何日か前に、ものすごく久しぶりに渋谷駅に降り立ちました。
結婚した友達と急遽会うことになり、仕事おわりに、プレゼントを準備することにしたのです。

予備校側の出口から、外に出て、少し歩きました。
すると、路上ライブの歌が流れてきました。それは、聴き慣れた…ある男の子の声でした。

その男の子…ミュージシャンは、3年前にメジャーデビューしていました。
そして、デビュー1年後に歌手活動休止。
最近とあるプロダクションに属し、メジャーではない形で活動を再開しているようでした。

私は、そのミュージシャンがメジャーの時代に、最初のライブと、最後のライブ、それから最後の最後の路上ライブをみにいきました。
あと、一度、わけあって、ライブではない場所でお会いしたこともありました。

私は、そのミュージシャンのことが…ちゃんと会話として言葉を交わしたことがないのですが、様々な事情で、すごく気になっていました。
なにより、歌と、歌への姿勢が、本当に感動的だったから。

そして、気のせいかもしれませんが、最後の最後の路上ライブのあと、私に何かを伝えようとしているような…空気を、忘れられませんでした。

渋谷駅のわきで、足をとめました。
完全なオーディエンスは私だけ、彼は私をオーディエンスとして認識していないように見えました。
ちょっと元気ない感じでした。

でも、ひとりの大人が、音源の準備をしたり、立て看板を作ったり、声かけして、彼…そのミュージシャンを励ましていました。
そして、リュックに座っている私に、機材をいれるケースに座るよう、配慮してくださりました。

そこからは、本当に贅沢すぎるライブでした。
自販機のドリンクをのみながら、彼の歌を最後まで聴きました。
失敗したときは、ちゃんと歌い直してくれて。
アンコールのかわりかな?最初の方で歌ったハナミズキを、最後にまた歌ってくれました。

路上ライブ終了後、マイクをおいて、彼が…大学生になったばかりのその…ミュージシャンが、そっと近づいてきました。
そして、
「お久しぶりです」。

私は、今日まで、彼の背負ったすべてを聞いていたわけでも、知っているわけでもない。
だけど、本当のことをいうと、この3年間の彼のつらさ、状況…僅かに想像してきました。
形は違っても、当時の私のように、闘っていたはずです。

そして、私自身も、不思議な縁で…時を全く同じくして、彼が歌っている背景に共通する関係で、考え込んだ時間がありました。

「覚えていて…くれたんだ。ありがとう」
という言葉が、自分の口をつきました。

そして、話したこともなかったはずの彼と、いろんなことを話しました。
最近観た映画のこと、彼が大学生になったこと、私の仕事や試験のこと。
歌のことには…なぜか、正面から触れられませんでした。

ずっとミュージシャンのそばにいた大人は、プロデューサーさんで、作編曲家でした。
はじめて会ったばかりの私に、彼への想い、音楽家が置かれている現状…など、まっすぐな言葉で、伝えてくださりました。

考えてみたら、ふだん…特に仕事帰りには行かない渋谷に行って、一時間以上、彼のライブをきく。
彼と二人で話し、プロデューサーさんとも二人で話す。話す…より、語り合う、かな?
不思議なことではあるけれど、私にとって、あまりにも自然な現実に感じられました。

プロデューサーさんが、
「なぜ、我々音楽家が頑張れるか、それは音楽が好きだから…!!」
と、おっしゃっていました。
彼が…大学一年生になったミュージシャンが、歌い続ける理由も、「好きだから…!!」なんだと。

心が、久しぶりに透き通っていきました。
「再会」できて、そして新たに「出会え」て、本当によかったな。

人生は、いろんなことが起こるけれど。
好きなものがあれば、なんでも乗り越えられるんだと、思いました。

内なる底力、すなわち「実力」は、どんな不条理も乗り越える。

帰り道に、あらためて、自分の状況を振り返りました。
これまで、レコード会社やミュージシャンの方達との運命的な出会いがあり、エンタテイメント…特に音楽の世界に傾倒してから、私も3年。

エンタテイメント産業や音楽ビジネスの現状を知りたい…という想いは、ありがたいことに、少しずつ叶ってきました。

だからこそ、つらい現実も、目の当たりにしてきました。

音楽の聴き方も、変わりました。

たとえば、それまで純粋にファンをしてきた歌手がいて。
背後にいる方達の涙を知り、やるせない葛藤を知り、、、
自分なりに、痛みを感じて。
その歌手のことは好きでも。
知ったことを、ライブで目の当たりにするのがつらくて、あまり行けなくなったり。

ただ、私が出会ってきた、プロミュージシャン、あるいはレコード会社で仕事をする一人一人の方達は、どんなにツライ思いも、力強く乗り越えておられました。さらに未来へチャレンジされていました。
もちろん、路上で歌っていた、そのミュージシャンも。

自分の弱さを、出会いや音楽が、少しずつ変えてくれている…ような気がします。

ブレない想いと「実力」は、すべてを乗り越えます。
だから、どんなことにあっても、前向きなハートで、努力をして様々な体験をしていきたい。
そんなことを、あらためて思った、夢のような夜の渋谷路上でした♪



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「原点に帰ろう。」
ここ何日も、そう思ってきました。
「奇跡に、慣れちゃだめだ…」と。

ここ5年くらいの間におきた、いろんなこと。

…ぐうぜん百貨店の屋上でやっていたフリーライブ。
歌手の方が、歌に向き合うその姿勢に、深い衝撃と感動をうけました。
「奇跡」でした。

やがて出会った、音楽作家や、レコード会社の方、それから、舞台関係の方や、パフォーマー、エンジニアさん

ダイレクトに伝わる価値観が、私の人生と重なり。
自分が変わるくらい、強くなれました。
「奇跡」でした。

それから。
三年前。
イントロに、アレンジに、どうしてこんなに感動しちゃうんだろう。
そう感じた、ほとんどの曲が、ある同じ編曲家さんのものだと気づいた衝撃。
縁ができ。
ついに本当に話せる日がきました。
「奇跡」でした。

司法試験に三振したときも。
私には居場所がありました。
しかも、地元で。
圧倒されるような才能をもった、演出家さんの、仕事場。
「奇跡」
でした。

就職難なのに、希望していたエンタテイメントの世界に就職できたことも。
管理職の方達と、夢を語り合う縁ができたことも。
「奇跡」でした。

夢を追う意味すらわからなくなって、心が完全に折れてしまった、2011年のおわり。
素晴らしい鍵盤をきかせてくださった、、、とあるミュージシャン。
ライブの前にごちそうしてくださったハイネケン、美味しかった。
「奇跡」
でした。

1年ちょっと前。
東北や、世界中の音楽を必要とする方のために、誰にも負けない歌声を届ける、シンガーを、知りました。
広がる、ひととの縁。
音楽という空は、被災地はもちろん、世界中につながっていることを知りました。
「奇跡」でした。

自分にとって、途絶えたはずの法律の試験に…いまもチャレンジできていることも。
「奇跡」。

そんな…ひとつひとつに…感動したはずなのに。

最近では、気付いたら、「奇跡」に慣れ、ひとに心配されること大切にされること…出会えたことが、当たり前になっていました。

そんな自分の弱さが…ついに先日、よりによって東北・福島の地で…自己中心的な行動をうんでしまいました。

東北での私のブレた言動を、指摘してくれたのは、これまで奇跡を与えてくださったミュージシャンの方でした。
すごく…モヤモヤしました。
先日、プライベートで、レコード会社で活躍する方と、いろんなこと話していて。
「奇跡」に、もはや感謝できなくなっていた自分に、気づきました。

同時に、ひとつひとつの「奇跡」が、本当にもう二度と起きないような「奇跡」であったことを、理解しました。

「原点に帰ろう」。

ここ一週間。
思い浮かぶ限りの「奇跡」…ひとつひとつ、いただいた言葉をかみしめています。
ささやかなこと、まで。
ありがたくて、感謝なんて言葉じゃ足りない。

歩いていても何をしていても、風景が浮かんで、言葉が浮かんで、音楽が浮かんで、感動が浮かんで。。。涙が溢れそうになります。

そのせいか、いま、仕事が、楽しい。かかわるひとに、優しい言葉をさがしたくなる。
試験勉強への緊張感も、いままでとまったく違う。

そして、一人になると…やっぱり泣きそう。
いまもう一度「奇跡」をたどっていくようで。

恩返しなんて、簡単にできるものではない。
だけど、全力で生きて、願わくば結果をだすことが…私の起こす「奇跡」だと思っていいですか?
私の夢が叶うとき…「奇跡」を与えてくださった方達に、何かを伝えられると、わずかでも何か恩返しさせてもらえると、信じたいです。

「奇跡」にかえります。



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先日、職場で、感じたことがあります。

それは、社会人の学生との大きな違い、
「人間性がものすごく大切」、
ということです。

たとえば、私生活で、自分勝手な理由でひとを傷つけたり、自分中心な言動をしたりする、大人がいても。
注意してくれるひとは、あまりいません。

それどころか、才能のあるひとなら、甘い汁を吸いたいイエスマンたちが、いい思いができるときだけ集まってくるでしょう。

でも、たとえば、実際に傷つけられたひとが、同じ業種だったら、いざというとき、そんなひとに、仕事を回そうと、思わないはずです。
また、こんなことをされたよ…と、職場で仲間に話してしまうことも、絶対にないとは言えません。

反対に、私生活で、正直で、公平で優しくて、他人の話に耳を傾ける、ひとに愛を与えられる、そんなひとなら。

ビジネスでも、企業の枠を超えて、仕事を受けて欲しいとか、一緒に仕事をしたいとか、将来的にわたりオファーがくると思います。
そのひとの、人間としての素敵さが、エピソードとして、複数の人たちの中で、語りつがれていくことも、あるでしょう。

そういう意味で、どんなに才能があるひとでも、社会人は、まさに社会の中で、「人間性」という基準から、因果応報を受けていくと思います。
これは、けっして企業に限られることではなく、業界の単位でも、ひろく大人という単位でも、いえると思います。

そのへんが分からず、自分を特別だと思ったり、価値観のちがう相手を差別したりするひとは、すごく甘いしプロではないと思います。

そして、もうひとつ。

社会人になるというのは、結局、人間性を磨くチャンスではないか、ということです。

社会にでると、人間が擦れていく、という話もききますが。
正直、社会人として2年すごした私は、擦れた感じは、しません。

むしろ、メール一通でもひとを喜ばせたいとか、一緒にお仕事をしてよかったと思って欲しいとか、たとえ上司にでも元気あげたい、とか。
常に、常に、相手あって、自分がいることが、わかります。
相手を心から思いやらなければ、毎日が成り立ちません。

これは、自分が政策的にうまくやりたいという感覚ではなく、それだけ自分という存在は、ちっぽけで、相手があってこそなのです。

私は、勉強していた期間が長いので、仕事という意味では大先輩の方達、反対にいえば、自分と生きてきた時間がぜんぜん違う方達と、仕事をしています。
専門性を問われないため、ふだんは、立場がかなり弱いです。

それでも、つらいことも、環境の良さにかかわらず受け入れられないことも含めて、すべてが、
「人間性」
を磨く、訓練の素材になっています。

実は、私がだした一通のメールが、とあるミュージシャンの方から、評価されました。
こういう文章、書けるようになったのか、と。

どうして書けるようになったかというと、毎日ひとのことばかり考え、我慢もたくさんしながら、仕事しているからだと思います。
私が、自我をだすのは、本当に、役職の方達や上司と将来の話をするときくらいです。

ありがとうと、ごめんねが、特に大切な存在にたいして、当たり前になっています。
相手に対する畏怖の念、というか。

そして、おそらく業界と広く括った大先輩である、そのミュージシャンの方に鍛えられた部分も、ありました。

もし、この二年で、少しでも人間性が磨かれてきたとすれば、本当にそれは感謝です。
社会人になって、よかった。
会社員になって、よかった。

「人間性」、これは、社会人のキーワードだと思います。
まだまだ未熟ですが、職業として、自分が選んだエンタテイメントの世界で夢をかなえていくために、なにもかも受け入れて、頑張っていけたらいいなと、思います。



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