父の最期に立ち会ったのも私一人でした。

母が行くなと言ったのか親戚も施設に誰一人面会に来てくれた人はいませんでした。


母は秘密主義というか自分が入院することとかはみんなに言いまくるんですが、私とかのことは秘密にするんです。


なんなら私の結婚式の時も近所にバレないようにって言われて。


葬儀の打ち合わせでどのくらいの人数かも言わなければいけないのにコロコロ変わるんです。


近所を呼ばないとか呼ぶとか私が一人でやってるのに二度手間ばかりさせるんです。

決めたらひっくり返す…


病院の方から前もって探してだ方がいいですよとアドバイスして下さってたので葬儀場も数ヶ所話を聞いて回ったのですが自宅から近くてすごく良い感じの小規模なとこに決めたんです。

母はお金にもうるさいし安くて良い感じのとこに。


そしたら親戚がそんなとこ行き方がわからんとか◯◯なら行けるのにとか言ってると。


カーナビがある時代です。

自宅からすぐ近く。(みんな自宅は知ってる)

しかも国道沿いです。

どう迷うの?と思うんですけど。


近くには立派な葬儀場があるから見栄えは悪いのかもしれないけど話聞いた方の感じが凄く悪くて。

母は見栄えとかきっとそういうのもあったんだと思うんです。

それでもお金は安くとか無理な話です。


もういちいち母の意見は聞いていられないので強行突破で私が決めたとこにしました。

なんでうちのことなのに親戚がとやかく言うんでしょうね。


もう私は自分達家族だけの家族葬で良かったんです。

でも年寄りはそれを嫌がるんですよね。

親戚は呼ばないととか近所は呼ばないと後からだらだらと家にお焼香にくるから嫌だとか。


じゃあ普通にお葬式するしかないってなると、やっぱり近所は呼ばないとか言い出す。


担当の方は近所を呼ばないと後が大変ですよとかなり説得されたんですが。


もうどこに行っても家族葬も普通に葬儀しても大して金額は変わらないと言われました。

やることは同じですからって。

返礼品の数の違いくらいだと。


葬儀場の担当の方が式には入ってもらわないで終わった後に焼香だけしてもらったらいいんじゃないですか?と言ってくれました。


結局それで落ち着きました。

それなら最初からいてもらってもあまり変わらないような気もしたんですがそれで母も納得したので。


こういうパターンもちょくちょくあるんでしょうね。

葬儀場の方は提案もすぐに出てきましたから。


結局母は自分の兄弟だけ呼び父と交流のあった人は一切呼ばない呼びたくないと内緒にして父方の親戚も呼ばないと言い誰も言いませんでした。

父が可哀想でした。


前回の続きですが、通夜の晩、母は花に水をかけないといけないからと帰り私一人で泊まることになったのです。

父より花が大事らしいです。

怖いけど兄弟いないから仕方ないし、帰る方もいらっしゃいますよと言われたけど父が可哀想だし泊まる決意をしたけど唯一交流のあるいとこにダメ元で泊まれん?って聞いたら、そのつもりでおったよと言ってくれて感謝しかない。

家族よりもわかってくれるいとこがいて本当にありがたくて唯一母に感謝するとしたらいとこと、いとこにしてくれたことだけです。


最期まで父の気持ちを思いやることをしないで自分のことしかなかった母です。



そんなこんなで、なんでダンナが出て来ないのか?と思われたかもしれませんが。


父が亡くなる2日前くらいにタイミング良く?コロナにかかってしまったのです。


私は一人なのでダンナをあてにしていたんですよ。

なのにですよ。

今まで一度もコロナにかかってなかったのに。


会社でコロナにかかった人がいると聞いた時点で(今まで何度もあったけど)今回は嫌な予感がしたので発症する前に喪服とか持って実家に帰ったんです。

私までかかったら最悪ですから。


予感的中です。


それからは父のこと葬儀のことしながら毎日ダンナに食料を持って自宅に帰り玄関に置いて帰るという生活。

余計な仕事が増えてもう忙しすぎて。

ダンナはニタっとした口調でコロナやったーと。

あー出なくて良くて良かったのもあるんだろうなと。

行事ごと嫌いなダンナなので。

わざとではないにしてもちょっとね。

この後もまだまだあるんです。

あり得ないことが。


母のとこには極力行きたくなかったからホテルを探したんですが近くのホテルは夏休みだからかどこも空いてなくて仕方なく実家に。


実家からわりと近くに住んでる長男は嫁がいいって言えばうちに泊まってもいいんだけど…ってできれば来ないで欲しいも含んでそうだったので悲しくなりもういいよと言いました。

歓迎されないのに居づらいしね。

1年間お世話したのにこんなもんです。


長男夫婦が私が困った時に何かしてくれるわけでもなくほんとに一人ぼっちなんだなと実感した時期でした。

父は長男夫婦が新居に引っ越して数日後に余命宣告をされました。


私が自由になるのを待ってくれていたのかもと思ってます。


亡くなるまで3週間は毎日病院に通いました。

でも母はたった2回しかついてきませんでした。


結局父が施設に入ってる3年間に母が面会したのは1度のみ。

最期を迎える病院に移って余命を言われてから3週間の間に2回。


これが母なんですよね。

ほんとに薄情でしかないです。


施設から看取れませんと言われて早く出て欲しい感がヒシヒシと感じられ、入る時に看取りまでと署名もしていたので透析の病院の看護師さんが署名をしているのに出てと言われるのはおかしいから私から言ってみますと言って下さったんですけど結局施設の先生と看護師さんに囲まれて説得されて施設を出ました。


施設も探してはくれないので透析の病院の看護師さんが紹介はできないんですけどと言われながらも受け入れてもらえそうな病院をいくつか教えてもらいあとは娘さんが問い合わせて下さいと言われて面談に行き順番待ちに時間がかかるかもしれないと言われたけど比較的にすぐに受け入れてくれました。


施設の言い分もよくわかるんです。

父が入れたのも誰かが出られたから入れたわけですしね。


でも結果的に受け入れてくれた病院は看護師さんやヘルパーさんも先生もすごく良い方ばかり。

ここが最期で良かったと本当におもいました。

たった1ヶ月だったけど。


施設は皆さんが笑顔がなくて行くたびにちょっと寂しかった。

皆さん忙しいから仕方ないのでしょうけど。


最期の病院は洗濯物を取りに行く週2日面会してたけど余命を言われてから毎日通いましたけど行くたびに保育園のように父の様子を教えてくれるんです。

もう意思疎通もできないし目も開けないし動きもしないんですけど。


私が来たらモニターに変化があるらしく嬉しいんでしょうねと言ってくれたり。

お父さんもてたでしょう?とか言われたり(笑)

もてませんよと返しましたけど。笑

イケメンではないけど行くとこでなせか言われる。


前から見て下さってる方はご存知の通り、母が父を毎日朝晩怒鳴りまくるから半ば強制的に父を施設に入れたんです。


もうあの怒鳴り声が限界で。

それにご近所に申し訳なくて。

母は甲高くて声が大きくて家は窓全開。

嫌でも聞こえてきますから。

まだあの時は完全に認知症まではなかったので帰れると思ってたと思います。

最初の頃は施設の方には帰りたいと言っていたそうです。

コロナ禍であまり面会ができなくて私がたまに面会しても私には帰りたいとは最後まで言いませんでした。

母が面会に来ないことも一度も聞きませんでした。

可哀想なことをしてしまったといつも謝りたいと思いながら父が理解できる間には言えませんでした。

父が意思疎通できなくなってからは面会のたびにごめんねと言って帰ってました。

それがずっと後悔です。

亡くなってしまえば余計に。

父は私を恨んでるだろうなと思います。


母は嫌なことは全部私に押し付けてケロっとしてます。

娘が施設に入れたからとみんなに言って自分は悪くないのよみたいな感じです。

私はこんなに罪悪感があるのに。


余命を言われてから毎日通ってる私に

「毎日行かんでも良かろうもん。なんで毎日行くとね?」と平気で言うような母です。

もうあと何日も生きれないのによくそんなことが言えるなと思います。

それでも私は行くと言って行ってました。


病院に移ってすぐは少しだけ長男夫婦がいる間と重なり父の洗濯物はうちの洗濯機ですると長男夫婦が嫌がりそうなので母に洗ってくれん?と言ったら洗濯機ないからと拒否されました。

結局は病院から天日干しではなく乾燥機で乾燥させてから持って来て下さいと言われたのでコインランドリーにしましたけど。

ほんと薄情ですよね。


書けば長くなるので書きませんが自分の長年連れ添った相手の最期に尽くそうなんて全く思わない人です。

私には信じられないです。


通夜の日も葬儀場に泊まらないで花に水をかけないとと言って帰りましたからね。


葬儀場に泊まるの私一人で?


長くなってしまいました。

続きまた書きます。