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my will

FacebookやTwitterでは書けない日々感じたことを前向きな意味で「書き遺す」ためのブログ

今日、このブログを書くきっかけになった人の三度目のお墓参りに行ってきた。


本当は10年の節目を迎える来年行こうかとおぼろ気に考えていたけど、節目っていうのはこっちがただ勝手に思ってることであってそこに明確な何かがある訳じゃないから、やっぱり行きたくなった時に行かなきゃと思い行ってきた。


ブログには書いてないけど2回目のお墓参りは2016年に行っており、それからもう7年も経った。


記憶だけを頼りにお墓を目指したけど、今回は迷って同じ辺りをグルグルしてしまった。会いに来たのに本当に申し訳ない。


今回も色々話が出来た気がする。



「ごめん、久し振りに来たら迷いまくってしまった」


「そっちの暮らしにはもう慣れたかい?楽しくやってるかい?」


「今日は色々謝りに来たよ」


「自分はあれからもあなたのことを時折思い出し、会える人には会わなきゃ、伝えなきゃいけないことは伝えなきゃと思いやってきてるよ。自分を変えさせてくれてありがとう」


「でも時々伝えなくていいことまで伝えてるような気もして正直分からなくなる時があるよ」


「浮き沈みの激しい自分が色々な人に迷惑をかけてしまってる気がする。自分のやり方はこれでいいんだろうか?」


「あなたの親友に対して自分がこれまでしてきたこと、決めたこと、思っていることが正しかったのかどうか、いつか自分がそっちに行ったら親友のあなたの率直な意見を聞かせて欲しい。(あなたはそんなの知らんと会ってくれないかもね)」


「全然関係ない話で申し訳ないけど、去年のチャレンジ富士五湖118kmのレース、その日はあなたの命日だったから勝手にあなたのことを思ってあなたのためにも頑張るって心の中で誓っていたのに結局リタイアしてしまって本当に申し訳ない。有言実行できない弱い自分で申し訳ない。あなたはそんなの知らんがなって言うだろうけど謝らせて欲しい。そして来年は本当の本当に完走してみせるので気が向いたら見てて欲しい」


「もうあなたには会いに来ないと思う。だけどもしかしたらやっぱり会いたくなってしまう自分もいるかもしれず、そんな自分で本当に申し訳ない」


「色々話を聞いてくれてありがとう。あなたは嫌かも知れないけどいつかそっちに行ったら会える日を楽しみにしてる」



2回目のお墓参りの時もそうだったけど、自分の心に色々変化があった時に話を聞いてもらいたくて、自分の気持ちをその人に宣言することで、これからもちゃんと生きていかなきゃと思える。


恐らくもう行くことはないと思うけど、こんな自分に本当に本当にありがとう。


もうこのブログに書くこともなくなると思う。