⑩北国街道宿場の狂言

 資料としてさほど重要というわけではないが、当時の風俗や街道のありさまを知ることができ、また、当時の旅行の実態の一面を示している。
 この「吾嬬紀行」は、高田(現在の上越市高田)の人、松島庵富永明が文政7年(1824)に出版したものである。
 その子孫が大正10年に再刊し、上水内郡三水村(現在の飯綱町)渋沢博氏が所蔵されている。
 これは文政6年(1823)に江戸へ旅をしたその旅行記だが、宿場ごとに絵と狂言、会話を組み合わせ、おもしろく書いている。絵は人物ばかりで、また近世の文芸書の文字の読み方の練習にもなるので、絵も掲げた。そして、いたる所にかけことばやダジャレがあり、興味深く書いてある。
また宿駅の名や里程などもあまり正確ではない。
          (上略)
 野尻 柏原へ一里
  こしほそに やせぬ世帯のとめ女 見れば野尻も 大きなる池
  ㄟコレヤ、たび人さん。わしがのじりも あぢのよい 藁麦に 池のふなやはや

 柏原 古間へ一里 (二里)
   富貴なる 宿と 見へけり かしわぱら 按摩も金の とりどころあり
   ㄟゆきかよふ人にハ やどをかしハばら 松のはなしも ござりやんしやう
   ㄟヲゝ、ソフサ、ちとせ ふる間もつるそこだ。よくひねってください 

古間 むれへ一里
   ひき留る 袖を振間の たび人は 雪のはだへの いもと しらずや
   ㄟナンダ、けいせいでも あってきゃくを ふるまか ナンノイなア
    きゃくを ふるまじゃ ないわいのふ

 牟礼 あら町へ二里半
   宿の名の 無礼と ゆふな たび人が、よしや むすめに あしをつけても
   ㄟこゝかこゝかと たづねなんす ひとハ むれいの まちの にぎハひ

新町 善光寺へ一里
   通り行 雲の 袖まで とゞめけん 月に くもりは あら町の宿
   ㄟしっかりと 御やくそくハ いたさぬど あらまちにまちやんした
    サア、おはいりなさんせ 

善光寺 丹波島へ一里 (三里)
   廻壇の 地獄いずれは 極楽の ひかり かゞやく善光寺
   ㄟおきゃくも よふおひかり なんした 
    サアわらじの ひもくれかゝる うそハねヘ ほんだよしみつ

丹波島 屋代へ二里三十丁
   紅葉の うきて ながるゝ いろを見て 丹波島との 名や おハせけむ
   ㄟコレヤ、あの馬のりの だんなさま おきゃくに 丹きこゝろあり
    たんばじまへきてみなんし、ふとい 川だぜ

屋代 下戸倉へ一里 (一里半)
 かたそぎの 行かふ人に 千はやぶる 紙のやしろの 宿は賑ハし
 ㄟ申、おきゃくさん神の やしろにすむ 川のこゝろを くんでおと まりなさい

下戸倉 上戸倉へ半里 (十八丁)
   はやけれど こゝに とまらん あす足の くたびれるのも 下とぐら宿
   ㄟコレもふし とけぬはなしも とぐらのまち、
    またそふもない儀で ござりやんす

上戸倉 坂城へ一里半 (十八丁)
   立かけて いそがぬ 客はとうりうの なぞととぐらの宿の くゞつ女
   ㄟコレもふし、あのだんなさま、おとまりなさんせ、はやくとも、
    そんのなきとぐらの町でござりますから、あすもとぐらに たゝせます

坂城 上田へ三里  (二里)
   おまつりの わたりはじめや くゞつ女の しゃくに さかきの廻るたび人
   ㄟ申、おとまりなさんし、ありがたい まちでござります。
    神のさかきでございます。二かい ざしきをかしハ手のおと、
    さあおはいりなさんせ

上田 海野へ一里  (十八丁)
   十二反 めして まゝよと 商人の 言葉の 
   つやも よき 上田じま 「名物上田紬品々」
   ㄟゑちごより信濃ハ うへ田とまふし ます さてごらうじろ

海野 田中へ一里半 (十八丁)
   やけもせず あらしに軒も いためぬは まことに うんの つよき家造り
   ㄟサア、おとまり なさんし、うんの ある まちでござり ます
    みのまハりも よきふとん、しきたへの まくらも かハさし やんす

田中 小諸へ二里半
   冬がれの 田中の宿の ぬけまいり なりも 案山子に 似て破れ笠
   ㄟコレヤ、このだんな さん、とまらっせいね、
    こゝろよき 田中で ござり やんすから 

小諸 追分へ三里  (一里三丁)
   ぬしもりの かりのちぎりの ひぢ枕 たのしみ うちに こもろ宿かな
   ㄟ人のこぬ夜、我ひとり ざしきにこもろか、もろもろのもの おもひあり
    あかす身ハ、しづかごぜんが わるくハない いろしなのくに 

 追分 沓掛へ一里三丁
   とまる客 とまらぬ客と 右ひだり 追分てゆく 宿の馬かた
   ㄟコレヤ、おきゃくさん、きまいのわるい人ハ あちらへおひ、きのよい人ハ
   こちへわけイヤ、おまいさまハわるいお人 イヤそふでないそふな、
   としがよったら 目がかすみ、はがぬけて、舌がまハるばかりでござりやんす 

 沓掛 軽井沢へ一里五丁
   あしを空に いそぐ旅路の いたづらや 立木の枝に 馬の沓掛
   ㄟ雪のくつかけてや、おくの間に入て、ゆきのはだへの ふりそでむすめ、
    しゃくとりさかなも たんどござりやんす、サア、おはいりな

 軽井沢 碓氷峠へ半里  (二里三十四丁)
  わらハせて 旅のうさをも なぐさむる 按摩はくちの軽井沢哉
  ㄟ天が下ハはてしなきも、しなのゝくにの はてしにあらんと、なごりおしく
  おぽしめの あつきふろのゆちや、よぎふとんも あつあつとあつものそろひの
   御りゃうりながら、はらひといふたら、女らもかるいざハ、あなたのおもにも
    かるいざハにしてと おしゃんす