桜梅桃李のブログ

桜梅桃李のブログ

難しいことはわかりませんが、私自身の哲学で日頃感じたことを綴って行きます。
私たちの日常生活に密接に関係して、未来を左右する政治に対して、もっと関心を持ちましょう。
あきらめたら、私たちの、子孫の将来はなくなるのですから…。

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消費税率を上げて法人税率を下げるとは何事か?。
国民は、国や地方の財政状況が厳しいというので、半数弱の国民が我慢をこらえて賛成しているのがわからないか。
国民に厳しく、経営者には甘いという他にない。

そもそも法人や経営者は、様々な手段を使って経費を水増しして青色申告しているが、私たち一般サラリーマンなどは一円たりともごまかせない。

私が勤務する会社などは、単純な業種なのに二つの会社名を持っていて、事務所は一つで同一の事務員が事務を執っている。
二つの会社は経営者親子がそれぞれの会社の社長に就き、お互いが交差して副社長に就き、その上に会長なるものが存在し、片方の会社の社長と会長は仕事には触れていない。
もちろん、それぞれの会社から会長・社長・副社長の報酬はせしめている。
株も身内で占めて、従業員が情報公開を迫ってもいっさい公開しない。
さらに、会社の土地建物は経営者個人で購入し、会社に貸して会社から賃貸料をせしめている。
かなりの不動産も持っている。
こういうことをしていると、秘密にしても、どこからか漏れて、ほとんどの従業員は知っている。
不祥事も会社の内情に精通している者が起こしている。

最近は経営が厳しいと従業員に発破をかけて日報で細かく管理し、長時間働かせ、給料は下がる一方だが、経営者の取り分は変えていない。
私の会社は氷山の一角だと思う。

このように、法人税を減税しても経営者の懐に入ってしまい、何の利益も生まない。
もちろん、私の会社のような所ばかりではないと思う。

私は、今のほとんどの国会議員には、出来れば私たちの大事な税金の使い道を任せたくない。
もっともっと国民に信用されてから出直せ~~~~!!!っ と言いたい。


国民よ! もっと怒れ! 怒れ! 怒れ!  怒れ~~~~~~っ!
  
今朝(9月14)の東京新聞で「非難の渦に消される異論」という興味深い記事を見つけた。
IOC総会で東京が2020年のオリンピック開催地に選ばれ、ネット上でも多数の祝福の声が寄せられたと言う。

このことについては私も同感であるが、その反面、現在でも修復に必要な物資や人手が不足しているとか、福島の原発事故に対しても、民主党政権時に早々と収束宣言は出したが、収束とはかけ離れた新たな重大な問題が次々と噴出していること、まだまだ生活設計さえたてられないでいる人たちが多数存在していること等の問題を考えると、オリンピック開催のための整備の方にウェイトが置かれ、震災の復興が遅れるのではないか…との疑念は拭えない。
とくに震災の被害に遭われた方々の心配は痛い程よくわかる。

しかし、復興の遅れを懸念する人たちが、ネットにその趣旨の書き込みをしたり、その他の理由で反対の書き込みをすると、たちまち非難の渦にかき消されてしまうと言う。
たとえば、「非国民」「日本人ではない」「祝賀ムードに水を差すな」「オリンピック見るな非国民め」というように。
このように、心の質の低下した人たちによって、安倍内閣が高い支持率でささえられているかと思うとゾッとする。

私は過去に読んだ「炎と闇の帝国(ゲッベルスとその妻マクダ-1995年7月15日-白水社発行)」
http://www.amazon.co.jp/炎と闇の帝国―ゲッベルスとその妻マクダ-前川-道介/dp/4560028893を思い出した。

ヒットラーがドイツの首相の座についた1933年の3年後の1936に、ベルリンでのオリンピック開催が決定し、この大会を新生ドイツの国力を世界に知らしめる絶好の機会と捉えたヒットラーと情報相のゲッベルスが盛大で完璧なまでに行なったと言う。
当然のように、国内外の圧倒的な支持を取り付けたのは言うまでもない。

…「人間を思考と熟慮からそらして個性を抹殺し、人間の機械化、画一性を呼び出す一種の魔法の儀式」…
…全世界を戦火で燃え上がらせ、何千万という尊い命を奪い、由緒ある都市をいくつも瓦礫の山と化したあげく、二人の自殺と同時に、信じられないほどあっけなく滅び去ったのである。
人類は顔を見合わせて深く己の獣性を恥じ、二度とこのような愚行を繰り返さないことを誓ったように見えた。
しかし、以後半世紀、こやみなく内紛や戦争の続く世界の現実を思えば、果たして彼らの再来はないのだろうか?

と、まえがきは綴っている。

今おかれている現実は、人類の繁栄のために果たして正しいのか?…。
政治家を初めとする国民全体の心の質の低下が原因で、戦争へ発展するのではないか?。
人気の高い者に、また、力の強い者に深く依存することが戦争へ発展するのではないか?。

醜い獣性の餌食にならないように、私は、人間としての思考と熟慮を重ねて行きたい。


今日、ラジオのニュースで「漫画・はだしのゲンが異例の10,000部増刷を決めた」ことを報じていた。

島根県松江市教育委員会では「はだしのゲンは過激な描写があるので、教育上よくない」として、学校の図書館などから撤去することを決めたことに対して、異論が巻き起こり話題になっていた。

「はだしのゲン」が出版されてから数十年経った今ごろになって、何故こういうことになるのか?。
当時の戦争の残忍さのありのままを、後世に伝え残すことがどうしていけないのか?。
伝えようとする側にとっては、どんな表現を用いても、まだまだ伝えきれないもどかしさがあると思う。
当時の加害者側の亡霊や背後霊に取り憑かれている者たちにとっては、こういうことが気に障って仕方ないのだろう。

やはり、自民党が「改憲論」を表舞台に登場させて、圧倒的多数で与党の座を奪い返し、いよいよ本命の「改憲論議」に本腰を入れて来た証であろう。
まずは表現の自由を、庶民から奪おうということか?…。
その次は何を仕掛けてくるの?…と言いたくなる。

しかし、そのことがかえって話題となり、異例の増部になるとは?…日本国民も捨てたものではない…と思った。
私も、この問題が話題に上ってから興味を持ち、全10巻をアマゾンから注文した。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/481130408X/ref=olp_product_details?ie=UTF8&me=&seller=

本当に「自民党の改憲論」が表舞台に出てから、各方面からの問題発言や問題行動が顕著になって来たと感じるのは私だけではないと思う。
これからの「改憲信者」の動向を益々注視して行かなければならない。

今の時代の私たちが「戦争とはどういうことなのか」「平和とはどういうことなのか」常に真剣に勉強し、私たちの子孫に私たちの意思を受け継いでいただかなければ、悲惨な戦争の苦しみは何度でも繰り返す。

アメリカによるシリア攻撃に対して、アメリカと同盟国のイギリスが反対を表明したことは妥当な判断だと思う。
いままでアメリカは、紛争を武力の力で押さえつけてきたが、紛争解決どころか拡散させて来たことを、国際社会は感じ始めていることの証である。
アメリカの世論調査でも反対派が圧倒的に多いことにも示されている。

憎しみには憎しみを生むし、暴力には新たな暴力を生む。
権力者は兵隊や一般国民を盾にし、自分たちは可能な限り一番安全な場所を確保することが常であるから、どうしても紛争の犠牲になるのは圧倒的にその国の一般国民であり同胞である。
そのことから、新たな憎しみを生み、新たな権力に分散して行くようになる。
そこへ他国攻撃が加わったら、もっと複雑になり紛争解決などあり得ないし、一時は静められたとしても怨念はたちまち吹き出すに違いない。
かつて、アメリカに対して行なわれたテロ攻撃も、そのようなプロセスで行なわれたのではないか?。
紛争や戦争で徳をするのは、武器・兵器産業とそれを取り巻く、ごく一握りの卑しい人間ではないか?。
「言うことを聞かないからやっつけろ」は動物的であり、学習能力の優れた人間のやることではない。
今や、げんこつを振りかざして脅しても屈する相手などいないし、もしも、そのようなことをしたら、いずれ戦争に発展する。

安倍政権は、アメリカに引きずられることなく、国際世論に従うべきだ。
改憲論議など持ち出して、無駄な議論などしている場合ではない。
大震災の復興に対して、また、近いうちに予想される大震災に対して、最優先課題があるではないか。
脇腹の重傷を回復し、そこから始めなければ、重病のまま経済再生などあり得ない。
アメリカの武力攻撃を支持したり、改憲などして武力紛争などに加わっている場合ではない。
そのことに世界は注目しているし、期待して見守っている。

「ソフトパワーの時代」と言われて久しいが、世界を平和に導くにはソフトパワーしかない。
こういう時代だからこそ、日本は世界に稀な「平和憲法」を堅持しているのだから、ソフトパワー外交で世界をリードして行かなくてはならない。
世界に向けて、日本の平和外交のあり方を示すチャンスなのだ。
それと、民間同士の交流も積極的に進めて行かなければならない。


暴力とは?…
◉国語辞典によると…
1.乱暴な力行為。不当に使う腕力。「—を振るう
2.合法性や正当性を欠いた物理的な強制力


◉類似語の使い分けとして…
1.暴行=乱暴な行為。
2.愚行・愚挙=愚かな行為。
3.非行=道理や道徳に外れて不正な行為。
4.乱行=道に背いた乱暴な行為。
5.醜行=醜い行為。
6.狼藉=無法な態度や行為。

さて、ややもすると私たちも使ってしまう行為だが、もしも、このような行為をした後には、良心の呵責に苛まれる。
しかし、私が経験し観察してきた所によると、力の強い者(腕力・
金力・権力)になるに従い「良心」というものが部分的に欠けてくる傾向が強い。
もちろん、力を持っている者すべてに当てはまるものではないが…。

「暴力」とは対極にある「良心」は人間が普遍的に追求し磨き続けて行かなければならない、すべての人間が共存して行く上で一番大事なものだと思う。
しかし、個人的にまたは集団的に、過度に不当に欲をかいたり、差別意識があったり、都合の悪いことを隠したり、防衛本能が強すぎたり等の暴力思想を含んだ行為を積み重ねて行くと「良心」は脆くも崩れ去ってゆく。

今の日本社会全体から、良心が欠如しているように思えてならない。
「ナチスに見習え」発言を筆頭とする政治家の問題発言や
社会的リーダーによる暴力行為や不正行為、学校での「いじめ(マスコミで使われる)」と呼ばれる人権侵害、それを隠せるだけ隠す学校側の無責任な態度等…。
教育を受けたほとんどの人々は、物事の善し悪しはみんな知っている。
知った上で行なう悪いことは「暴力」以外の何ものでもない。

暴力は暴力を生む。
精神的な暴力も例外ではない。
知らない振りや見て見ぬ振りをすると、暴力は増長する。
そして、いつかきた道を転げ落ちるように、すべての人々が棲みにくい社会に埋没して行く。


暴行
スタジオジブリの宮崎駿監督の「風立ちぬ」の実在の主人公、堀越二郎さんが喫煙する場面が度々出てくるのが「教育上問題だ」として「禁煙学会」からクレームがついた。

「禁煙学会」からすれば、自分たちの活動方針に反するのだから、違和感を覚えるのは納得できるが、もしも、こういう狭き思想の持ち主たちが政治の世界に影響力を持ったら怖い。

真実を伝えようとする物語や映像の世界から「あることだけの都合」で、いちいちカットしたら真実からは遠ざかるのではないか?。

「喫煙」は健康ブームの影響で、最近は「嫌煙権」なども認められ、各方面で煙草を嫌がる人たちへの対策はとられているので、違法をしている訳ではないので、これで十分かと思う。
「健康に悪い」と思った人たちは、やめる努力を積み重ねているし、いずれ、禁煙学会の目的は達成されるのではないかと思う。
しかし、より真実に近づけ描こうとする作品の世界にまでクレームを付けようとするのは「ガキの理論」としか言いようがない。

だとしたら、殺人の場面、暴力の場面、詐欺の場面、飲んだくれの場面、浮気の場面等々、煙草よりも悪い場面は枚挙にいとまがない。
このような場面をいちいちカットしたら、作品はすべて伝えようとする目的を失うし、見る側も見る目的を失う。

私は「禁煙学会」の、あまりにも大人の常識からかけ離れた「ガキの理論」にあきれたし、まさかこのような不自然なコメントの発表には裏があるのではないかとさえ思った。

最近、一連の性急な「自民党の改憲論議」に警鐘を鳴らしたスタジオジブリの宮崎駿監督は、「熱風」という憲法九条の改定に反対した内容の冊子を発表した。
http://www.ghibli.jp/shuppan/

最近の、自民党を初めとする改憲勢力の言動を見ていると、改憲勢力が「
禁煙学会」を利用して、宮崎駿監督自身や作品に難癖を付け、おとしめようとしているのだったら、こちらの方がよほど大問題だ。
まさかと思うかもしれないが、過去に人民を恐怖の時代に巻き込んだ間違った「ガキの政治」は、こう言うことを民衆が見過ごすことからスタートしているのだ。


8月15日、今年で68年目になる終戦記念日の式典が各地で行われた。
同時に、テレビや新聞でも終戦記念日の特集が組まれ、今年は特に自民党が「新しい憲法」ならぬ、戦前思想の強い内容が含まれる改憲の政策を最前面に掲げたことにより、テレビ各局や新聞各社も改憲に対して警鐘を鳴らす特集が多かった。

先日も紹介したが、特に東京新聞は各方面の論客を登場させたり、「こちら特報部」で詳しくわかりやすく明確に報道していた。

戦争は「絶対悪」だ…というよりは、戦争は他国の人々を無差別に殺傷するのだから「絶対究極極悪」だ。
よって、たとえ改憲する場合でも、やがて戦争に発展する可能性や危険性をはらむような内容は含まれていないか、徹底的にシミュレーションを積み重ねて、日本国内やアメリカだけではなく、近隣諸国はもちろん諸外国に広く受け入れられなければならない。
これだけのことを経ての誠意を示した改憲でなければ、それこそ、あの狂気に満ちた世界大戦で犠牲になった、おびただしい数の死者に対して顔向けできないのではないか?。
それより、まず先にどうしてこの平和憲法が出来上がったのか、その意味をよく反芻するが良い。
そして、権力にとって都合の悪いことを隠し、ごまかすことなく、先の世界大戦の検証を徹底的に行なうのが先ではないか。
「因幡の白兎」ではないが、サメの背中を渡りきらないうちに「ヤーイ、ヤーイ」とやったら、世界中から丸裸にされる。

この時期に靖国神社公式参拝の問題で、中国や韓国から非難されると「内政干渉」だと自民党は反論するが、先の大戦の被害者なのだから、もちろん非難する権利は十分ある。
これを「内政干渉」だと一蹴するのはガキの理論だし、民主的でもないし、人間的でもない。

靖国神社は、国内外が認める先の大戦の中心的な存在だったし、絶大な権力を持っていた。
植民地支配で、支配下にあった諸外国では、児童には国語(日本語)教育を強制したり、名前も日本語名にしたり、粗末な神社を建立し強制的に拝ませた。(海を渡った日本語/青土社/川村湊著)
だから、特に「靖国神社」にはアレルギー反応するのは無理もない。
「靖国神社」も宗教法人なのだから、先の世界大戦の総括をし、ちゃんとコメントしなければいけないのである。

先の大戦の総括は、もっと早い段階で行なうべきだったが、ずるく立ち回り、時間が過ぎた今となっては時間はかかるが、関わった国々で可能な限り総括をするべきだ。
ドイツは早い時期に立派にやり遂げている。

公明党にお願いがある。
自民党に対しては、もはや「ブレーキ役」だけではだめだ。
しっかり「ブレーキ役」に、さらに「しっかり監視役」を加えてほしい。
今回の連立政権の対応を誤ると、今度こそ、完全にフリーズする。

昔から産經新聞や読売新聞が右寄り、朝日新聞が左寄りと言われてきたが、最近の報道を見ていると産經新聞や読売新聞に右傾化の報道が顕著に現れている。

その中で、東京新聞は今回の一連の選挙で自民党が圧勝し、自民党がかねてから主張してきた改憲を前面に出すようになってからは、ともすると難しくなりがちな政治や憲法の問題を、かねてからの朝日新聞の報道のしかたとは違った、私たち一般の読者にもわかりやすいタッチで問題をシリーズで取り上げている。
さらに「こちら特報部」のページでさらに細かく解説してくれる。
消費税導入以来、2,550円とリーズナブルな価格据え置きでここまでやる裏では、大変な苦労があると思う。

他紙が売らんがために八方美人になり、物事の根本をわかりにくくする一方で、最近の東京新聞は主張しようとしている所が手に取るようにわかる。
そして、政治や憲法問題の歴史についても深く掘り下げているから、どういう過程で現在に至っているかよくわかる。

今、国民が一番関心を持たなければならないのが、政治と憲法の問題だと思う。
私たちが関心を持たなくなれば、大震災の復興も遅れるし、見せかけは良くても経済も悪くなるし、ナチス政権のように知らぬうちに政治に対して口出しも出来なくなる。
こうなる予兆は十分過ぎるくらいあるし、なってからではもう既に遅いのだ。

今までの新聞は、国民が本当に知りたい事を伏せてきたし、結果として政治の大部分が国民の見えない所で行なわれ、このような体たらくな政治の日本にしてしまった…と言うことは、マスコミにもかなりの責任があった(ある)と言うことだ。

東京新聞には、さらに国民のために、読者のために、良識な国民と一緒に紙面を作り上げて行っていただきたい。
大いに期待しています。

8月11日読売新聞に、国家公務員対象に「機密保全強化法案」を政府が準備していると報じられていた。
この法案は、記憶に新しい2010年9月、海上保安庁が撮影した尖閣ビデオ映像がネット上で流出したことによって、当時の民主党政権が検討を進めていたが、政府の有識者会議では特に重要な情報を漏洩した場合、現行1年以内の懲役から最高10年の罰則強化を求めた。
それを自民党政権が引き継ぎ、厳罰化の対象を国家公務員の他に、首相補佐官や政務三役、国会議員も含めることを検討し、同時にこれらの職員のセキュリティー制度も成立させたい考えだと言う。

これに対して、「特別機密の対象を広げれば、国民の知る権利を侵害する」として、公明党や日本弁護士連合会は反対を表明した。

私は、この記事を見て、自民党は口癖のように「アメリカに押し付けられた憲法だから、自主憲法を!」と言うが、最近の自民党を筆頭とする改憲勢力の発言や行動(「武力行使」や「機密保全」)を目の当たりにすると、アメリカに益々すり寄っているではないか?。

国家公務員に特定した機密事項は、当然、地方公務員やメディアにも波及し、機密事項も為政者の都合でどんどん広げ、国民から知る権利を徐々に奪ってゆく。
そう遠くない過去にも、こうして思想統制へと発展し、大きな過ちを犯した過去がある。

私は心配し過ぎなのか?…。
そうではない。
最近の改憲勢力の動向が、国民から平和憲法を奪おうとしている危険な時だから、蟻の一穴になることを懸念している。

国の経営は国民の税金で営まれているからには、国民には当然知る権利があるし、国には知らせる義務がある。
どんな団体でも、金銭を預かるからには、預かったお金をどこにどのように使ったか、使途を一つも隠すことなく、一円も狂うことなく会計報告をしている。
今の政治家のモラルの程度からすると、今でも機密費の管理や使途が不明なのに、機密事項が増えれば増えるほど税金の使途が一層不明になり、政権側の思うつぼになりかねない。
であるから、国民から知る権利を奪ってゆく行為は「為政者のオゴリ」そのものだ。

第二次世界大戦後、国策の誤りによって多くの血が流された反省から、多くの国々や識者の英知を借りて出来上がった平和憲法は、世界平和に貢献できる世界中で希少な憲法である。
一部の為政者や、それに繋がる者たちの、党利党略や私利私欲や都合で書き換えられてたまるか!。
憲法が悪くて、国民が悪くて、日本国が悪くなったのではない。
日本国が悪くなったのは、あなた方為政者(政治家)が、選挙中は国民に向かって良いこと言って頭を下げ、選挙が終われば国民の知らない所で党利党略、私利私欲を重ねて来たからに他ならない。

超抽象的な「美しい日本を取り戻す」とは、一般国民のためではなく、政権を握るあなた方の「妄想的」な言葉としてしか私の心には響かない。


今朝(8月9日)の朝刊で、「憲法解釈の番人と呼ばれる山本庸幸内閣法制局長官を退任させて、後任に「集団的自衛権」容認派の小松一郎氏を起用した」と発表された。

どんなに無知な人間が見ても、明らかに改憲に向けた布石と見て取れる。
さすがに野党の改憲勢力を足しても三分の二に届かず、与党内の公明党の賛同も得られず、憲法の改正が難しいから「憲法解釈の番人の首を縦に振らせ内閣の決定だけで平和憲法をねじ曲げてしまえ」という意図がバレバレだ。
野党にも国民にも有無を言わせず、内閣だけで決定してしまう手法は、麻生太郎副総理の名言「ナチに見習え」そのものではないか?。

この流れを見て思い出すことがある。
1995年の「オウムによる地下鉄サリン事件」を発端とした「宗教法人法改正案」の審議の過程で、なぜか、オウムから創価学会へ一斉に攻撃が移り「政教分離の解釈」を取り上げ、
公明党を除くほとんどの政党が「公明党は政教一致」という解釈の見解を強引に引き出すべく、時の内閣法制局長官を与野党議員連中が取り囲み数回に渡って恫喝している映像が(録画されている)頭をよぎる。
しかし、何度もみくちゃに恫喝されても、この時の内閣法制局長官は首を縦に振らなかった。

この、不自然で強引な議会の進行状況を考えると、創価学会と公明党をおとしめるか、分断するために、少なくてもオウムが起こした一連の事件を喜び勇んだに違いない。
とても、良識のある与野党の国会議員の人たちの行動ではない。
こう言うと、当時は反社会的だとなじられた。
この日本の国会の一連の馬鹿騒ぎを憂えた、世界中の人権団体や宗教団体から、時の首相と衆院・参院議長宛に抗議の書簡が送られ、喧噪の事態は尻切れとんぼのように、知らぬ間に収束した。

このような、過去の事例と照らしてみても、「静かな環境で憲法改正を行ないたい」という麻生副総理の発言が、さらに不気味さを増す。
国会で審議もされず、国民の目の届かない所で、内閣だけで国民の生命線である大事な憲法が、簡単にねじ曲げられ変質してしまえば、麻生副総理の名言通りになってしまう。

集団的自衛権を行使すると言うことは、専守防衛とは性格が全く違う。
下手をすると解釈が拡大し、近隣諸国を刺激して世界大戦に発展する危険性をはらんでいるからだ。

特に、過去において辛酸をなめさせられた公明党の議員の皆様には、過去からの亡霊や背後霊に取り憑かれた改憲勢力の手口に引きずられることなく、毅然と対処してほしい。
もしも、アベノミクスが成功したとしても、世界情勢を緊迫させ、国民の生命を危険にさらすようなことがあっては、元も子もない。
国民の皆様にも、のんきに構えることなく、これからの情勢の行方を鋭く監視してほしい。