とある総合内科医の苦悩 -7ページ目

とある総合内科医の苦悩

ある関西の中小病院で働く総合内科医の独り言です。
ちょっと毒もありますがご注意ください。

京都のとある病院で感染症と総合診療と時々リウマチを学んで過ごしています。


※なお、原則的に医療的な内容の相談はいっさい御受けしません。

スノボに行った.

ほぼ8年ぶりくらい。

滑る事ができてほっとしている。

最初は体があまり覚えていないせいか、太ったせいかぽてぽてこけましたが一本滑ってからは完全に目が覚めました。

結構滑れるやん。

今年はスノボいきまくるかもしれません。

次は岐阜かな?
あれから19年。

なんとなくあっという間に時間は過ぎて行き、東日本大震災というさらに未曾有の大災害も起こった。


ぼくは医師をしている。

阪神大震災があったからだ。

あの時無力だった自分が何かできることがないだろうかと考えた末に選んだ職業が「医師」だった。

医師になった。

あの時感じた無力感から力を得たように思っていた自分は「東日本大震災」に支援にむかった。

無力感が一杯になった。

無惨な光景が目の前に広がっていた。

絶望的な風景を横目にしなければならないことがたくさんあった。

微力なだけで無力ではなかった。

人とのきずなを感じた支援生活だった。

人は一人では生きられない。

そう痛感した。

また、医師は命は救う事はできても魂は救う事ができない。

魂はどのようにしたら救われるだろうか。

医師を続けて行く上で疑問に思っていることだ。

苦悩は続く・・・。
大学のとき以来のスノボ熱が再燃。

実家からスノボの板を回収してきてメンテナンスにだしました。

そして、靴とヘルメットを新たに購入。

メンテナンスが終われば「怪我に気をつけて」スノボしようと思います。

楽しみだ~☆