ノートPCのタッチパッドが反応しなくなる程に指先が冷たくなっておりましたが、ショパンのEtude Op.10-1の最初の10小節を数回ゆっくり弾いてみてからハノンに入り、ピアノの練習に取り組みました。
ここで気付いた事ですが、今年8月から手を広げる事を目的としてOp.10-1の最初の部分を様々な速度で練習してみたところ、当時の記憶よりOp.10-1そのものが飛躍的に上達していました。考えてみたら当然の事なのですが、実質ほぼ毎日Op.10-1の練習をしているのと変わらないので、毎日の練習の成果が形になって表れているのです。
手が小さい人には不利だと世間で言われているらしいOp.10-1ですが、左手はともかく、右手は単音進行なので手が小さい事によりハンデについてはかなりカバー出来る要素が強いのではないかと云うのが私の見解です。
確かに、部分的に弾きにくい箇所は有りますが、その点はほぼ皆同じように感じるのではないかと思います。
今の最大の問題点は暗譜についてです。
ピアノを再開して痛感しておりますが、中学生の頃までは難なくこなしていた暗譜が全く出来なくなっており、年齢的な要因によるものなのか、曲の難易度が要因なのか、ブランクが要因となっているのか、検証すべく、過去に習った曲と過去に習っていないけれど比較的平易な曲とを暗譜の過程・出来具合について調べてみました。
過去に習っていない曲として、ダカンの「かっこう」を選曲し、この曲を毎日15分間練習する事により、何日目で確実に暗譜が完了するか実践してみたところ…2日目で暗譜完了。
ただし、3日目に全く手を付けずに4日目弾こうとしても漠然としている部分が有った事から、暗譜の出来不出来については、
・曲の難易度に左右されやすい
・一度暗譜が完了した場合であっても、一定期間曲に触れる事が無いとすぐに忘れてしまう
・暗譜を見据えた練習をすると暗譜しやすい
上記の「当然の事」が判明しました。
一般論として当然ですが、この「当然」が私にも該当するのだと実証されたところで、譜読みの段階で暗譜を見据えて練習していく事を意識するようになりました。
Op.10-4は暗譜どころかインテンポで音を出す事すら無理だと思い込んで譜読みに着手したので、先月まで楽譜の一部分を凝視しながら通し練習していた事も有りましたが、暗譜を意識すると予想外の結果として1週間以内に出来たので、ブランクが有る事や年齢的な問題はさておき、暗譜への意識を持つ事が大切だと実感しました。
フレーズ毎に区切って暗譜していく方法、楽譜のページ数で区切る方法(最終的に音楽的な観点から表現のやり直しが発生する為避けた方が無難)、右手のみ、左手のみ、様々な方法が有りますが、一度楽譜を見ながら通して弾けるようになった場合、5~6パートに分類して徹底練習し直して確実に暗譜していく方法が良いと思います。
毎回感じている事なのですが、テンポが速い曲に関しては、暗譜が不完全な場合、暗譜に自信の無い箇所を確認しながら練習する事になり、手元よりも楽譜を凝視せざるを得ないので、ミスが発生し易くなります。
ミスタッチを減らす事を目的とした最良の練習法はまず暗譜する事なのかもしれません。
ただ、暗譜し易い曲とし難い曲が有ると思い、Op.10-4は後者なのでは…と思い始めています。
本件、結論としてまとめるには早計ですが、視線に余裕を持つためにも暗譜は必須なのでは無いか…と云うのが現時点での考えです。
楽譜、右手、左手、この三要素のうち、一番自信の無い箇所に視線が奪われがちで、視線から外れた要素は間違いを引き起こす元となりかねません。
極端な例を挙げると、木枯らし(Op.25-11)のような左右が離れがちな曲に於いては手や腕の感覚だけでは無く、熟練した方々でも無意識のうちに左右を確認している筈(※様々な方々の動画内の視線を拝見して実感しました)ですので、この「無意識のうちに確認」を行えるようにする為にも暗譜は必須だと思います。
実際問題として、木枯らしは最初の方のフレーズに着手しただけなのですが、この件及びOp.10-1で暗譜の重要性を再認識しました。