自分の葬式には何人の人が参列するだろうか
今回はちょっと極端な話をします。今日のタイトルは「自分の葬式には何人の人が参列するだろうか」とした。「死にたい」とか考えているわけでは全くない。それでも恥ずかしながら、僕はそんなことを考えてしまうことがある。人によっては、家族葬にしてほしい。などという意見もあるだろうけど、僕はそのような考えを今は持っていない。むしろ逆で、僕の目標は、できるだけたくさんの人に参列してもらうこと。であるお葬式のときは既に死んでいるから、何人参列して、誰が来たのかをチェックすることができないことなんかは分かっている。観点はそこではなく、自分の葬式に多くの人が参列してくれるということは、自分と何か縁があり、わざわざ足を運んでくれるほどの縁を感じてくれた人が多いということである。つまり僕は、そのような人になりたい。と思っている。SNSの「いいね!」の多さとか、LINEの友達の多さとは、まったく次元の違う話であると思う。果たして「いいね!」をしてくれた人、一度もLINEでトークをしたことがないLINE上の友達は、自分が死んだとき何か反応をするだろうか。しないだろう。今の僕たちの欲求を満たしてくれる「いいね!」をしてくれたその人は、自分が病気になったとき、困ったとき、何かしてくれるだろうか。自分でも極端な考えだとは思うが、お葬式に並んだ人の多さがその人の価値を表すのではないか。と思っている。正直、今死んだところで参列する人数なんて知れている。僕としては、これからもっと多くの人と縁を感じ、良い影響を及ぼしあって、自分のお葬式に参列してもらえるような関係、逆にその人のお葬式に参列したくなるような人をたくさんつくっていきたい。