブル期ということもあり、やりたいことは達成してきたな。
イルカと泳いだり、石垣島に20年前から通ったり、
自宅の近所のディスコに行って、服装チェックで帰らされたり、、、
「なりたい自分になる」と言うセミナーで、ロールモデルで紹介されました。
思えば29才の時、自分の自由時間は結構満喫しちゃったかな??
と言うときに起業して、結婚して、パートナーとともにがむしゃらに働いて、
子どもは両親や保育園にお願いして、、、、
でもああっというまに起業してから11周年。
今日、久々に朝日新聞からパーソナルな取材を受けられるようになった。
前回は22歳のとき、映画のモデルになったときに、当時の竹下首相の上に掲載された私の近況。
(ありえなーーい)
女性経営者の会もできるようだし、楽しみなきょうこのごろです。
ネットショップの塾発見
ネットショップの塾を六本木で発見。早速通学中。
2回目の講座で頭が整理できてきた。
毎日通っていた道にいきなり出ていたチラシ。
私が最初に見つけて問い合わせてきたらしい。
応接室に通されて早速申し込み。
話をしたら講師はうちの店の常連さんで、沖縄好きな人がたくさんいるんだって。その会社。
ありがたい。
受講者とも、万華鏡好きなのよ!!!と言う話題で盛り上がる。
うえけはいい。あとハブランディングですな。
2月中に楽天にマイヤーズのお店を絶対にオープンさせて、1億イカないと。
来年はショップオブザイヤーの新人賞で舞台に上がろう!!
前回、一緒にラリーで会場を回った人が今回新人賞で表彰されていた。
授賞式は、見るものではない、こっちがもらわないと。
父がボーイスカウトの世界機構からいただいた、ブロンズ・ウルフ賞、ボーイスカウトの歴史上の偉人しかもらっていないようなものだった。父も偉人なのかな??
だったらそのストーリーを遺さないと。
乃木大将のストーリを小学校のPTA 広報誌向けに調査したら見つかった事実もいろいろ。続けないと。
創業80周年、起業10周年、2代目を継いだ店が15周年
創業80周年というのが、祖父が起業してから。
もともと神田のニコライ堂のそばにいたのが、祖父の父、祖父がニコライさんの元でロシア正教布教のお手伝いをしていたらしく、祖父は80年前にロシアで写真修行をして、写真屋を開店。場所は六本木交差点。その後、お餅や、おもちゃやになって、父が継ぐ。ビルの立替となって、交差点の同じ場所で、主にソニプラのライセンス商品を売る輸入雑貨店を開店、数年後店長である母がとある見本市で万華鏡にであって、小売店としてははじめていまから15年前に万華鏡を扱う。
のちに日本の万華鏡文化普及活動に携わる。その店が、相次いで両親ががんで闘病でなくなり、(失われた5年)、この秋、万華鏡専門店としてリニューアルになった。
起業10周年というのは、沖縄料理店。
ただの沖縄好きの、沖縄、特に石垣に憧れる私が、
「六本木交差点の40坪の店をやれ」
と父に命じられて、泣く泣く米国プロフットボール=NFL記者を辞めて、
半年間で起業準備。
6月の横浜スタジアムの国内大学アメフットのイベントを終わらせ、
1週間後に退社の許可が出た。当時の同僚は、今、火曜日のとくだねに解説で出ている
某ニューズウィーク日本版編集長殿。転職されて大出世です。
同時期に会社を辞めて、はや10年です。
会社を辞める前は、日々自分の仕事の忙しさや社内環境の不満をランチタイムにお局様と晴らす日々。
人の悪口に耳を貸す日々。
いやなら辞めればいいのに、、、、、いつの間にか悪口モードに埋没、
営業にまわされて目標達成できなければ、毎晩夜中までなじみの老夫婦の営むバーで
カラオケざんまい。
失敗した恋愛にいつまでも固執して、ストーカーのようになっていたじきも。
今にして思えば、ストレスの塊だったのかも。
大学時代は少ない努力、豊富な時間を生かして、日本一を目指すアメフットチームに在籍。
私自身は、体を酷使することなく(選手ではないので)、、
監督のところに日参する大企業の幹部の方々と接して、
(当時、経営の神様と賞賛されるような方もいらっしゃった)、
深夜まで赤坂のシャンソンクラブにまで同行させていただいた。
(今で言う、かばんもち。)
その当時の模様が後に、日大の百周年記念映画として東宝映画化されてしまった。
主役は私になっていた。
人生って面白い。
「映画みたいな人生を送りたい!!と願っただけだったのに。。。。。。。。」
10代に目指した写真の世界でいえば、当時の写真家協会の会長で、大学の写真ゼミの教授にも
世間知らずなアタックで、かばん持ち体験や、貴重な授業にも参加させていただいた。
その道のトップの方は、懐が広い。
場違いな感じで迷い込んだ「カメラを持った六本木のかわった女の子」ということで、
スタッフや学生の仲間に加えていただいた。
そんな貴重な体験を通して、いざ起業しろと言われた29歳の春。
20年前の学生時代から沖縄に通い、ストレスを沖縄、特に石垣で発散させていた私は、
その美しい海、何もないきれいな浜辺、
出会う子どもたちのキラキラした瞳に魅了され、
たった2泊3日の旅で、「将来、石垣のこんな浜で子育てをしたいな」と憧れるようになった。
しかしいきなり起業と言われても、、、、。準備にむけて、
「小さなお店を作る方法」と言う本を買ってみた。
楽天では長いんだけど
楽天日記は長いのだが、ライブドアに一度開いてみた覚えが、、、アドレスは不明になってしまった。
楽天からは引っ張れるのだろうか???楽天といえば三木谷社長。先週ホテルニューオータニのイベントで拝見しました。だるまに必勝祈願。うちもあやかりたい。
何でも、社員の方と名刺交換したら、何人もの方に「ランチ行ってますよ」、役員の方も「昨日行ったよ」などなど、うれしいお言葉。楽天の社員食堂を目指したいyとだるまに書いたら、三木谷社長が首をひねってコメントできない様子でした。ごめんなさい、意味不明で。
やんぼうとしては月商1億、いやまず3000万、いやその前にサイトをオープンしなさい、って言う状態です。
でもって、母の生前愛用していた手帳に、遺言のように何度も書かれていた、「楽天市場」のアドレス。ここに出店するべく、歩いて5分の楽天本社内の楽天大学へ通う日々。大学は六本木ヒルズの中です。全国からみな集まって真剣に授業を受けています。すごいところです。
で、わたしはというと万華鏡やら沖縄関係のものを紹介していきたいなと思っています。
マニュアルも丁寧なのに、4月のオープン予定以来4ヶ月が過ぎ、、、まずい。
ネットショップオープン関連の本を読み漁っている間に、入稿しろよって感じです。
女性起業塾でメンターやってます
今日からデビュー。
先日女性起業塾のイベントで藤田社長を拝見しました。で、気になったのでこちらへ。
作家になるために、今日から本の原稿を書こう。
ちなみに直木賞、芥川賞の選考会場は幼稚園時代の友人のおうちが経営する料亭です。
夢は大きく、新喜楽で選ばれるようになろうかな。
実家は祖母は誠志堂書店から隣の家に嫁に来ました。
まずはそのあたりから、、、。
