思えば 転校ばかりしていた。あの土地この土地を転々とした。 差別的な酷い虐めにばかり遭っていた。「こんな時に仲間がいればな…」 いつも1人だった。 登校拒否になる手前、精神を壊しても 親に心配をかけまいと、無理矢理スクールに行っていた。 以降、Artが何よりの宝物になった。時には悲鳴をあげる感性。「個・個性が強すぎる」と日本では其れを理由に、常に疎外され恐れられていた。 物凄い圧迫感で窒息する毎日だった。活発だったのに、物静かな感情に抑揚のない青春時代だったが…… 今はまだまだ沢山の事を勉強したいです。凝りだしたら歯止めがきかないので、なるべく手を出さない、興味は抑える。 でも私の人生。否定されよが避けられようが、関係ない。 此が私だから。