晴天のゆり園でのお気に入りの一枚です。
純粋な白百合をシンプルに写した様子です。
こちらは白百合メインでありながら、他の色味も入れる事が出来た貴重なアングル。
どちらも甲乙つけ難い良さがあります。
このゆり園の入園料について、2年前までは受付で現金を受け渡す形式だったのですが、先日はお賽銭箱に現金を投入する形式に変更されていました。
多くの寺院に於いて、以前は頑なに現金のみの取り扱いと規定していた施設が、paypayや交通系ICカードでの支払いを受け付けるようになったと感じます。
支払い方法の柔軟な対応への変化と共に、現金の手渡しはウイルス付着を危惧しているという意図が感じられます。
初穂料は現金以外考えられなかった平成時代ですが、現在は御朱印帳ですらpaypayでの支払いを受け付けている寺院を多く見かけます。
スーパーでもセルフレジが普及し、人と人との対面接触や口頭でのやり取りが激減したと感じます。
人が手作業で対応を行う事が稀少となった今、ゆり園のお手入れが定期的に人によってなされていると思うと感慨深いです。
【本日のピアノの練習について】
・ハノン 1~20番の中から5曲
・ハノン 21~30番の中から3曲
・バッハ インベンション第7番
・バッハ インベンション第4番 (暗譜済)
・バッハ インベンション第8番 (暗譜済)
・ショパン ノクターン第20番(遺作)
・ショパン ワルツOp.64-2(嬰ハ短調)
・ショパン ワルツOp.34-2(イ短調)
・ショパン エチュードOp.10-12(革命) (暗譜済)
・その他(スケール、アルペジオ、その他)
バッハのインベンションを5曲に絞って今月末までに暗譜する事にしていたのですが、インベンション第8番の両手16分音符部分が揃っていない実感が強いので、本日は再びメトロノームを使ってハノン 21~30番の中から3曲選び、徹底的にテンポを一定に保つよう10分間ほど練習しました。
この練習をした直後は第8番が暴走せず比較的綺麗に弾けるのですが、少し気を抜くとテンポが乱れやすいので、練習の質を考えていこうと思います。
暗譜に躍起になると、細かな箇所が雑になりがちなので、この点に気を配るべきだと痛感しました。
インベンション第7番は曲調から冒頭に添付した白い百合の花のような純粋さと崇高さを併せ持つように感じられるので、トリル部分にも気を抜かずに取り組んでいきたいと思います。
ピアノを再開して、バッハの楽譜を全く開いていなかった為、当初はトリルやモルデントの独特な読譜に戸惑いを隠せませんでした。
バッハの楽譜を目にするのは中学時代以来なのではないかとも思います。
ショパンの楽譜については20代前半の頃まで目にしていたので少々馴染みが有るように思えるのですが、バロック音楽の楽譜は全くの別物のように感じられてなりません。
インベンションやシンフォニアなどを昔習った記憶が有るのですが、正式にピアノを習う事を辞めてから自主的に取り組んでいない分野の曲については、ほぼ小学校4~5年生の頃の知識に落ちている気がします。
「使わない知識や経験は大人になって忘れている事が多い」、ピアノを再開してこの事を痛感した訳ですが、高校を卒業した後、全く理数系の分野に触れていない人が「原子番号26の化学元素」や「三角関数の基本的な公式」を大学卒業時点で既に忘れているのと同様の事が言えるのではないかと思います。
私自身、ピアノを再開した当初、ピアノを弾く時に如何に頭を使っていたか実感する事になりました。
動作自体は指筋さえ付けば中学1~2年生頃の水準まで戻った気がします。
その指筋を付けるのに4ヶ月間~半年間ほど要したと思いますが、指の動き自体は中学1年生頃の水準まで戻っているのを確信しています。
反面、読譜については、ベートーヴェンの前期ソナタやショパンのワルツなどは比較的読みやすいのですが、バッハの楽譜はインベンションですら読みにくいのです。
もはや外国語の世界です。
漢文の白文を渡されたような感覚です。
手作業が激減した今だからこそ、手先を使いながら演奏するピアノの価値が見直されてくる気がしてなりません。