OPG岡山武道館大会より3日たちすっかり日常に戻っております。
大会を開催するにあたり全国より集まってくれた仲間たち、まさに情熱で支えてくれた仲間たち。また、OPGに対し熱き声援を寄せていただいた皆さん。
本当にありがとうございました。お礼が大変遅くなりすみません。
実は、大会直前に体調を崩してしまい、出場が出来るか分からない状態になってしまい(公には全く書いておりません)OPGのメンバーに対して迷惑や心配をかけてしまいました。
最終的には試合にこそ出場出来たものの正直、実行委員長らしいことは何一つ出来ずメンバーの足を引っ張ることになりました。
しかし、大会当日の朝、息子とともに会場入りした私を迎えてくれたのはやはりメンバーたちでした。さすがにこの時は出場出来るのかどうかみんな不安だったみたいですが。
試合の方はメインで高校時代の同級生、アントニオ片山選手と組んでハイパー長州アイハラ、重介組が保持するOPG認定タッグ選手権に挑戦しました。
片山選手とは高校1年生の時に同じクラスメートとなり、バレーボール部のチームメートとして知り合いました。周りが二人を常にライバル視する中で、私もいつしか「昇には負けたくない」という気持ちを強くしていきました。
二人はプロレスごっこで、トレーニングで意地を張り合ったことはしょっちゅう。大山登山でのキャンプファイアの出し物も二人のガチンコプロレス。下が岩場だったことから私は翌日、足を引きずりながら下山したのです。
文化祭では中庭の芝生で勝手にプロレスを始めて歓声を浴びました。この時、実況を務めたのはOPGの実況席をがっちりと守っているラッシャー賢一選手なのです。
球技大会の決勝前のコートが空いた時に二人でプロレスごっこを始めたら、先生に「森!片山!やめえ!」とハンドマイクで制止されました。
バレーボール部の部紹介なのに二人でプロレスごっこをやったために新入部員が激減。チームメートから叱られました。
3年生の時にはクラスが違うのに、卒業アルバムのグループ写真で片山君のクラスにマシーンのマスクを被って乱入しました。マスクを被っているにもかかわらず「おい、森を入れちゃ~いけま~が と片山君は担任に呆れられました。
私が東京へ旅立つ日に数人で駅のホームまで見送りに来てくれた時、片山君は何と動き出す新幹線を泣きながら追いかけてくれました。私はこの時、彼こそ一生のライバルであると心に誓いました。
私は彼が立ち上げたOPGが大好きです。
アントニオ片山がいまからこそこんなに長く続いているのだろうと思います。
出会ってちょうど30年。
30年!!!!!!
30年てどれだけ長い年月なんだろう。
改めて驚くしかありません。
ずっと二人の側で支えてくれているラッシャー賢一君にも本当に感謝です。
高校時代、周りで二人を盛り上げてくれた友人たちにも感謝、感謝です。技をかけまくりごめんなさい。
今回、ハイパー長州アイハラ選手、重介選手という素晴らしいライバルと戦うことが出来て、その横に一生のライバルだと決めたアントニオ片山選手がいてくれて最高に幸せでした。
そして、OPG認定タッグ選手権というタイトルを奪取出来、ベルトを手にすることが出来て本当に嬉しいです。片山選手がOPG初タイトルを手にしたことも嬉しい。
当日は下津井にリングを返した後は二人でラーメン屋でプチ祝勝会をしました。ただ、ラーメンを食っただけですが(笑)
私はOPGの魅力はメンバーのみんなだと思っています。我々にドラマがあったように、みんなそれぞれのドラマがあってOPGに出会ったのです。OPGメンバーの凄いところはみんなが「OPG」に対する思い入れが半端でない、というところです。
遊びなのに遊び半分でない、というか。
みんな個性的で情熱を持っていて人がいい。
私がボケッとしているためにいろいろ迷惑をかけているのに大会には喜んでかけつけてくれる。
そんなOPGが私は大好きなのです。