とてつもなく発話めんどくさい週間。メール送るのが辛い、とかね。
まじもんで、もう。なんだかな。

目の前の座席の一番右に座る人は新聞を読みながら指を齧っている。
その隣の女性は携帯電話をいじっている。
その隣、私の目の前の女性は行儀よくちょこんと座っている。
私の右隣の2人はカップル、雑誌を見ながら何かをしているけど、じっと見る気にはならない。

ぼくの左側の座席は綺麗にあいている。

天神のデパートは、大体初売りが1/2からのようで、地下鉄に乗るために天神を突っ切ってきたけれどひっそりとしていた。

今母方の祖父母の家へ向かっている。
天神から市営地下鉄に乗って、姪浜から筑前前原駅行きに乗り換え(今の時点はここね)。更にそこから筑前深江まで何とかして行くんだけどね。

姪浜は津軽芸能の中野先生が去年の3月まで住んでいらした場所。
先生は、確かまだ30代だったかな。津軽の民謡、三味線、手踊りなどオールラウンダーでありながら、幼い頃から芸を積み重ねてきたために、どんな切り口から見ても美しい芸をされる。

そういう方を先生として側に居られたのはとても重要なことだと思うんだけど、ぼくのやりたいジャンルが変わってきたから、もう一度共に濃い時間を過ごせるのは大分先の話になるだろう。

それがいい。今のぼくには売れるものがないし。


そういえば今日は元日。

福岡の天気予報は暴風雪だったにもかかわらず、
地下鉄を明けると、そこは雪国でした。
なんてことのない、曇りの日。
けだし他の地域は雪国と化しているらしい。
雪は好きなのだけれど、事故も多発しているから羨むに羨まれない。

一週間ほど前だったか。
雪が降った。
10年前だったら浴びに出たけどそんなモチベーションが無くて(寒くて)。

次の日、晴れだった。
ぼくの生活はねむる時間が殆どを占めているから、雪が降った事実も寝ている時の夢と混同してしまっていた。
珍しく外に出る機会があった。駐車場に凍りついていた雪だるまが、前日の事実を告げていた。
大阪へ出たい。
橋本知事がテレビで「猥雑なものはずべて引き受けます」といっていた。

ぼくはきっとそういう場所でしか生きていけないから。という決めつけ。
(12月は入院したつもりで休んでいた。)

只今年越し太鼓を叩き終わって、年越した蕎麦を食べて寝るところ。

明けましたね。

でもぼくは異常に冷めている。
他の人はもっと前からそうだったかもしれないんだけど。

そんな自分を受け止めるしかないんだと思うけど、受け止めきることができなくて、ぼくは鬱病なんだろうな、なんて自己判断を下した。

これから一年めざすところがないわけではないし、それは幸いだったのかな。

枝雀さんみたいになりたい。
芸を極めて死ねたら最高だけれど、
そう思っていれば、きっと天邪鬼な自分のことだから、願望に逆らいながらどうしようも無く老いていくんだろう。

どう転んでもいい。
ただできるだけ、迷惑をかけなければいいな。ひどく難しいね。
2010年が終わる。
また私は生き延びてしまった。

ひたすらに今年は出会いが多くて、それだけ傷ついたし、傷つけたんだろう。

来年はもっといいひとになれたら嬉しいと思う。

呼吸、呼吸
いつからだったか。

たしかその方が先生がよく説明してくれるから
だったと思う。

丸型フラスコと三角フラスコ、下からアルコールランプで加熱した場合・
どちらが効率よく温まるか?

正しいと思うほうに手を上げて、
といわれて、
皆と逆の方に手を上げる。

そんな天邪鬼を繰り返していたら。こうなりました。

“過去を忘れ去ってしまえば、今と違っていいひとになれる”
そんなことを思っていた気がする。

脳って蛋白質の塊を、熱く熱くするほどに悩んで、
出来上がった今はもっと、ぎこちなくなってしまった。

なので再び始めようと思う。

石英質の回廊。

ドピンク色の空が透けて見える、

春と、

修羅。