そういえば脳梗塞でパパが倒れる二週間ほど前に、私が息子の歯医者を終えて帰り道を歩いていると、なんだかでかい二人組が前から歩いてきたえっ

まさかの、弟と、パパ。
ご飯に行くところやったらしく、私たちも一緒に。
久しぶりにみんなでご飯を食べた(˙ ૄ˙ )
鍋やったかな??



パパはなぜか倒れた日に主要な通帳を全て持っていた。
そして通帳には、何日にどこにいくら振り込むのかがきちんと書いてあったDASH!


で、倒れた時も友達といたから、搬送が早くてt-PAが使えた。


大した事じゃないけど、準備でもしてたんか!っていう話を弟とした。
神様に守られてるんやわって言うてた人もいた。

で、私は神様に呼ばれているらしく、年末に伊勢神宮にお参りに行くことになった。


今まであんまりいい生き方やなかったというか、人生諦め気味やったパパやけど、私と弟と息子のことが大好きでいつも大切にしてくれてた。

やし、こんないい偶然が重なったんかな(≧∇≦)




ほんとは日曜日、パパがみんなで外食いこう~って言ってたんやけど、それは延期。


パパのカバンには2014年のスケジュール帳入ってたし、倒れた時にスーパーの袋持ってたし、生きる気満々!


このままがんばっておくれ~(≧∇≦)



朝起きてしばらくして、携帯を見たら病院からの着信と留守電がショック!
正直、心臓縮み上がった…

明日の造影剤の検査のお知らせでしたわ。(笑)



今日は弟の仕事が休みやから、一緒に病院
おばちゃんは、おじいちゃんを散髪屋に連れて行くためおやすみ。


行く前に、よくパパとも行ってた地元のうどん屋さんでランチ(^_^)
弟はカツカレー丼定食、私はそぼろ定食。

ドラッグストアでオムツとティッシュを買って、黒門市場通って病院へ~。



今日事務局に寄ったんやけど、ここの人は不親切というか事務的というか…ねえ。


パパは、自分で座りたいらしく、座ろうとしてたら看護師さんがベッドの背もたれをあげてくれた音譜

この看護師さんは、好きな人にひひ



弟は、パパに写真を見せてた!
私も今度持ってきてあげよ。


また酸素マスクをとるカゼ


よっしゃ!あのな……えーとな…おまえの…うーん…


今日はこれの繰り返し。
何が言いたいんかな??
それだけじゃ流石にわからん~_~;


まあでも、今日もよく笑ってた。
弟は途中で帰った(˙ ૄ˙ )


なんで倒れたんかわかる?って言ったら、分からなそう。

脳梗塞やで~
糖尿放ってるからやん~
首の血管が詰まったんやて。
友達といたから助かったんやて。
たまたま新しい薬も使えたんやて。
ほんま、よかったなあ~。

って話す間、ふんふんって聞いてるパパグッド!



明日、造影剤の検査らしいわ~
って言うたら、へえ~って。

知らんのかいな~_~;
患者には説明しやんのかな??



しばらくしたら、また


あのな……えーとな…おまえの…うーん…
せなあかんことが…


ん?私のせなあかんこと??

して欲しいことがあるのか、
私に学校に行け言うてんのか。

まだわからんねえ、やっぱりしょぼん


動く左手だけで酸素マスクの紐を結ぼうとしてた(˙ ૄ˙ )
あえて手助けをするつもりはない(˙ ૄ˙ )
できることは、自分でね。
無理やろ~とかも言わんようにしたいな。


パパは、うーんってしばらく考えると、頭が疲れるみたい。
あ~…って(笑)


やし、明日検査やし脳みそ疲れたらあかんし帰るわな~!って帰ってきたニコニコ



今日は、何の薬を何のために使ってどういう治療をしてるんか聞きたかったけど聞くの忘れてた~んオバケ


しやなあかん手続きが多すぎてだるい~。
ま、しばらくしゃあないわな


病院終わってから、おばちゃんに連絡してパパのこと報告しておしまーい!




そのあと私は息子たんの歯医者に行きました音譜






今日も二時半に待ち合わせ。
土砂降りの雨やった。

おばちゃんが、
「あんたが時間通りきたから大雨や!」って。
言いがかりもええとこやで

おばちゃんは、毎日の見舞いで
体がしんどいって言ってた



ICUでお父ちゃん、と左側から
声をかけると、寝てたパパが起きた。

今日は、私の手をしばらく握ってた。
昨日までよりも暖かかった。

外、大雨やねん。って言ったら
ふーん、って。


昨日祖父とあった話をした。
「みんな寿司屋で死んだような顔してたわ!」
って言うたら、パパが笑った。

その後もパパはよく笑ってた。

昨日までは顔をしかめるだけで
笑うことがなかったから、私まで嬉しい。
今日は表情が豊かやった。

話の内容も昨日よりも
理解できてたんちゃうかな?


会社の人がよくしてくれてること、
パパの馴染みの居酒屋の前を通った事、
明日は弟の仕事が休みやから一緒に来る事。
そんな事を伝えると、うんうんと頷いていた。

酸素マスクが嫌いらしく、今日も外してた。

入院して始めてパパが何か話そうとした。
明日から、と言っているように聞こえた。
明日から?と聞いたら、うんうん。って。

そのあとは分からんかった。
本人も途中で疲れたみたいやし、
無理に聞くのはやめた。


血圧が高かったみたいやけど、
看護師さん曰く200以下くらいまで
血圧を上げてるらしい。

この病院は、どんな処置を
何のために行っているかの説明が一切ない。
今使用している点滴が
何の点滴なのかも聞いたことない。


看護師さんに呼ばれて
一般病棟の部屋の話をした。

希望して居た四人部屋のあるフロアには
詰所がないため、患者に目が届きにくく
オススメしないということだった。

なんじゃそれ。

二人部屋であれば、詰所があるので
目が届くらしくて、オムツ交換やら
体位を変えるのに、その方が
いいだろうとのことだった。


差額が倍ほど違うため、
うちに帰って検討しますと答えた。

お金を出すのは私ではなく祖父やから、
なんとも答えられへんかった。
個人的には、目の届く二人部屋にしてほしい。


あと、看護師さんにオムツと
ティッシュペーパーを五箱買い足すように
メモを渡された。

パパは、そのやりとりをじーっと見てた。


そのついでにソーシャルワーカーは
この病院にはおらんのか聞いたら、
いないんですよーって言われた。
大きな病院ならいるんですけどねー、って。


ここの病院には
言語のリハビリをする機能がないから、
落ち着いたらリハビリ施設のある病院に
転院することになる。

ソーシャルワーカーさんがいれば、
その辺の調節をしてくれるねんけど、
おらんらしいし、自分で
探さなあかんみたいやわ(´._.`)


最悪、見つからなければ病院でも
探してもらえるらしいけど、
できるだけ目星をつけとこうと思う。


ICUに戻って、祖父が心配していたこと、
また旅行に行こうって言うてたいうことを
話していると、看護師さんに
退室を促されたので帰宅。



そこから大学に電話した。
父が脳梗塞のためしばらく
学校には通えません~って。

公欠にはならへんから、
各教科の先生の判断になるって言われた。
殺生な


そのあとパパの会社の人に電話。
保険の事務手続きのことを教えてもらい、
父の今日の様子を報告した。



院長が今度造影剤で検査をするって。
その副作用が心配~。
伯母は脳の腫れと出血を心配してた。








二時半に日本橋で待ち合わせ

今日も遅刻したら、伯母が怒ってた。
そういえばパパもいつも怒ってた。


面会に行くと、看護師さんが
「昨日より言葉は理解されてるようです」
と教えてくれる。


ここには失語のリハビリができる人が
いないから、ほかの病院を自分で
探す必要があるらしい。

ソーシャルワーカーもおらんねんて

今日もパパは話しかけたら
うなづいたり、首を横に振ったりしてた。

私の腕をポンポンとした。
これは元気だったとき、
いつも別れ際に父がする行動だった。

ほな、またくるわなーと父と別れた。


今日は老人ホームの祖父が
週に一度外食をする日やったから、
それに付き添った。

祖父に「これがお前の運命なんやからな」とか
「親の因果が子に報いって言うやろ」とか、
私の神経を逆撫でしてきたばーかばーか。


親としての責任で、
祖父が父と住むと言い出した。
私と伯母はあきれて物が言えんかった。

下半身不随の祖父と
右片麻痺の父が二人で住めるはずない
考えただけでもぞっとする


息子への気持ちはわかる。
けど、あきらめてもらうしかない。
頭が痛くなるような一日やった。




大学休んでるし
そろそろ単位の事が心配になってきた。

もし単位取れてもこの先
卒業できるのか分からんし

もしパパがヤマを越えて麻痺が残ったら
私が車の免許も取らなあかん。

でも、それはまた
落ち着いてから考えることにした。


よかったなーと思うのは
父と離婚してから父の文句ばっかり
言ってたママが、直接ではないにしろ
父の事に協力的な事。

制度の情報を教えてくれたり、
息子の面倒見たり、
私のケアをしてくれてる。

母方の祖父母も私に協力的で、
それだけでもめっちゃ助かる






今日も二時半に日本橋で待ち合わせ

お互い、気が重いなあ~って
ため息しかでえへん

生きるか死ぬか分からんもん。
そら、誰かて気が重い


面会に行ったら、昨日とあんまり
変わらん様子でぼーっとしてた。

何か話さなあかんなーとは思う。
でも、何も出てけーへん。
動揺してるし、病院と家の往復で
日常に何も話すことがないし。

相変わらず動かん右手を左手でかばってた。

酸素マスクが嫌らしくて、すぐにはずす。
点滴の線が絡まるのが気になるみたいで
ずーーっと解こうとして触ってた。


そういえば昨日、父のメガネを
看護師さんに渡しといたけど
使えるんは当分先やろうな~

本が好きやったから、読めればええんやけど。

視野欠損もある可能性があるって
聞いてたけど、父の視点はちゃーんと
私や伯母の顔をとらえているように見えた。




昨日の朝、保険会社から
保険の特約が使えるか分かりませんって
恐ろしい連絡をうけたので、病院を出た後に
伯母と一緒に父の家に行って保険のハガキを探す。


几帳面なパパらしく、片付いてたから
はがきはすぐに見つかった。

探している途中、私と弟の子供の時の写真やら
私が小学校の修学旅行であげたお土産やら
なんか色々出てきて、複雑やった


何か食べて帰る?って伯母に誘われた。
でも、とてもそんな気分やないし断った。

おかんは息子と近所の居酒屋で友達と
外食してるらしく、そこに行った。

皆何も言わんかったから
パパの事知らんのかと思ってたら
帰り際に、大丈夫か?って聞かれた。

知ってても、あえて話題に
出さんでくれて助かった。

伯母と祖父と話すんは
その話ばっかりで参ってたから
お酒を飲んで笑って、少しの気分転換になった。















二時半に伯母と日本橋で待ち合わせ。

面会に行くと、今から頭の検査を
するので待ってほしいと言われ一階で待機。


待機している間に、母の友人の
看護師に電話をして状況を説明した。

そのあと、外来の患者に理不尽に
院長が怒鳴り散らしているのを見た。
この先が不安になった。


一時間程待って面会に行くと、
父は今日もぼーっとしていた。

昨日にはなかった経鼻菅があった。
鼻からチューブで食事しているらしい。

昨日より右半身の動きが悪いらしい。
伯母が右手を触ると、
嫌そうに右手を動く左手でかばっていた。

何度か腕時計を見る仕草をした。
でも、腕時計はしてない。
パパの腕時計は私が預かってるで~と伝え、
今の時間を教えた。

看護師さんに私らが何か質問しても、
「看護師はお答えできません」って。

「主治医に聞きたければ家族説明の
場を設けます。それ以外に検査などで何か
異常があればこちらからお話しします。」
やて


しばらくICUにいると、父が伯母に手で
「もうええから、はよ帰れ」とやった。

また来るわ~と言って病院を出た。




伯母と別れてから、父の行きつけの
居酒屋のマスターの姪御さんに電話

この姪御さん(Mさん)と私は、地域の祭に
一緒に出ている仲であり、
私はこお姉さんをかなり慕っている

Mさんも父の心配をしてくれた

マスターも父の事を
心配しているらしいので、
私が知っている限りの病状を伝えた

どうも父はこの居酒屋で今日
待ち合わせをしていたらしい。

マスターに、
その待ち合わせしている人に
謝っておいてほしいとお願いした。

Mさんに、
「お父さんとあんたはほんまに
お互い大好きやし、しんどいやろうけど
あんたが倒れたらあかんで!」って言われた

誰もが認める立派な
親バカとファザコンな私たち。(笑)



そういえば伯母はしきりに
「あいつは20年も糖尿と高血圧やってて
何の検査もしてないとか、ただのアホや」
と言っていた。間違いない


伯母は祖父の介護も抱えていて、
自分の治療もあるので大変やろうな

私も育児と通学、就活と抱えてる
でも私が頑張らなあかんし、
できるだけ中心になって頑張ろうと思う



父は二度の結婚と再婚をして
今は一人暮らしなので、身内と言えば
私と祖父と伯母だけ(._.)

祖父は高齢で下半身が動かへんから、
現在老人ホームのみたいなとこに入ってる。

祖父も心配して毎日電話してくる。

正直、そっちの電話で神経が
イカれそうやし、伯母にやんわり
言っといてもらう事にする


食欲なくてなーーんにも
食べられへんかった。

彼氏が大好物のプリンくれた。
しかも、いつものプリンじゃなくて
プレミアムプリンやった

けど食べられへんかったわ、流石に


朝、父の会社の携帯から
会社の総務に連絡をした。

昨日一緒に途中まで帰ったらしく、
ものすごく驚いておられた。

病院を伝えると一時半前に
向かいますと言われたので私も出発。


昨日説明された入院に必要な
おむつを買い、ほかの荷物を取りに
父の家に向かった。
さすが几帳面な父、分かりやすい。

そこから伯母と待ち合わせをして、
病院に行くと入り口の前に総務がいた。

会えなくてもいいのでと
しばらく待ってくださったが、
家族以外は説明してもらわれへんし、
ICUにも入れないので…とお帰り頂いた。

しかし、何でもできることはするので
言ってください!と言ってくださったので
高額医療の手続きをお願いした。
その日のうちに書類を送ってくださった。


院長説明は二時からの予定やったけど、
院長の都合で時間が遅れるのが常らしく、
二時間ほど待ってようやく開始。

二、三週間が山だと言われた。

右片麻痺、失語(両方)、嚥下障害。
こちらの言うことも、あまり
理解できていないだろうとのこと。
脳出血と合併症が心配らしい。


合併症が心配って言うても、
感染症には気を付けているのかと思たら
父のいるICUは手の消毒さえすれば
入れる状態だったことに驚き

大丈夫かいな



今日は昨日より父の様子は悪そうに見えた。
ぼーっとしていたので、
看護師さんに尋ねると寝ていたとのこと。

手が拘束されていたのは、
ベッドから降りようとしたかららしい。


こちらの話に「ああ」とうなずいたりする。
私の顔ばかりじーーっとみていた。
何か話すと右上を見て、何か考えたり
思い出そうとするようなそぶりを見せる。


ゼリーを食べてみたら噎せたらしい。


病院の後、伯母と別れて父の家に行き、
家電のコンセントを抜いて貴重品を持ち帰った。

この先どうなるかまだわからんから、
しばらく家賃もいるなーと思った。

この日私は彼氏に就職の相談をしに
近所の焼き鳥屋に行ってた。

夜の十二時丁度くらいに帰ってくると、
珍しく弟が誰かと電話をしてた。

「おねえ、おとんが倒れたらしい」
って言われて、えー!って半笑い。


父は母と離婚しているので、
病院には弟と二人で向かう。
タクシーの中で、お互い不安。

「どうせ酔っ払って頭ぶつけたんやで」
「その辺のおっさんと喧嘩したんかな?」
不安やからこそ、アホな話をするしかない。
気を紛らわせるしかない。

病院に到着したら、パパの友人という
女の人方がおりはった。
すぐに帰らはったけど、私らも
慌ててて、お礼も満足に言えずじまい。
名前もわからんしパパにも聞けん。


非常勤の女医さんから説明を受けた。
左の内頚動脈が詰まった大きな脳梗塞。

持病を聞かれ、糖尿と高血圧やと答えると
「あー、やっぱり」って言われた。


23時過ぎに駅のトイレで倒れたところを
一緒にいた友人が119番してくれたおかげで
発見が早くて、t-PAという新しい効果の高い
薬が使えたらしい。

どこにでもある薬ではないみたい。

ただこの薬は100%効く訳ではない。
正直、効くかどうかわからん。
効いたとしても脳出血を起こして余計に
悪化する可能性があるらしい。

で、使うかどうかは家族が決めてくれて。


その説明の間に検査を終えたパパの
「あー、あー、」という壊れたような声が
聞こえて頭が真っ白に(���������ぢ女医さんは
「まだ二人とも若いし、悩むやろうけど
はよ決めなあかんからな。
わたしなら、この状況なら
薬を使うと思います」と言わはった。

それを聞いた弟が
「じゃあ、その薬をお願いします」
って書類にサイン。

しっかりしとるなーって
この時、冷静に思った。

本人曰く、横でお姉が泣いてるから
俺がしっかりせなあかんと思ったらしい。
ほんまは自分も怖かったらしい。

私は伯母である父の姉に連絡。

すぐに来るとのことなので、
父と面会しに二階のICUへ。


内心またあの叫び声が聞こえたら
どうしよて不安で仕方がなかった。
でも、声も聞こえず気持ちが落ち着いた。


父の元へ行くと、意識はしっかりとある。
首を起こしてこっちをきょろきょろ見てた。

何度か私の名前を呼んでいた。
父を目の前にして泣くのが怖かった。

何か言いたそうにするけど
出てくる言葉は意味を持たん単語の羅列で
だれも内容が理解できんかった。

「おばちゃん、くるって」と伝えたら、
露骨に顔をしかめて「えー!」って言うた。

お医者さんが
「○○さん、ごめんやけど注射、
もっかい頑張ってや~」と言うと
「えー、またかいなー…」と、
いつもの調子で言ってた。

表情はいつものおどけた表情やった。


「まあ、」や、「わかった!」、「えー」
は繰り返し、適切に使っていた。


伯母が到着し、面会して家族説明を受けた。

右片麻痺、失語、嚥下障害の可能性。
t-PAの副作用である脳出血のヤマは
おおよそ四日程度だという話を聞いた。

父の所へ行き、
「ほな帰るわな。また明日くるわ」と言うと
「いっせい、仕事がんばりや」と
呂律のまわらない口調で弟の名を呼んだ。

明日主治医である院長から
話があると言われ、それぞれ帰宅した。