私は病棟の廊下を歩くとき、端の方を歩き、下を向き、そそくさと移動する。
特に、ナースステーションの前を通るときは尚更だ。
ステーションには、美人先生がよくいるからだ。
ビビりな私は美人先生が苦手なのだ。
美人先生が悪い訳ではない。
私が卑屈だからだ。
美人先生が嫌いな訳でもない。
ただ恐いだけだ。
美人先生は私のことなど全く覚えていないし、眼中にもないのに、
私が勝手に避けているのだ。
それなのに、私は美人先生によく会ってしまう。
それは、一番先生の弟子(?)の一人が美人先生だからだ。
私は入院初日に、身のほど知らずなことを言って、(こちら)ぺしゃんこにされてから、
美人先生に会うとオドオドしてしまうのだ。
⭐
美人先生には華がある。
どこにいても目立つ大輪の薔薇だ。
私は、家族だけのときには、ひとりっ子なのに、自分のことを「ねーちゃん」と呼んだりする。
父母が私をそう呼ぶときもあるが、
これは、家族の中のあだ名みたいなものであって、ちょっとふざけたときなどに、
「おかあさん、ねーちゃんはね」
とか言ったりしていたのだ。
ようするに、お子さまなのだ。
病室のいつもの指定席で、母と話していた。
と言っても、私がひとりで話しているのだが。
他の人に迷惑がかからないように、母の枕元に顔を近づけて話していたら、
大輪の薔薇が、私の後ろに来ていたのに、
うっかり気がつかなかったのだ。
声を掛けられてやっと気がつき、
椅子を畳んで逃げよう(場所を空けよう)としたが、遅かった。
美人先生は、そのままでいいです、と言って、私の後ろに立ちふさがり、私の退路は絶たれてしまったのだ。
美人先生が何をしに来たのか覚えていないけど、何かを聞かれて、それを母に聞いてみたとき、つい慌てて、「ねーちゃん」と言ってしまったのだった。
書類のことだったのかわからないけど、
「おかあさん、あれ、ねーちゃんがやっといたよ」
みたいなことを言ってしまったらしい。
後ろから声がした
「はっ?!誰のお姉さんですって?」
何を聞かれたか分からなかった。
私は後ろを振り向いて、女優のような顔を見上げた。
「どこのお姉さんなんですかっ‼?」
(イライラ)
鈍い私はまだわからない。
「だ・か・ら~、あなたは娘さんじゃなくて、お姉さんなんですか!?」
美人先生の言ってる意味がまだわからない。
美しい眉毛がつり上がっている。
オロオロする私
「私が書きましたけど…」
「いま、お姉さんがって言ってましたよね」
やっと分かった。
「すみません、自分のことを言ってました」
「は?誰のお姉さんなんですか?」
「すみません、私にも母にも姉はいないです」
「じゃあ何でお姉さんって言うんですか?」
堂々巡りになってしまった。
それに、私は母と話していたのに・・・
私は愛犬の写真立てに目をやって、気持ちを少し落ち着かせた。
なんで「ねーちゃん」かと言うと・・・
私は愛犬ハナのお姉さんという設定なんです。
私が長女で、ハナが妹という・・・
すみません
💦
美人先生は、呆れた顔をして
「フン!」
鼻からため息なのか、冷笑なのか分からない
声を発して去って行った。
残された私は母の方を向き直った。
母がかなしい顔をしている。
ごめんなさい、情けない娘で。
ごめんなさい、恥をかかせて。
意味がわからない。
泣きたい・・・
私が薔薇の刺で満身創痍なことよりも、
そんなことよりも、
美人先生、あなたは、人に尊敬されるべき
医師なのです。
こんな、とるに足りない私を傷つけるのは構いません。
だけど、先生と人から言われるからには、
これからは、せめて患者の前で、患者の家族を蔑むのだけはやめて下さい。
声を出せない患者がどんな気持ちで、ここのベッドに寝ているか分からないのなら、
あなたは、この難病病棟の医師でいる資格はない!
天使に混じりて
美しき鬼一匹、棲む巨塔にて。
つづく