3年前

居酒屋をやっていた頃の話です。




その日

店は忙しく。

僕の疲れはピークに達していた。

閉店間際

男女カップルとみられるお客様の

お会計を受けた


化粧室に立ったツレの女性の姿が見えなくなるのを確認し

その黒縁メガネの紳士は

僕にチェックするよう

軽く指でバツを書いた。


まさに

世のかっこいいお会計

ナンバーワンだ。


トムフォードのメガネ

キラッと光るロレックスが印象的な紳士だ。


女性がいなくなる間にお会計を済ますことは

こちらもどういうことかくらい承知している


迅速かつ

何もなかったかのようにしないといけない。


飲食店の経験の長い僕は

もたもたする新人のアルバイトを押し退けて

その男性のお会計を優先した。


9000円でございます。


迅速かつ

何もなかったように

お会計を済ます。


女性はまだ戻ってこない。


紳士

『ありがとう、君わかってるね。助かったよ』


いいえ


そう言い僕は立ち去ろうとした


その時


紳士

『これ気持ちだけど』


、、、チップである。


お釣りのチップ

これも慣れっこだ。


日本でチップをいただけるというのは


高いサービスを認められた時で


ホールマンとして最高の瞬間である。


それが

たとえ1000円だとしても。


ありがとうございます

またよろしくお願いします。

僕がそう言って誰も見られないようにそれをポケットに入れ

立ち去った。


女性が戻ってきた。


『そろそろ行こうか』

男性が口元をふく。


女性

「そうね、

あ、今日は割り勘って決めてるんだから

私にも払わせてねっ」


隣のテーブルのオーダーを受けながら

僕は会話を聞いていた。


男性

『そうだったね、割り勘だったな。お会計終わらせちゃったよ』


女性

「今日はダメ。

で、いくらだった?

半分払うわ」


男性

『ああ、22000円だったから

じゃあ君は10000円で大丈夫だよ。


女性

「あらありがとう。

でも結構するのねこの店」


間髪入れずに男性

『まぁ、

よくある事だよ。

完全にやられたな。』


やられたな


やられたな


やられたな?


こ、


こ、このヤロー


このクソヤロー、、、。


女性からお金を巻き上げて


挙げ句の果てに


やられたな、だと。


うちの店を

バカにしやがって!!


僕はバックヤードにいき


怒りで握り潰したチップをポケットか取り出し壁に投げつけた。


こんなお金!!


受け取れるかっっ!!!


僕は天井を眺め

流れる涙をこらえた。


これが

東京かよ。


これが、

俺のやりたいことなのか、、、。


ため息と同時に

転がっているチップに目を落とし


そして


気づく。


もらったのは


ビッグエコーの割引券だった。


はい。


お釣りの千円じゃなくて。


はい。


ビッグエコーの割引券です。




ウォォォォォォォーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!


僕は完全にキレていた


キレすぎて


僕じゃないみたいだった。


営業終了後


キレちまった僕は

スタッフと一緒に


ビッグエコーで

記憶がなくなるまで呑み

暴れたらしい。


次の日


これは聞いて初めて知った事だが


切れていたのは僕ではなく


ビッグエコーの割引券の

有効期間だったらしい。


ウォォォォォォォーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!


ウォォォォォォォーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!


〜完〜