うちの同居の母も、70代に入り、しばらく経ちました。
父を見送り、同級生も何人か見送りました。
そんな寂しい、悲しい、苦しい心境を共にする残された人たちで、
「その分、しっかり生きよう」と支え合っています。
私が転職に成功した月、母の親友がひとり逝去されました。
連絡が取れなくなるなど兆候はあったらしく、
友人同士でタッグを組んで、いまだに困るくらい元気です。
ケンカもしますし、心のぶつけ合いもあります。
うちは家族で重いものを託し合う家庭です。
それなのに、僕の転職と親友の死が重なり、
期待と喜びと悲しみから衝突が増えていました。
また、母は親友との思い出、失った悲しみを僕に打ち上げずに秘めていました。
父もなくなり、母を案じた姉は結婚先から、「包括支援センターの見守りを受けてはどうか」と言っており、
大きな衝突があった日、僕は包括に連絡しました。
「転職したら母がおかしくなった」といった内容でした。
しかし、母は親友のことを秘めていられないと、ある晩とうとう打ち上げてくれました。
そして、親友との縁を、しきりに「不思議」と申しておりました。
聖書には「不思議」と名乗る天使が確か出てきています。
不思議、とは祝福の一形態なのかもしれません。
医療系のリアリスト、母が「不思議、不思議」と、不思議という現象に魅入られ、
悲しみから解放されて、再び今を生きはじめました。
ほんと、不思議って怖い場合もありますが、静かな不思議のしずかな驚きの美しいこと。
母は回復し、夕食に面白い食事を出すなど健在ぶりを当たり前の顔で披露してくれました。
恵みのありがたいこと。
また、地元の友人とのおでかけも決まりました。
人生というレースで脱落するライバルを惜しむがごとき母。
70代となり、「不思議」を心に留め置いて喜ぶことを知った母、
その母はどう老いていき、
また僕もどう変化していくのか。
改めて言葉にすると怖さもありますが、楽しみがたくさん、
可能性もたくさんな気がします。
色々なことが動く昨今。
「平和のダイナミクス」の中で磨かれる宝石でありたいです。
イスラエル、パレスチナ、ウクライナ、ロシア。
心の痛みから尊厳のはく奪、残酷な死。
そんな中であっても、隣に人がいれば手を取り合って・・・
乗り越えていくしかありません。
神は自由を人間に与えたので、間違いに神様が傷つくこともあると、
イザヤ書からブログを書かれた牧師がいました。
それを機に「不思議」と向き合う我が家を描いてみました。
先ほど、包括の電話が当直の方につながり、
母は転職で正気を失ったのでなく、親友を亡くしたことを内に秘めたまま、新しい環境に挑んでいただけだと
電話できました。
偶然にも以前母が追い返した方が電話に出ました。
「相変わらず、こらえ性がなく電話してしまい恐縮です」という感じですが、
その包括の職員様は、母の味方でいたい、母と直接話して本人から見た世界を知りたいご様子です。
何か月も間が空いているのに、声とちょっとした情報で思い出すほど心を砕いてくださっている模様。
担当者様として、母のお茶飲み話相手にでもなってほしいものです。
まあ、包括の職員として職責を全うされるだけなのでしょうが。
てきとーにデイサービスやショートステイにぶち込んだりせず、
母の生活を少し遠くから見守っていただきたいものです。
医療福祉、いろいろありますが、人の良心が神の恵みとして芽吹き、花開くことを願いたいです。