人の気持ちを慮るということを是とする環境に生まれ、育ってきたので
それができない人のことが理解できない。
ただし彼らも彼らで、こちらのそうした考えを理解できない。
既に削られた神経を更に削るようなことを言う意図は全く分からないけれど、
彼らはこちらがそれに傷つくことや、そもそもがどういった心情であるかが分からないし、分かる必要性を感じないのだ。

それはもう仕方のないことだと思う。
同じことをすれば良いと言われても、
こちらが彼らにそれをする場合、そこには否応なしに傷つけようという気持ちが添加されてしまうことで、悪意になり
後々悔いることになるのもまたこちらなのだ。

だけどね。
生まれ育った環境を(本人がそう考えない場合)、否定することはいけないことだと思う。
どうにもならないことを否定されては、なす術がない。
その人自身を否定するのと同意だ。

海外の人たちは、彼らに近いように見えて決してそうではない。
意見はしても、悪意なく否定はしない。
ように、私には見える。
悪意なく、というところは強調するけれど。

だから、彼等のやっていることは彼等が海外で生まれ育ったこととは関係ない。

私は彼らを否定しない。

そして同時に、彼らの言うことを肯定しない。

わざわざ自分で自分を否定する必要はない。

でないとすり減る一方だ。



人それぞれ、大切にしていることは微妙に違う。
家族、恋人、プライド、自分自身、赤の他人。
同じ言葉で表していても、少しずつずれている。
同じ言葉を使う人が、全て自分と等しく同じと思ってはいけない。
「終わったなぁ」という気持ち。早く完結してほしいと言いながら、どこかでまだ終わらないでいてほしいと思っていたんだなぁということを改めて思い知る。考え得る限り、最高のラストでした。異論はない。いつだって。



2度観終わって、直後はハッピーな気分だったんだけれど、今急に襲いくる寂しさ。待っていることが当たり前になってしまっていたな。当たり前が変わるのは割ときついものだな。
その前は「終わっている」ことが当たり前だったはずなのにな。

くだらないことと言われても、糧のようなものだった。

多分これからも、ずっと一番好きなアニメです。



ありがとうございました。

まだ何度か観るつもりでいるけど、
とりあえず、
ひとまず。

・ここのところ、すこぶる健康である。
先日久しぶりに寝違えた左肩が痛すぎるけれど、根本的に心が元気である。
それはあの馬鹿馬鹿しさしか感じない通勤時間が激減したからであり、大事な人とものが殆ど全て詰まったところで生活をしているからであるのは明白で、皮肉なものだなと思いながら眉毛だけを描いてパソコンを開く。

・歳を取ることに恐怖を感じながら、歳を取ったことで怖いものが減っていくことに安堵している。

・奥田民生とthe pillowsは大人になってから聴くものだったのだと知る。

・否定から入る人間は嫌いだと、否定から口にしたことには気がついているけれど、まだ若い君たちには気づかれないよう祈っている。

・初めて、少しだけドキドキしながら健康診断結果を開く。

やはり、健康である。






・あぁ。そうだ。おめでとう。