久しぶりにこちらで一言書きたくなったので・・・・
ここ最近、自分の「こだわり」に縛られている人たちに
お会いするので、ちょっと自分への自戒も込めて
中学生のころ
ある日突然、仲良しのグループからいじめられるようになった
原因なんて全く分からなくて、とにかくパニック!
誰にも言えず
「なんで?」「なんで?」と自分に聞いて
分からなくって泣いて、泣いて
死のうと思って、手首をちょっぴり傷つけたり
後にも先にも、自分を傷つけたのはこの時だけだった
当時の私の心には大きすぎる苦しみだった
でも、ある日の体育の時間、クラスのある子が
孤独に立ち尽くしている私に
「一緒に」って「手」を差し出してくれたの
その「手」を今でも覚えているんだけど
その手を取ってから後のことが記憶にない・・・・
でも、その出来事から、私の全てが変わった
「この子のように強くなりたい」「優しくなりたい」
手を差し出してくれたその子のようになりたいと思った
そうしたら、状況は何にも変わらないのに
学校に行けるようになって、無視されても平気になった
私の全てが変わったと思った
そして
その時思った「何も変わらなくても、変えられる」
今思うと本当は「手」なんて出てなかったのかもしれない
私に「手」が見えたと思っただけかも・・・・
いじめを克服して数十年、大人になっても辛いことは一杯あった
でもふと、あの時の「手」を思い出す。
自分の見方さえ変われば、すべて違う世界に見える
そう思い返していた
それでも辛いことは一杯だった
自分は生かされている。
一人の力じゃなく、理屈じゃなく、何か人にはエネルギーがあって
そのエネルギーが私たちを生かしてくれている
そんな事を大切にするようになってから
あの時の「手」はもしかすると、彼女の手ではなくて
神様か天使か、私と共に居てくれている誰かの「手」
だったのかもしれないとすら思う
そう思うくらい、ちょっと不思議な瞬間だった
苦しみや葛藤は生きている限り、消えないのかもしれない
私の苦しみは「これ」ってわかっても
人はなかなかそこから脱出できない
私も時々、苦しみの「これ」に縛られ、手放せずにジタバタする
でも、辛いことが起きたら
あまり悩まず、考えず
「私が辛く思わない場所がある。世界がある。私をそこへ連れて行ってください」って
天に向かってお願いする。何度も何度も。
そしたらね「手」が頭に浮かぶ瞬間が来る
その手がでたら「チャーンス!」
その手を握る!掴む!
そうすると、その手が違う世界へと引っ張りあげてくれる
中学生の小さな心の私にも
自分の見る世界がかわるだけで、すべてを変えることができたのだもの
バカみたいって思わず
やってみてほしい
苦しみが苦しみではなくなる世界が、場所がある
そして誰だってそこへ行ける
そこに行きたいと思って、願って、求めれば
必ず、行ける。
だから、自分ばかりを責めて、傷つけないで
「手」に頼ることもして欲しいな
ちょっとそんな事を思った
