あずき年代記

あずき年代記

記憶していることを記録しながら書き殴りつづけてゆく、いつ終了できるのかわからない、腐れ縁みたいなブログです。

文章だけのブログがあってもいいでしょう。


私がオアシを使いたがらないのは両親への批判が、心象の基調にあるためだ。


父は浪費家だった。

双極性障害なので、躁転するとカネ使いが荒くなる。


パイオニアのステレオセット、幅を取るサイドボード、ヨーロッパの画家たちの値の張る画集、ダンヒルのライターに煙草はゴロワーズ、腕時計は外国製。


細長いゴロワーズを、唇の端に咥えて斜めに立ててみせるのは映画監督市川崑のあからさまな模倣なので、可笑しくて仕方なかった。


ま、すべては症状のしからしむるところなのであるが…


母は、あたしはおとうさんーといっているうちはよく、父の症状が昂進してくると莫迦オヤジと呼ぶーと違って無駄なお金は使わないが口癖だった。


果たしてそうだったか?

身なりだのジュエリーだのには無縁だった。


しかし、建築道楽という悪癖を所有していた。

これがもっともカネを喰うのである。


父はこの道楽がないから母に苦言を呈する。

母は、じぶんへの批判は全人格の否定と捉える人物であるから烈しい内戦が惹起される。


またこのふたりはふたりして大酒を昼間から飲んでいた。ニマタノオロチみたいに呑む。ふたりとも七十過ぎて昼飲み、夜飲み、オダを上げ、しまいにふたりして諍い、父は厠で粗相するのであるから自然主義リアリズムの極致である。


私とて若い頃はずいぶん飲んだし、飲酒過多によるしくじりは数知れない。脛の傷はアルコールだけに、いまさら消毒の仕様もないありさまである。


だが、いまは軀それも内臓がアルコールを歓迎しなくなってきている。


旧友たちと会うときはかなり呑むけれども、それも年に数えるほどだ。


その旧友たちのうち、ふたり膵臓がんで亡くなっている。ひとりは下戸に近かったのだが。


私も7年まえに、正月不摂生インフルエンザ感染から肝機能・膵臓機能がとみに悪化、通風発作まで起きたので震え上がった。


親は子どもにとっての最初の教育者だという。


だが、子から尊敬されるような立派な導師になれるひとはごく少ない。たいがいは反面教師としてああはなりたくないと思われるはず(だけ)である。


人類の歴史も、おおむねそんなものであり、だからこそ人間臭くてよろしいという肯定の仕方は成り立つ。


そうやっていずれ滅びるのもある意味壮大かもしれない。


NO WAR❗️