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トルコで国際結婚
トルコ事情、料理、子育て、
些細な日常に起きるちょっと幸せな事、イラっとした事
書いていきます


1月2日

夜、11:00頃
病院に行っていた旦那から

お義母さんが亡くなった

と連絡があった。


脳腫瘍が見つかってから約3年。
早かった。

今年の3月に50歳になるはずだったのに。

私がお義母さんに初めて会った日
たった数時間だったけど、笑顔が素敵な優しいお母さんだった。

2回目のイスタンブールに数週間滞在した時、私の事を心配して一緒に寝泊まりしてくれたのにそれを嫌がってしまった私。
それでも、嫌な顔一つしないで、ニコニコと笑顔で受け入れてくれた。

旦那が徴兵に行ってる時、言葉も通じないのに毎日のようにスカイプしてくれて、元気か?何してるの?って
もっと、トルコ語勉強しておけば良かった。
もっと、たくさん話がしたかった。

料理のことや、編み物、子育て、旦那がどんな子供だったとか…もっと、もっとたくさん知りたかった、教えて欲しかった。

私がトルコに嫁いで来た時、動けるものの記憶がやや曖昧にはなっていたが、まだ元気だった。

2012年9月15日
脳腫瘍のため痙攣が起き大きい病院で手術、治療。
12月に退院。
そこから、状況はどんどん悪くなり、ほぼ寝たきり状態だった。

周りのアドバイスもあり、早めに結婚式を見せてあげた方がいいと言われ、3月31日に日を決め、
お義母さんに毎日、私たち結婚式するんだよ~踊ってね。って音楽をかけたりしてた。
すると、調子が良くなってきて、結婚式の数日前には自分で起き上がって立って踊ったりできるようになった。

当日、結婚式では長時間ではないが踊ってくれて、嬉しくて涙止まらなかった。
お義母さんに結婚式を見せて上げられて本当によかった。

4ー5月は私は日本に一時帰国。
6月に2度目の手術。
すると、状態は変わり、あまり良くなくなった。
ほぼ、自分で歩くことも難しく、徐々に食べることも難しくなった。

旦那はそれでも一生懸命、介護お世話をしていた。

最後に孫の顔を見せてあげたい。
それが私たちの願いだった。

2013年12月15日、息子誕生。

お義母さんがまだ見ぬ孫のために編んでくれたセーターを着せて見せてあげることができた。

本人はどこまでわかっているか、わからないが孫を胸に乗せると、優しく頭を撫で、身体をさすり、わかっているかのようだった。

もっと元気になって、いっしょにあそんで欲しかった。
ババアンネー(お婆ちゃん)って息子の声で聞かせてあげたかった。

でも、やれることはやった。
入籍も結婚式も孫も見せて上げられた。

欲を言うときりがない。
ただ一つだけ心残りが、2回目にお義母さんに会った時、あの時もっと優しく接してあげればよかった。嫌がらなければよかった。

もう、あの時は戻らない。

一緒にスーパーに行った時、レジのお姉さんに私の事を聞かれて、息子の彼女だって照れ臭そうに言っていた。

今でも忘れられない。
あの時、初めて私の事を受け入れてくれたのだと思った。

初めて旦那が、私を紹介した時お義母さんに反対されたらしい。
…無理もない。
外国人だし、言葉も通じないし。

でも、今思うとお義母さんは、ちっとも気にしてなかった。
気にしていたのは、私だったのかもしれない。

本当に素敵なお母さんだった。
私も、彼女のような母になりたい。

息子を愛し、信じる。
本当に、惜しい人をなくした。

どうか安らかに眠ってください。
今までも、これからもずっと大好きです。

今まで、本当にありがとうございました。



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