月に一度の楽しみが、TBSの落語研究会である。放送の時間帯が時間帯なので、Digaで録画してみるのが通例である。今回は柳家三三の「ろくろ首」であった。

私は落語ファンを公言しているが、CDを聞き込み、寄席に通い、二つ目勉強会の応援にまで行くようになったのはたかだかこの2年くらいである。知識はそれなりに詰めたつもりだが、長年のファンにはなかなか及ぶものではない。

芸能人、アイドルの名前を間違うと恥ずかしいが、落語などコアなファンがいる世界で名前を間違うと非常に恥ずかしい。柳家三三を「やなぎやさんさん」などと呼ぼうものなら赤っ恥をかく。「やなぎやさんざ」とWikipediaか所属団体のホームページなどでチェックしてから口にするようにしている。

落語が好きになった頃、TBS落語研究会をちゃんと観るようになったとき、同じく柳家三三師匠の「橋場の雪」を聴いて感動した記憶がある。香盤からするとまだまだ若手真打なのに、古典の超実力者だ。古今亭菊之丞師匠、当代春風亭柳朝師匠の3人が出ている席ならば、可能なかぎり寄席に行くことにしているほど贔屓にしている。

ベテラン級の師匠では、なんといっても柳家さん喬師匠と柳家権太楼師匠だ。この二人が出るのなら、仕事を飛ばしてでも行きたい。別に私は柳家に傾倒しているわけではないが、三遊亭も古今亭も、ベテラン級でぐっとハマっている人がいない。立川流や円楽一門まではチケットに手が回らないので、iPodで数少ない音源をこなす程度である。

何かと飽きやすい私だが、落語は2年以上続いて、3年目に入った。ミュージカルに並ぶ人生の楽しみとなっている。見方も様々進化してきた。最近は噺家同士の共通点と相違点を感じ取る余裕ができてきた。あの噺家をなぜ好きか?と問われると、理由などないものである。なんか良いからスキ。そんなものだ。面白くても好きはなれない系統もある。私は、嫌いとまでは言わないが、林家は苦手である。

なぜ柳家三三師匠を好きになったかという理由を敢えて探すと、声にあるようだ。声を張り上げた時の感じが柳家さん喬師匠とそっくりなのだ。興奮した感じ。あの声を聞くとたまらない。親子かと思ったくらいである。今大人気の柳家喬太郎師匠は、柳家さん喬師匠の弟子、柳家三三師匠は柳家小三治師匠の弟子。しかし、私にはその師弟関係がクロスしているように思えてならない。噺家は自分の師匠以外にも稽古をつけてもらうことがあるらしいが、このへんはなにか秘密が隠されていそうだ。

落語はAKBと同じく、ライブを通して演者が成長していくところを楽しむことができる。同じ話でも、数年ぶりに聞くと違うなと感じたりすることだろう。ああ、20年後くらいに聞くとまた違うのだろうなぁ。

さてさて、とりとめのない文章をどのように締めようか。落語のようにサゲのある文章は難しい。ま、今回の「ろくろ首」のように首を長くして待ってくれている読者はまだいないから、のんびりやればいいのだろう。