バンガゼとなぐすずの小説


私と死んでくれ。オレの隣に並んだ長袖のアイツが銀色の髪を揺らめかせながらそう言った。猛暑日だった。正直、オレはこの時風介が好きだった。いや、今も超好きだけど。一瞬何かタチの悪い冗談だと思ったが、その瞳は冗談と形容するにはあまりに鋭く、真剣だった。風介の身体には直射日光のきらきらとした鋭利な針が広範囲に刺さっていた。「は、は? 何言ってんだよお前、気でも狂ったのか?」思わず声が上擦る。そんなオレをものともせず、風介はまた口を開いた。「だから、私と死ねと言っている」うるさい蝉の声よりもデシベルは低いはずなのに、なぜだか一音一音がはっきりと聞き取れた。信じられない。目の前の男が何を言っているのか分からない。今聞いている言葉全てが夢なんじゃないのかとすらも感じる。だって、コイツが?「楽に死にたいんだ、もう未練は無い」特段感情がこもっているようには感じられない、普段と変わらない声で淡々と続ける。そんなコイツが恐ろしくなり、声を荒らげて無理やり制止する。「るっせぇ! さっきからなんなんだよ! 一緒に死ねって、頭おかしいんじゃねぇの!」思っていたより力が入っていたのか、気迫に押された風介は一歩後ろに下がった。しかしそんなオレを普段の調子でうるさいと窘めることも無く、ただ話を続けた。「私たちは調子に乗りすぎた。少し前まで自分たちを最強だと、最も上の存在だと思っていた。チームメイト達にも私たちを崇拝させていただろう。でも違った。私たちは弱かった。チームメイト達に申し訳ないんだ。そのけじめをつけるためだ。だから、共に死んでくれ」自分が間違っているようにも聞こえてしまうような、あまりにも「正」というものの具現化のような声だった。崇拝、その言葉がどうにも胸に引っかかる。その言葉が胸に引っかかったまま、反論する。「もうそれは終わった話だろ!? オレたちは普通の人間に戻ったんだ、まだ引き摺ってんのか!?」風介は少し顔を顰め、まだ言うかとだけ呟いた。「……私たちは神の偶像だった。偶像崇拝を知らないのか、君は。偶像崇拝は基本は禁忌として扱われるんだ」「……何が言いてぇんだよ」「つまり君も悪人になる。だから、君にも私と死んで欲しい。私たちという偶像の一部なのだから」最終的にはこんなことさえ軽く言ってのけた。「私たちは死ぬべきだ」その言葉を聞いた途端、身体中を警報のような何かがものすごい速度でぐるぐると駆け回り、全身から汗が噴き出した。コイツから離れなければならない。でも怖い。逃げようとしても立ちすくんだ足が一歩も動かせない。コイツは狂っている。それは純粋な狂気で、それを目の当たりにすると人間は動けなくなる。凶器で四肢を滅多刺しにされているようにさえ感じた。その時ふと風介が風を切るように右腕を突き出し、黙り込むオレの前で袖を軽く捲りあげた。見える範囲を目で追うとそこには傷。範囲内どこを見ても傷、傷。薄く血の滲む包帯。そして傷。鉄臭い。細長い傷には赤いものもあれば跡として残っているものもあり、気がついた時にはうわっと悲鳴のようなものをあげていた。「お前、だから夏でも長袖っ……」好きな人のまだ知らなかった部分に、驚愕と絶望とほんの少しだけ密やかな興奮を覚えた。「これだけ、私は傷ついた。苦しんだ。みんなに悪いことをしたと思って、何回も死のうとしたさ。でも一人じゃ駄目だった。死にきれなかった」さっきまでとは全く違う、弱々しい声。「死ねば、輝けるんだ。今を忘れて。君は私にとっての太陽なんだ。君の太陽で灼け死ねばこんなに醜く不躾で馬鹿な私でも最期にはすこし光れる」そう言い終えた風介は、誰が見ても泣いているとわかるほどにまで頬を濡らしていた。この炎天下の中でも蒸発しなさそうな量の涙を流して。「勇気が出ない、怖いんだ。だから君と一緒に死にたいんだ、太陽のきみと」君と一緒に死にたい、その言葉を反芻する。死にたい。風介は死を望んでいる。なんでオレと生きたいじゃねぇんだよ。オレと一緒に生きたいって思えよ。生きたいって言えよ。なんでチームメイトのためにお前が死ぬんだよ。オレの気持ちとか、そういうことも考えろよ。オレは、お前が、好きなのに。「なんで、オレと生きてくれないんだよ」口からふと漏れた言葉に、風介はゆっくりと目を見開いて、涙を拭い、こちらを見つめた。オレの行き場のない想いを受け止めた直後の訝しみと混乱の混じった顔は案外悪いものではなかった。ボロボロになった腕とは全く違う、綺麗な顔。それを見て胸のどこかが高鳴った気がした。「お前が死ぬの、嫌だオレ。あと今死にたくない」直後、汗を一滴かくほどの沈黙が流れた。そして次に口を開いたのは、風介だった。「……君は私を、涼野風介を、罪人だと思わないのか、無価値だと、死んだ方がいいと」「思う訳ないだろ」「何故」「お前のことよく知ってるから」「……あぁ、そう。なら、ガゼルは?」「もう終わっただろその話は、オレたちは許された」どうやら風介は自分がガゼルであったこと、利用されていたことがどうにも許せず酷く負い目を感じているらしい。「……不幸な子供なんだろ、私らって」悔しさ、孤独、虚しさを噛み殺した声で言う。「世間一般的に見りゃあな。孤児院暮らしで良いように利用されて、オマケにその記録まで全部永遠に残る」「やっぱり私がガゼルだった過去は消せないんだな」「オレもだぜ、バーンとか言っちまってさぁ」その瞬間、あまり良くないであろう考えが脳を走った。「……バーンとガゼル、殺そうぜ」なんとなく小さな声で切り出してみた。すると、風介はすぐによしやろうと順応した。「でも、どうやって」何かそんな魔術的なことを知っているのかと問われる。物理的に殺す術なんて知っているわけが無い。だから、殺した振りをして、心から追い出す。それだけでいいんだ、きっと。今のオレたちには。「精一杯、ありったけの力で、オレらの影を踏む。んで、殺す。それだけ」風介はわかったとだけ短く返事をして、おもむろに影を踏み潰し始めた。別に指示していないのに、ものすごい量の罵倒が聞こえてくる。一緒になって影を踏み潰して、笑った。なんとなく気分が高まってしまい、言う予定のなかったことまで言ってしまうことになった。「風介、今、言ってもいいか!?」けらけらと笑う風介は、笑いながら頷いた。こんなに笑顔のコイツは久しぶりだ。もし言うんだとしたら、今が一番いいタイミングなのではないかと思う。「あのさ! オレ……お前が、好き!」そう言った途端、風介は動きを止め、さっきまでの笑顔の跡形もない顔になった。慌てるような焦るような顔でまっすぐこちらを凝視し、頬を赤く染める顔。突然の出来事で動揺しているのか、口元だけがぱくぱくと動いている。深呼吸をしてやっと声が出せるようになったが、話し方が拙かった。「……え、ほんと、かそれは」「……ああ」「う、うそだろ」「……好きなやつの前で嘘つく必要あるかよ」「……信じるぞ?」「信じろ」「わたしも、晴矢が、すき、ずっと、すき」そう言い切ると風介はまた笑い、オレの名前を何度も呼んだ。「晴矢、晴矢、晴矢っ!はるや!」そうだ。もうバーンとガゼルは死んだ。死んだんだ。どこにもいない。オレの名前は南雲晴矢、アイツの名前は涼野風介。これが、正解なんだ。「私を、涼野風介として愛してくれ。ガゼルと今、決別した。完全に別の物体になった」思いつきの荒療治でなぜか物事が良い方向に転んだ。しかも両想いだった。なんというか、幸せというか、よくわからないけれど、なんとかなった。「オレは風介が好きだ」「わたしも晴矢が好き」本当のオレたちの、本当の名前。少し前から最近にかけてあまり呼べていなかった。確かにバーンとガゼルという名前はデータ上には永遠に残り続けるかもしれない。それでも、今ここには存在しない。バーンとガゼルは死んだ。俺たちが、南雲晴矢と涼野風介が殺したから。それじゃ、さよなら! 偽のオレたち!


あとがき

ふと思いつきで書き始めた。イチャイチャさせたかったのに、開口一番私と死んでくれって、それはねーだろ と 今でも思っている。

涼野、自傷。途中でそうだ涼野に腕を切らせようと思い立って切らせてみたものの、正直涼野はこんなことしないであろう。すーごいネガティブに書いてしまったが。彼は案外図太い。精神強め。しかしカオス樹海追放ifから考えられる涼野さんのふと見える弱さを目に見える形で表現してみたかった。南雲は、そんな涼野のことを少し乱暴に不器用に、けれども彼なりに丁寧に愛して、一緒に進む道を照らしてあげてほしいと思う。南雲の口調や発言は軽く粗雑なものを増やすことで年相応な感じを全面に押し出したが、涼野は小難しいことを言っている素直になれない少年、発言は大人びているが正直南雲よりも中身は幼い、そんな雰囲気を大切に書いた。もしかしたら南雲は精神の成熟度は涼野をも越しているかもしれないなと思っていたのを文章にできてよかった。この荒廃したブログでこの文を読んでくださっている方は1人もいないかもしれないが、忘れたくないので書いておく。もしここまで読んでくれた方がいたら、あなたは凄まじい人間です。ありがとうございます。