国家とは何かを考える。

経済の成長は国民の生活の向上につながる。
たしかに、それはその通りだと思う。
ただ、国家がどうしてできたのかを考えると、
イギリスのEU離脱は意外でも何でもない。

国家はそもそも、民族自決の精神から形成されたもので、
私たちは民族性をどこまでも受け継ぎながら、
多様化を形成している。

そして、民族性から受け入れられない部分はたくさんある。
日本だって、難民を受け入れるかという問いには、
多くの人間が不安や不満を抱くだろう。
働きたくて来たわけでもなく、手厚くもてなされ、保護され、
国民はその保障のために血税を自分たち以外のために使われる。
雇用を奪われても、治安を維持できなくても。
今の日本でこの状態に陥ったとき、自分やその子供の生活を脅かしてまで、
他人の、しかも文化が違い、仕事や権利を奪いかねない者を受け入れられるだろうか。

経済成長をあくまで、論理的帰結に過ぎず、国家とは何か、
国家は誰のために、何のためにできたのかを考えると、
致し方ない選択と思える。
それでもスコットランドが拒むのは、やはり、もともとブリティッシュではなく、
スコットランドであり、ブリティッシュに統治されているという
歴史的背景が影響していると思う。

アメリカに続き、EUでも多様性の影響が大きく出始めている。
日本でも今後は1000万人の外国人を雇用すると、アベノミクスは謳っている。
今ですら、雇用が安定していない時代に、治安を危ぶむ要素を取り入れてまで、
経済成長させることは本当に幸福な国家なんだろうか。

これから日本もアメリカ的な凶悪犯罪が加速する可能性は十分にある。
毎年、国内の行方不明者は約3万。
しかし、これは氷山の一角に過ぎない。
実際はその2~3倍と言われている。
どれだけが犯罪に巻き込まれていることか。
人身売買も、もはやテレビの中だけの話ではない。
日本人はニーズが高い。
崩壊の一途をたどるアメリカに続くことが本当に幸せなのだろうか。
私には、とてもそうは思えない。