出会いはごく普通だった。

彼女の所属する部署に僕が異動になった、そんなありきたりなことだ。



彼女は結構長く勤めているらしかったが

僕は異動になって初めて彼女を知った。



第一印象は「話しやすそうな飾りっけのない子」だった。




僕は、いつの間にか
飾りっけのないいつも優しく笑っている彼女が
気になり始めていた。


彼女の笑顔は僕の心に自然に入り込んできて
交わす言葉の一つ一つに
何か温かいものを感じた。

きっとこのとき
既に僕は
彼女を好きになっていたのだと思う。



彼女が結婚しているって
しばらくしてから知った。


それを知ったときの僕はひどくショックで
思い出せば笑えるほど落ち込んでいた。





だけどもう
気持ちに歯止めはかけられなかった。












時には奪いたいような気持ちで

時に運命を恨みながら

時には何もかもを忘れて

彼女のことえお見ていた。


僕は彼女のことが好きだった。





いつだったか

飲み会の帰り道だったと思う。

彼女が僕に言った。


「私、結婚するのちょっと早かったかな」



そしていたずらっぽい瞳で笑って
僕を見たあと
くるりと背中を向ける。


そして聞き取れるか聞き取れないかくらいの小さな声で
背中を向けたまま言った。


「ダンナが暴力ふるうの・・・」


僕は酔っていたせいもあって
彼女を抱きしめたくて
たまらなくなった。



彼女の肩に手を触れた時
彼女はするりとかわして
僕を見て言った。


「子供が待ってるから、早く帰らなくちゃ」


僕は
抱きしめたい気持ちを抑えるしかなかった。



それから後も
彼女は時々
僕にすがりつくような目を向けていた。

僕はそれに応えたかった。

むしろ奪いたかった。

だけどできなかった。




どうして
あの時
奪わなかったんだろう。








彼女は今
子供と一緒に
遠い街で暮らしているらしい。