教育って?
毎月と言っていいほど、必ず先生の間でこういう話がでる。
「1~10まで教えちゃいけない。自分ひとりで勉強して、自分で自分を伸ばせる力を身につけさせることが重要だ」
「それもそうだが、わからない子には、教わってでも何となく解いて、わかった気にさせて自信を持たせることが大切だ」
つまり、卵が先か?にわとりが先かの論理である。
答えはいつも出ない。
出ないようでいて、実は出ている。
それは、その子の状況に合わせた教え方をすればいいだけの話だ。
でも、その子の状況をどう判断するのか?これには、先生の間で個人差が生じることはやむを得ない。
すべてをマニュアル化することもできないし、試験の点数だけで判断できるほど、簡単な話ではないからだ。
例えば、塾に行っていて、頭が良いと言われる子がいたとしよう。
塾では、学校よりも先のことをやっているから、学校の勉強がいわば復習になるため、
学校での勉強はできて当たり前。
しかし、そういう子が受験で本当に通用するか?というと、その答えはNoである。
なぜなら、受験は、やはり受験勉強いう過酷な世界の中で、自分で自分の力を伸ばせなければ、
上は狙えないからだ。
教わったとこプラスアルファを自分で自分に身につけさせることができなければ、
結局は、意味がなくなる。
そういう意味では、自分に合った勉強法や勉強に対する工夫が出来る力が必要なのだろう。
でも、先生という立場の人間が忘れてはいけないことがあると思う。
それは、教育するのではなく、自分たちも教えてもらっているという点だ。
子供の数だけ、教え方はある。
それは、先生がその子と接してみて、初めて教えてもらえる感覚だ。
先生=教育者ならば、生徒=教育者でもあるということ。
つまり、先生と生徒はもちつもたれつということを根底に信頼関係を築き、
お互い工夫し努力し支えあい、楽しく先をみて一緒に歩いていけるのではないか?
と、いつも議論が始まると思うじゃらんです。


