春泥先生の『月食奇譚』の解釈と考察です。この記事はネタバレを含みます。
「どこにも居場所のなかった星野の前に現れた、謎多き同級生の山田。彼の真実に触れたとき、運命の歯車が回りだす……宿縁の呪い、連なる因果、猟奇と純愛の物語。」
こちらが公式の紹介文になります。
表紙で眼鏡をかけている方が、星野くん。口元から血を垂らしている方が、山田くん。そして、二人の首には一本の縄が掛かっています。
「愛しているから×す」
「×して愛を永遠のものにする」
山田くんは、稀代の推理小説家、黒岩鬼退治という男の生まれ変わりです。黒岩はなんとも独特な哲学の持ち主であり、自分に愛を告げた少年たちを×すことで、その愛を永遠のものにしようと試みてきました。
当然ながら、「×して愛を永遠のものにする」という独り善がりな思想がお相手の少年たちに理解されることはありません。優しかった黒岩先生が突如豹変して自分を×そうとしてくる訳ですから、少年たちは無念と恐怖の中で息絶えてゆきます。
「恐怖の味が知りたい」
黒岩は少年たちが恐怖におののく様を見て、羨んでいました。家に招いた少年たちはみな、恐れながらも身体をひらいて、恐怖と快感が混ざりあってなんとも言えぬ姿に化けていくのです。恐怖とはさぞ魅力的な感情なのでしょう。黒岩はそれを自分も味わってみたいと願うようになります。
「ぼくが恐怖を教えてあげたい」
黒岩の×人現場を目の当たりにしても、彼を愛し続けてしまった少年がいました。その少年の名は月村照。星野くんの前世です。月村は黒岩と交わりながら、愛する黒岩先生の念願を叶えてあげたいと思いました。誰も教えてくれないのなら、自分が黒岩先生に恐怖というものを教えてあげたい、そう思いました。
「ぼくは百年前、山田くんに×された」
月村はその後、黒岩に×されました。黒岩の×人を通報したからです。愛しているからこそ、黒岩先生自身のためにも罪を償ってほしい。月村が死に際に口走った言葉に、黒岩はこう返しました。「僕を本当に愛してるというなら 来世で会おう」。月村は首を絞められて、息を引き取りました。黒岩はその光景を小説の一部にしました。黒岩は、少年たちを×すたびにその様を小説に著していました。月村くんの死について書かれてあるところを抜き出します。
「長いあいだ見とれた。そ×××××光景が美しかった。私は愛を持ってした。彼××死にざまこそ、哀れにも惨めであったが、実に幸福であった。例え親からも、これほどまでに愛されたことはあるまい。」
×で伏せてあるのは、読み取れなかった部分です。
この小説を月村の生まれ変わり、星野くんが読んだところで物語は真実へと踏み込んでいきます。星野くんは理解しました。山田くんのことを黒岩と呼び、彼を×そうとした少年たちの正体を。彼らは前世で黒岩に×された少年たちの生まれ変わりで、復讐のために山田くんを×そうとしていたのです。
「先生」
全てを理解した星野くんは、山田くんの腕を引いて家へと連れ帰ります。記憶を取り戻した星野くんは、前世で黒岩をそう呼んでいたように山田くんのことを「先生」と呼びます。そう呼ばれて山田くんも、星野くんがこの輪廻を理解したことを察します。山田くんには、黒岩鬼退治として生きていた頃の記憶が完全にあったようです。山田くんは、自分の運命について語りました。前世で×めた少年九人全員から同じ方法で×されるまで、何度でも生き返って、永遠に×ねないのです。星野くんは言いました。それは九人もの命を奪った報いである、と。
「山田くん」
星野くんの言葉を聞いた山田くんは、つまらなさそうな顔をして言い放ちました。「じゃあ×せよ」。僕が憎いなら、×してお終いにすれば良いと。前世で×した少年九人の生まれ変わりのうち、まだ山田くんを×していないのは星野くんだけ。星野くんから×されれば、きっと不死の呪いから解放されることができます。しかし、星野くんは頷きませんでした。「山田くんを×すなんてできない」と泣き叫びました。
ここで、山田くんと出会った日のことを回想します。学校で虐められ、家庭にも居場所のなかった星野くんは、悲しみに暮れながら校庭を見下ろしていました。希死念慮のままに身を乗り出そうとしたところで、山田くんが現れました。
「乗りだしちゃあぶないよ 星野輝道君」
それからというもの、山田くんはいつもそばにいてくれました。山田くんと過ごす日々は楽しくて幸せで、山田くんはいつしか星野くんの生き甲斐になっていました。
「それでも愛してる」
全てを理解してなお、山田くん、そして黒岩というひとつの魂を愛し続けてしまうことを知った星野くんは、山田くんからの心中の誘いに乗ります。「また転生したら、僕らは本当に永遠に結ばれるかもよ」、そう述べる山田くんの表情はいつになく優しいものに見えました。
「恐怖を教えてあげたい」
ふたりはキスをして、そのまま体を重ねます。「君のいない世界なんて生きてても仕方ない 一緒に×のう山田君」。ストレートに愛情をぶつけてくる星野くんに、山田くんは口元を弛めます。そして最期。星野くんはハサミを手に取り、山田くんを滅多刺しにします。しかし、山田くんは×ねません。「僕を×した同じ方法でないと、多分×ねないんだね」。星野くんは何度も何度も、間違った方法で山田くんを×します。血塗れで生き返る山田くんを眺めながら、星野くんは幸せそうな顔で繰り返します。「また会えてうれしい」。何度も×しておきながら、生き返るたびに嬉しそうな顔でこちらを見つめる星野くん。
「こわい、こわいよ たすけてくれ」
山田くんは恐怖で怯えつつも、満ち足りた顔をしていました。恐怖を味わいたい、そんな黒岩の念願が叶った瞬間でした。その様子を見た星野くんは、今度は正しい方法で、山田くんの息の根を止めました。これで山田くんの命は本当に終わりました。
山田くんの亡骸に、星野くんは語りかけます。他の少年たちは、一度山田くんを×すと前世に関する記憶が全て消えてしまいました。それは、山田くんを×すことで前世の少年たちの無念や憎しみが清算され、前世の彼らが黒岩へ掛けた呪いである、同じ方法で×されてほしいという恨みが晴らされたからです。復讐の最中は、前世の彼らが今世の彼らの精神を完全に乗っ取っています。そのため、前世の彼らが知り得ない「山田くん」という呼び名を用いることはありません。
しかし、星野くんだけは山田くんを×しても前世からの記憶が消えないままでした。星野くんだけは、月村でありながら、星野くんとしての精神も保ったまま山田くんを×しました。それゆえ、星野くんだけは山田くんを×しながら「先生」「山田くん」、両方の呼び方をすることができました。そしてそれは、月村と星野くんが同一の意識を共有していることを意味しています。同時に異なる人間の意識を共存させることはできませんから、月村と星野くんは、黒岩と山田くんがそうであるように、同一の魂です。星野くんは、月村に乗っ取られている訳ではなく、記憶を引き継いだまま生まれ変わった月村です。
星野くんに掛けられた呪いが解かれる条件とは何でしょうか。それはきっと、「山田くん、もとい黒岩先生に恐怖の感情を教える」ことでしょう。前世、愛する黒岩先生は、恐怖を知りたいと言いました。そして月村は、黒岩のことを愛しているから、恐怖を教えてあげたいと思いました。生まれ変わって再開し、山田くんに恐怖の感情を与えたのはまさに、月村からの最大の愛情表現であったと言えます。言い換えると、呪いが解ける条件とは「愛を伝えること」でした。
「ラストシーンのセリフの続き」
以上を踏まえて、ラストシーンのセリフの続きを補完します。事切れた山田くんを見つめながら、星野くんが呟きます。
「多分ね山田君」
「呪われているのはきみだけじゃない 僕もなんだよ」
「だってあの通り魔は僕らの記憶が消えていたんだ」
「でも僕はきみのことおぼえていたよ」
「それってつまり……」
僕はあなたを愛していると伝えるために、生まれ変わったんだ。
言い回しはもっと良いものがあるかもしれませんが、大意はこのようなものではないでしょうか。純愛です。
「本当の愛が産んだ呪い」
黒岩は月村の首を絞めながら、次のように告げました。「僕を本当に愛してるというなら来世で会おう さよなら月村君」。「先生……ぼくは……あなたを……」。月村は返し終わる前に絶息しました。黒岩の言葉に呼応して、伝えられないままに終わった月村の本当の愛はふたつの呪いを生みました。ひとつめの呪いにより、黒岩は生まれ変わっても月村の愛を受け取るまで×ぬことができなくなりました。月村は今際で黒岩を憎まなかったのにも関わらず、星野くんに×されるまで山田くんが×ねなかった理由はここにあります。恐怖という形で星野くんの愛を受け取ったことで、この呪いは解けました。
ふたつめの呪いにより、月村は愛を伝えるべく、自分自身を星野くんという形で転生させました。呪いには、解かれると呪いが発動した事実もかき消えるという性質があります。巻末から二枚目の223ページの二つのコマでは、山田くんを×した二人の少年が何ともないように日常生活を送っている様子が描かれています。呪いが解かれたことで、呪いによって山田くんを×したという事実もこの世から消え去り、彼らは彼らの元の生活に戻ったのです。同級生の少年の額には傷が残っていますが、晴れやかな表情を見るに、山田くんを×した時に星野くんに風呂場の椅子で殴られ、怪我を負ったという一連の流れは記憶にないようです。
「星野くんの正体」
呪いが解かれると、呪いが発動していた事実も消えて失くなる。それは星野くんの身にも例外ではありませんでした。星野くんの正体とは、月村の生まれ変わりであり、月村の呪いそのものでした。月村の呪いから産まれ、月村の呪いのために存在を保障されていました。とすれば、その呪いが解かれた時、星野くんの存在は世界から失われます。
「あ そうだ、お風呂掃除輝道に頼もうかしら」
「て……」
「て?」
これは、星野輝道が消えた瞬間です。そして、黒岩先生に愛していると伝えたいという月村の願いが成就した瞬間でもあります。
読み終わったところで、もう一度表紙を眺めます。二人の首に掛かった縄は、呪いという名の愛のメタファーです。月村が星野くんと黒岩を呪った犯人であることを告白するかのように、縄の一端を星野くん(月村)が握っています。
グロテスクでダークな物語ではありますが、間違いなく純愛です。首にかかった縄を、運命の赤い糸と見立てることもできるでしょう。来世で、この二人はきっと結ばれます。
初投稿にして長い記事になってしまいましたが、ここまでお付き合いいただきどうもありがとうございました。人によって(特にラストシーンの)解釈が異なっているので、Amazonレビューなどで他の方の解釈も読んでみるとさらに楽しいです。
