「何食べに行こうか」
デートの途中で彼はいつも私に意見を聞いた。

「そうだな・・・お寿司食べたいな」
本当はなんだっていい。
でも、答えた方がきっと彼も楽だと思う。だからなるべく自分の意見はもつように心がけていた。

「お寿司ね・・・。ごめん。今日はそんな気分じゃないな」

え?
まあいいか・・・。


「今度のデートはどこへ行こうか」

「映画観たいな」

「映画か・・・。それより遊園地はどう?」

行きたいとこあるならどうして私に聞くの?

私はちょっと困ったように笑った。

「どうしても映画がいい?」

「そういうわけじゃ・・・」

「じゃ、遊園地にしよう」


いつの間にか彼は私に聞いても自分の意見を通すようになった。

そんなことが度重なっていくうちに
私は自分の意見を用意するのが辛くなった。

「何食べたい?」

「・・・・」

「何か言ってよ」

「・・・」

だんだん私は彼と話せなくなった。
日ごろの何気ない会話はできる。
だけど自分の意見は言えない。

肝心なところで自分の気持ちを言えなくなってしまった。


「ねえ、君ってそんなに意思のない人だったっけ?」

違う。
あなたを失望させたくなくて頑張ってるのに
あなたは私を黙らせてしまう。

「僕は君のこと好きだけど・・・
君は僕と一緒にいても全然楽しくなさそうに見えるんだよね。
だけど君が何を考えているのか最近はわかんなくなってきたし・・・
実際のとこどうなの?」

「・・・・」

「・・・別れようか」

「・・・・」

最後まで何も言えなかった。

好きだった。
あなたの声も笑った顔も
何気ない仕草も
いたずらっぽく笑う目も
優しく引っ張ってくれる手も・・・

大好きだった。






彼と別れてどのくらいの月日が流れただろう。


私は職場で知り合った人と恋に落ち、そして結婚した。

激しい恋愛の末の結婚ではなかったけど
それなりに幸せだと思っていた。


「Tちゃんじゃない?」

Tちゃん。
それは彼が私を呼ぶときの呼び名だった。

彼以外に私をTちゃんと呼ぶ人はいない。

振り向くと彼が立っていた。

「やっぱり。久しぶり」

懐かしいあの笑顔だ。

「ホントに久しぶりだね」

こんな街の喧騒の中で出会うなんて。

何年も会っていなくて
服装の趣味も変わって
髪型も変わっているのに
よく私だと気づいたものだ。


彼と私はしばらく昔話なんかをしながら
並んで歩いた。

彼は、今は結婚して子供もいるといった。
私も結婚したことを伝えた。

「昔より今の方がなんか素直な感じだね」

彼が言った。

胸に何かが刺さった。

私は彼といるときに素直になれなかったんだよね。
自分の気持ちを言えなかったんだよね・・・



交差点の信号待ちで並んで立っていたときに
彼が遠くを見ながら聞いた。

「今、幸せなの?」

私は一瞬言葉に詰まったけど答えた。

「うん。幸せだよ」

そして彼の顔を見て微笑んだ。
彼も私を見て微笑んだ。


交差点の角に待ち合わせをしていた彼の家族がいた。
綺麗な奥様と可愛い子供たち。

彼と家族の仲睦まじい姿は雑踏の中に消えていった。

私は宙に浮いたままだったひとつの恋が
ようやく完結するのを感じた。

さあ、晩ご飯の買い物して帰らなくちゃ。

私は自分の帰る家へ向かった。