(まだ途中なんだけども、公開にしときます。早く締めを書かねば…)
ついこないだ、村上春樹の翻訳版をこないだ読んだばかりだった。そんな折、会社のビルのエレベーター内に流れるニュースでSalinger氏死去を知る。ご冥福をお祈りしたい。
"The Catcher in the Rye"は、一言でいえば、ひねくれ坊やの3日間の人間観察と内省の記録。
タイトルは妹のフィービーに夢を語ってみろと詰め寄られた際に、主人公が語った
“誰かその崖から落ちそうになる子供がいると、かたっぱしからつかまえるんだよ。つまりさ、よく前を観ないで崖の方に走っていく子どもなんかがいたら、どっからともなく現れて、その子をさっとキャッチするんだ。そういうのを朝から晩までずっとやっている。ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうものになりたいんだ”
この部分からくると言われる。
さて、この話は何故ここまで有名になったのだろうか。読んでみれば分かるが、感動するような話では決してない。少年期に特有の目的のない衝動、酒、セックスについての妄想ばかりが書かれているだけではないか。そう思われる人もいるのではと思う。ただ、本書を愛読書として掲げる人がいて、この話からは多くの物語が生まれているのも事実である。
「<自分とは何者か>という問いを抱え、出逢う人たちや自らとの対話を通じ、自分の夢を見つけていく」そういう物語は、決して少なくない。物語の「型」として、かなりベーシックであり、応用の効く展開を持つ。
趣味の例で恐縮だが最近映画化された「東のエデン *1」というアニメは、ライ麦畑のモチーフが見られる。記憶を失った主人公が、人々との出会いの中で自分を発見し、日本をより幸せな国へと変えていこうとする。クライマックスで言及される、回転木馬のゴールドリング("BrassRing" *2)のくだりも直接的だ(The Catcher in the Rye内にも回転木馬の金の輪についての話が出てくる)
この型の多くの物語は「感動を与えること」を目的としてはいない。その代わり主人公の、思考の追体験を大きな目的とするケース(読者が勝手にそれを目的とするケースを含む)が多い。目的が追体験の為、特定の人には強い影響を与えるのかもしれない。よりシンパシーを感じる人は、それだけその物語の中に入っていくことになるからだ。
この知見―追体験はシンパシーを得れればより深く読者を虜にする―は、小説だけにとどまらず、音楽や絵画などのアートから、ネットのサービスに至るまで、多くの事象に影響を与えるものである。
*1.東のエデン(wikipedia参照)
2009年4月より同年6月までフジテレビで放送されたテレビアニメ。監督は神山健治。第14回アニメーション神戸賞作品賞・テレビ部門受賞作品。平成21年度(第13回)文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品アニメーション部門/長編(劇場公開・テレビアニメ・OVA)に選ばれた。現在劇場版第一幕が放映中。3月に第二幕が公開予定である。
*2..BrassRing(wikipediaより引用)
A brass ring is a small grabbable ring that a dispenser presents to a carousel rider during the course of a ride. Usually there are a large number of iron rings and one brass one, or just a few. It takes some dexterity to grab a ring from the dispenser as the carousel rotates. The iron rings can be tossed at a target as an amusement. Typically, getting the brass ring gets the rider some sort of prize when presented to the operator. The prize often is a free repeat ride. The phrase to grab the brass ring is derived from this device.
今日なんとなく、書籍ブログを始めようと思った。で、どうせなら人の多いところってことで、アメブロを開設。せっかくなんで、アメブロに付随する機能群(ピグとかそういうの)を色々見てたんだけど、そうしたら一日が過ぎ…夜も更け。。
まぁ明日から・・・
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