前回は、死生学を通じて、霊的な人生観を受け入れると、自分も、あの世に還ればまた愛する人と会えるのだということ。

 

 

 

 

何より、こちらから大切な人の声を聴くことはできなくても、あの世に還った人はいつでも、私たちを見守り、話しかけることができるのだということをお伝えしました。

 

 

 

実は、こうしたことを裏付けるように、大切な死者との再会と対話を通して、心と体と魂が癒されていくような「悲嘆療法」という技法があります。

 

 

 

 

大切な人を失った直後は、さまざまな感情や思いが去来しますし、少し落ち着いた頃にご本人が望まれればではありますけれども、グリーフケアを図る上で、非常に大きな癒しをもたらすアプローチと言えます。

 

 

 

 

大切な死者と対話をするというアプローチ自体は、さまざまなセラピーで扱っていることかと思います。

 

 

 

 

ゲシュタルトセラピーには、非常に有名な「エンプティチェア」という技法があります。

 

 

 

 

この技法を使って、亡くなられた方との対話を図ることは、以前から試みられていた手法と言えます。

 

 

 

 

このアプローチだけでも、非常に効果があります。

 

 

 

 

2つのイスを用意し、自分の対面には、大切な人が座っていると思って、大切な人との間で未完となっているさまざまな思い、後悔や申し訳なさ、思慕の思いや喪失感を伝えていきます。

 

 

 

 

十分に伝えられたと思ったら、今度は、もう一つのイスに座って、大切な人になりきってその思いを聞いてなんと答えるかを語っていきます。

 

 

 


その後、何度も納得がいくまで、自分と相手の双方の立場に立って対話を続けていきます。

 

 

 

 

このように書くと、そんなことができるだろうかと思われる人が多いのですが、かなり深いところでの実感を伴ったやり取りができるため、たくさんの気づきとともに、深い癒しと完了がもたらされるアプローチです。

 

 

 

 

一方、「悲嘆療法」は、グリーフケアのためのヒプノセラピーの技法です。(「悲嘆療法」村井啓一編著 静林書店)

 

 

 

 

この悲嘆療法は催眠下、二度と語りあえないと思っていた大切な人と潜在意識化でコミュニケーションが図れるため、相互理解が生まれ、悲嘆者に深い心と体と魂の癒しをもたらすアプローチと言えます。

 

 

 

 

前世療法や悲嘆療法などヒプノセラピーは非常に素晴らしいセラピーですが、はじめての方の場合、3時間程度の時間を必要とすることや、料金的にも3万円以上かかることが多いため、誰にでも気軽に受けられるものではありませんが、興味のある方は、悲嘆療法の先生を調べて受けて見られるとよいと思います。

 

 

 

 

こころカフェでも、希望される方には、エンプティチェアでの対話も、イメージワークとしての「悲嘆療法」を経験していただいています。

 

 

 

 

これを経験すると、頭のレベルではなく深いところでの癒しや気づきが生まれるため、本当に癒されますし、心が落ち着いていかれるようになります。

 

 

 


どんなに、死後があると言われても、実際に大切な人を失った悲しみや喪失感は簡単に癒えるものではありません。

 

 

 

 

けれども、心の奥深くに、その大切な死者からの「声」が「メッセージ」が確かに届けられ、二人の間でなされた対話は間違いなく、悲嘆者の方の辛い心を解き、溶かしていくものになることでしょう。

 

 

 

 

こうした試み自体、とても勇気がいるものですが、心の準備ができた時は、ぜひ貴重な体験をしてみてくださればと願っています。

 

 

 

今日は、次回の続きです。

 

 

 

死んだらどうなるか、その死後の世界を研究している「死生学」と言うものがあります。

 

 

 

 

日本でも、加藤直哉先生と言う医師が「人は死んだらどうなるのか」(三和書籍)と言う題名で、科学的に死後の世界の証明をされているご本があります。

 

 

 

 

加藤先生は「臨死体験」「過去生療法」「生まれる前の記憶を持つ子供たち」など、死生学研究で3つの博士号を持っており、死を学べは生き方が変わるのだと説かれています。

 

 

 

 

臨死体験も、過去生療法も、生まれる前の記憶を持つ子供たちも、海外では研究が進められていますが、加藤博士は、反論する立場の方の意見も比較考量しながら、科学的に論証を進めているのが特長と言えます。

 

 

 

 

科学的な検証自体に興味のある方は、ぜひ書籍を実際に読んでいただくのがいいと思います。

 

 

 

 

加藤先生は、医学的調査データを基に「臨死体験」、「過去生療法」、「生まれる前の記憶を持つ子供たち」という3つの研究結果のまとめとして、

 

 

 


死後の世界は存在すること


人は何度も生を繰り返していること


カルマ(因果応報)の法則が存在すること


などの事実に到達すると書いています。

 

 

 

 

加藤先生ご自身が、生と死のはざまで苦しんでおられた時に出合ったのが死生学研究で、この研究を通して「生きる力」「死ぬ力」を与えられたと言います。

 

 

 

 

「人生は思い通りにならないからこそ価値がある」


「神は乗り越えられる試練しか与えない」という「生きる力」

 

 

 

 

「死後は全ての痛みや苦しみから解放される」


「死後、先だった愛する人たちや守護天使が迎えに来てくれる」


「死後に出合う光は、完全な愛そのものである」という「死の恐怖から抜け出すこと」

 

ができるようになったと書かれています。

 

 

 

 

現在の死生学研究の中で、私たちが実際に体験が可能なものは何かというと、過去生療法です。

 

 

 


催眠療法の一つである過去生療法で、自分の過去世の人生がわかることで、現在の人生の意味に気づけたり、天国のような死後の世界を体験したりすると、たとえ証明はできなくても、魂レベルでの納得感、実感が伴うものです。

 

 

 

 

死生学はまだ、日本では十分に確立されている分野ではありませんし、死生学的研究においても、科学的に100%証明できるかと言えばそうではないでしょう。

 

 

 

 

そもそも目には見えない、人知を超えた世界を、人間が全て科学で証明できると考えること自体に無理があるかもしれません。

 

 

 

 

でも、死んだら何もかもが終わりと考え、もう二度と愛する人と会えないのだと思い、嘆き悲しむのと、肉体が死ぬことによって、しばらく会えることはなくても、あの世で幸福に霊的存在として暮らしているのだと思うのでは、まったく違うとは思いませんか。

 

 

 

 

自分も、あの世に還ればまた愛する人と会えるのだということ。

 

 

 

 

何より、こちらから大切な人の声を聴くことはできなくても、あの世に還った人はいつでも、私たちを見守り、話しかけることができるのだということでもあります。

 

 

 

今日はここまでにさせていただきますね。

 

 

 

次回は、亡くなった大切な方と、潜在意識化で対話を通して、心と体と魂を癒していく「悲嘆療法」について、お話をさせていただきたいと思います。

 

 

 

 

グリーフケアの場で、「人は死んだらどうなるのか」と言う死生観について話をすることは、表だってはしにくい空気を感じることがあります。

 

 

 

敗戦以降の日本では、GHQの意図もあってか、政治や教育から宗教を切り離し、信仰や宗教をタブー視するような傾向が生まれたようです。

 

 

 

 

日常生活の中でも「なんか宗教臭い」「これは宗教じゃありません」など、神や仏を信じる方が悪いように言われることもありますね。

 

 

 

 

国際調査では(2006年から2008年)日本は宗教を持つ人が25%しかおらず、世界143ヵ国中、共産主義国に混ざって下から8番目に宗教を信じていない国として、ランクされていました。

 

 

 

 

一方で、生まれ変わりを信じている人は、33カ国中、42.6%と上位8位にランクされているそうです。

 

 

 

 

少し不思議な気もしますが、最近は若い人を中心に、宗教には距離をとっているけれども、スピリチュアルなものは信じていると言う人が増えてきているからかもしれません。

 

 

 

 

心理療法の中でも、魂の存在や霊的世界観を扱うトランスパーソナル心理学や、ヒプノセラピーとしての前世療法や悲嘆療法などが、あの世の存在や永遠の生命、転生輪廻などを取り上げるようになってきています。

 

 

 

 

私自身も、人間は永遠の生命を持ってこの世とあの世を転生輪廻している霊的存在だと信じている1人です。

 

 

 

 

霊的な体験や、自分の過去世をいくつも明確に記憶として持っている人間だということもありますが、私の周りにも過去世の記憶を持っている人はたくさんいますし、臨死体験や、生まれる前の記憶を持っている方々もいらっしゃいます。

 

 

 

 

霊的人生観を持っていると、この世で生きる意味や、人が生き、人が死ぬということはどういうことなのかという問題意識は、人生の折々に育まれていくように思います。

 

 

 

 

ただ、現在の日本では、肉体が死んだら、何もかもなくなるのだと言う人間観、人生観を持っている方はまだとても多いですね。

 

 

 

 

この世に生まれ落ちてから、家庭でも教育でもマスコミでも、唯物的で科学万能の見方や考え方しか教わっていなければ、無理もないかもしれません。

 

 

 

 

けれども、大切な人を亡くした時、その方がどのような死生観を持っているかで、その後のあり方がやはり大きく異なってくるように思えます。

 

 

 

 

特に、お子様や配偶者など大切な方を、思いもかけない形で失った時は、たとえどんな人生観、死生観を持っていたとしても、想像できないほどの衝撃や苦しみ、悲しみがあることでしょう。

 

 

 

 

愛する人を失うと言うのは、人生の苦しみの中でも最も大きな苦しみといえますので、その悲しみや寂しさは誰もが避けることはできないだろうと思います。

 

 

 

それでも、人間が霊的な存在で、たとえ肉体は死んでも、魂は永遠の生命をもって、あの世に還っていくという死生観を持っていると、その後の捉え方は異っているように思えます。

 

 

 

 

先日、知り合いのご家族のご主人が亡くなりました。

 

 

 

 

3人のお子さんがいて、1番小さな子はまだ小学生です。

 

 

 

 

奥様のお気持ちも、残されたお子さんたちの健気さを思うと、涙が流れてしようがありませんでした。

 

 

 

 

ただ、このご家族は、お子さんも含めた全員が、お父さんの肉体は死んでも、本来の世界であるあの世に還っただけ、この世には魂修行のために出てきていて、本当の世界は天上界にあると捉えている方々でした。

 

 

 

 

お通夜の日、1番下のお嬢ちゃんが私に「お父さんの死んだ顔、見ましたか? 笑顔になっていたでしょう。」と、とてもうれしそうに話すのです。

 

 

 


どんどん痩せていくお父さんを見ていましたが、最後に入院する時はもう会えないと覚悟していたのでしょう。

 

 

 


寮に入っていたお兄ちゃんたちが、終業式が終わって帰ってきた午前中に、お父さんと会うことができると、その晩お父さんは亡くなられました。

 

 

 


「私は入院前に会えたし、お兄ちゃんたちもお父さんに会えたからよかった」


「お父さんは、〇〇にいい人生だったって話してくれたの」と話してくれました。

 

 

 

 

そのお父さんも、私が去年の暮れにお見舞いに行った折に、「まだこの世に使命があれば、良くなるかもしれないし、あの世に使命があるなら、それでもいい」とすでに受け止めておられました。

 

 

 

 

この方の場合は、突然の死ではなく、既に余命宣告を受けておりましたので、急に亡くなられた方々とは少し事情が違うかもしれません。

 

 

 

 

それでも、改めてその人がどんな死生観を持っているかは、やはり大きいなと思えた出来事でもありました。

 

 

 

 

死んだらどうなるかは、目には見えないことなので、本当にそれが分かる方は限られてくるかもしれません。

 

 

 

 

けれども、死んだらどうなるか、その死後の世界を研究している「死生学」と言うものがあります。

 

 

 

次回は、この死生学についてお話ができたらと思います。

 

 

 

 

 

 

 

「こころカフェ」主宰者の★ゆきは、クリニックでは、以前よりグリーフケアやトラウマケアをさせていただいています。

 

 

 

その一方で、個人の仕事の方では、やさしいビリーブセラピーを立ち上げ、心の成長のためのグループワークも大切に考えてきました。

 

 

 

コロナが長引く中で、大勢の方が無意識のうちに恐怖心や不安感を抱え、そこに加わる死別による悲嘆や喪失体験は、これまで以上に苦しいものになっていると感じるようになりました。

 

 

 

コロナによる死者の増大も、海外の争乱も、国内での天災も、現代ではいつ、何が起きても不思議ではない状態と言えます。

 

 

 

そんな中、私自身、昨年母を亡くしたことをきっかけに、グリーフケアのための心の広場を開く必要を考えるようになりました。

 

 

 

私は、人間の本質が肉体ではなく、永遠の生命を持った霊的存在で、この世とあの世を転生輪廻しているという人生観、死生観を持っています。また、心のつらさを自分でケアすることもできます。

 

 


そんな私でも、高齢の母親が亡くなって、心が動くなら、そうしたすべをもたない方の心の痛みはどれほどかと思えました。

 

 

 

母のいなくなったリビングに入った途端、心の奥底から叫ぶように泣いた私でしたが、心が落ち着いたとき、母が「この家でグリーフケアの集まりをやってみたら」と言ってくれたように思ったのです。

 

 

 

当初は遠くの方にも参加していただけるようにとオンラインを考えていましたが、そうした場は、すでにほかのグリーフケアの機関でも用意されています。

 

 

 

今必要なのは、体面で実際につながりあうことではないかと、この4月より東京は目白の片隅で、少人数の方々で和やかな集まりを開催させていただくことにしました。

 

 

 

日本ではあまり語られていない「死生観」を大切に、シンプルでありながら効果的なセラピーも用いながら、グリーフのための心の広場、癒しの広場になれたらと願っています。

 

 

 

大切な方を失って、グリーフケアを必要とされている方に、最初は勇気がいるかもしれませんが、もう一つの「心の居場所」として、お気軽にご参加くださればと思っています。

 

 

 

「こころカフェ・グループミーティングのはじめに」

 

 

 

こころカフェがどのようなものであるか、参考になるかもしれませんので、毎回、最初に読み合わせる「こころカフェ・グループミーティングのはじめに」をご紹介しますね。

 


「こころカフェ」グループミーティングのはじめに

 

1 グループミーティングの目的は、喪失の悲しみを癒し、心の回復と人生の再生を図るためです。

 

2  私たちは、人の話を聞くとき、「愛とは聴くこと」「愛とは理解すること」であることをいつも思い出します。

相手の心に寄り添い、ありのままを受け入れながら、理解するつもりで話を聴くことを心がけます。

 

3 私たちは他の人の悲嘆と比較をすることなく、違いを大切に、相手から学ぶことができます。

 

4 グループに参加するのは、自分の問題に取り組み、自分自身を癒すためであり、自分で答えを見つけられるように、自らの内なる導きをサポートしていくためのものです。
アドバイスをしたり、他の人を変えるためではありません。

 

5 グループミーティングで語ることは、どんな問題、体験、感情であっても、自分を理解し、受け入れていくプロセスのために、心を開いて、自己を表現していきます。
そして、話したくないこと、やりたくないことに対しても率直でいることができ、尊重されます。

 

6 グループミーティングは、あらゆる年齢の人々が、互いに安心して分かち合い、繋がり合える安全基地であり、心の広場です。

 

7 グループで分かち合った情報は、すべて秘密厳守です。

 

 

≪こころカフェについて≫

 

 

こころカフェは、2023年3月現在、お休みをさせていただいています。
ただし、ご質問やお悩みのある方は、遠慮なくお問合せくだされば幸いです。

 

 

■「こころカフェ」は、継続参加を推奨しています。

 

こころの癒しと回復のためには、毎月2回、合計10回の継続した参加を推奨しています。
ただし、ご事情のある方は、定員になっていない場合に限り、ご都合のいい時に参加していただくことができます。

 

 

【開催日】 現在休止中

グループミーティング+心理セラピーワーク(120分) / ティータイム(30分)

 

 

【開催場所最寄り駅】 JR目白駅・西武池袋線 椎名町駅・副都心線/有楽町線 要町駅

 

 

【定員】 5名

 

 

【参加費用】 10回       20.000円(税別)
         1回         3.000円(税別)

 

※10回分をお申込みの方は、欠席されても、その分は1年間有効です。

 

 

 

【お申込】下記、アドレスまで、件名を「こころカフェ参加申し込み」としてお申込みください。

friends@jikotonotaiwa.jp  濱名幸子宛

 

※折り返し、原則24時間以内にお返事をさせていただきます。
(携帯からのご連絡の場合は、必ず、PCアドレスが受け取れるように、よろしくお願いいたします。)

 

 

 

限られた時間と空間ですので、ご参加になれない方も多いことと思います。

 

 


お辛い気持ちを抱えられている方のお心が、少しでも癒されていかれますように、心よりお祈りしております。

 

 

 

 

 

ある50代の女性Cさんが、ご病気で入院されていたお父様を、リハビリのために知り合いの施設に転院させたところ、その施設でコロナに罹り、あっという間に死に目にも会えずに亡くなられてしまいました。

 

 

 

ご自分の親友(だと思っていた方)の夫が経営している施設で、転院する直前に施設でコロナが発覚していたにもかかわらず、説明もなく、転院を受け入れたことにどうしても納得がいきませんでした。

 

 

 

その女性は、旅行が大好きな父親のために、また元気に旅行を楽しんでもらいたいとリハビリ施設に入れたのに、自分が父親を死なせてしまったと、非常にご自分を責められていました。

 

 

 

お父様がコロナにかかった折の連絡も、非常に簡単なもので、次に連絡があったときにはもう亡くなったという連絡であったこと、その経過やどのような処置が施されたかの回答もあいまいだったそうです。

 

 

 

さらに、ショックだったのが、親友だと思っていたのに、次に会ったときは、施設の関係者として自己保身としか思えない態度で、そこには何らの誠意も感じられなかったことに、非常なショックを受けられたのです。

 

 

 

Cさんの場合は、父親の死と親友の喪失が重なりました。

 

 

 

父親をその施設に入れてしまった自責の思いや、楽しみにしていた旅行に連れて行ってあげられなかった後悔、尊敬していた父親を突然失ったショック、親友に裏切られたようなショックと親友の喪失、さらには、数年前の離婚の傷もきちんとは癒えていない状態でした。

 

 

 

このように、コロナ禍で十分にお見舞いに行くことも許されていない時期に、父親を突然コロナで失うだけでもショックなことです。

 

 


そこに親友との葛藤や喪失が加わり、まだ癒えていない離婚時の痛みが加わったことで、眠れなくなり、食事もとれなくなって、会社を休職して治療にあたられることになりました。

 

 

 

頑張り屋で、全てを飲み込み、誰にもご自分のつらい気持ちを話せないことも大きかったと思います。

 

 

 

Cさんの場合、自分が父親を死なせてしまったという自責や後悔の気持ちがとてもお強く、十分にお話を伺いながら、TFTやEFTのタッピングメソッドを用いて、丁寧に感情の軽減を図っていきました。

 

 

 

その後、施設や親友への怒りや不信感、悲しみ、許せなさの解放や、離婚時の心の痛みまで解消を図っていきました。

 

 

 

離婚時の夫への不信感と、親友への不信感が重なるところがあり、人への信頼感を取り戻していくことが自分の課題だということにも気づきを持たれたころから、だんだんに心が落ち着かれていきました。

 

 

 

その頃にお父様にお手紙を書いてみたらとお話をして、実行されたことで心が軽くなり、笑顔を取り戻していかれました。

 

 

 

この方の場合、仕事自体に問題がある方ではなかったので、その後職場のリワークの指示を仰ぎながら、4カ月ほどの休職で復帰をなさいました。

 

 

 

コロナ禍が続くと、コロナに対する恐怖心や、これから世の中はどうなっていくのだろうという不安で、社会も人の心も恐怖心や不安感に支配されがちになります。

 

 

 

この恐怖心を抱え、すでにストレスフルになっている中で、ご自分の家族にコロナで亡くなる方が出るというのは、突然の感染と死に目に会えない無念さで、本当に心に抱える喪失感や孤独感は想像以上のものになります。

 

 

 

そして、そのつらさを他の人に言えず、理解も得られず、他の人との交流も遠ざける傾向があると、心身への負担は相当大きなものになってしまうことは明らかです。

 

 

 

その上に、別の喪失感や葛藤が重なる場合は、どうしてもグリーフも強く、またグリーフケアに必要な時間も、長い時間を必要とする場合も出てくるようになります。

 

 

 

どうか、ご自分だけでは心が苦しすぎる場合は、グリーフケアの分かち合いグループやカウンセリングをお受けくださればと思います。

 

 

 

(なお、事例は個人が特定されないように、これまでのケースを踏まえて書いています)

 

 

 

 

私自身、母親を昨年亡くし、その頃からビリーブセラピーでも、死生観とシンプルだけれども効果のあるセラピーを取り入れた、グリーフケアの集まりを持ちたいと考えるようになりました。

 

 


ご興味のある方は、「こころカフェ」を2022年4月からスタートする予定ですので、お気軽にご相談くださればと思います。

 

 

 

また、ご自分の人生の振り返りや再生が必要な方には、心と体と人生の再生を図る「ヒーリングカレッジ」(詳細はこちらへ)を開催していますので、よろしければご覧になってみて下さい。

 

 

 

 

これまでの研究の中で、悲嘆からの回復にはさまざまなプロセスがあると論じられています。

 

 

研究者によって、その段階やプロセスの捉え方も異なりますので、そこにこだわるのはあまり意味がないかもしれません。

 

 

何より、多くの方と接していく中で、大切な人を失ったことは同じでも、それ以外の要因が全く異なるのに、同じプロセスを経ると考える方が、無理があるのではと感じています。

 

 

 

それでも、ご自分に起きるさまざまな感情や状態は、決して病的なことではなく、悲嘆からの回復のプロセスの一つであるのだと理解し、受け止めていただくことはとても大切です。

 

 

 

自分に起きるさまざまな感情や思い、状態を受け入れながら、ご自分のペースで心を癒していっていただけたらと願っています。

 

 

 

グリーフは、心の奥底には、言葉にならない本質的な哀しみがあると言えます。そのうえで、さまざまな研究の中で知られてきている、喪失体験がもたらす悲嘆には、次のようなプロセスがあることを知っていると、助けになるかと思います。

 

 

 

 

■ショック・混乱・無感覚

 

・大きなショックを受け、精神的に混乱します。

 

・食欲がなくなったり、ぐっすりねむれないこともあります。

 

 

 

■喪失の感情・故人との過去の記憶

 

・怒りや不安、孤独感、後悔や罪悪感、自責の思い、死への恐怖心、過去の記憶を思い出しての思慕、喪失感

 

・故人と葛藤があった場合は、許せない気持ちや素直に悲しめない複雑な悲嘆となり、長引くことがあります。

 

 

「死ぬ瞬間」の著者であり、「死の受容のプロセス」で有名なキュープラロスは、「悲しみ抜くことそのものに、癒す力がある」と語っています。

 


こんなにつらい感情が嵐のように起きるのは、自分がおかしくなってしまったのではと思う方もいらっしゃいますが、十分に悲しみ抜くことは、フリーフケアにとって、とても大切なことだと受け止めてくださればと思います。

 

 

 

引きこもりや抑うつ ― この時期が一番つらく絶望的に感じられる

 

・日々の生活への関心の欠如

 

・未来や人生に目的を見つけることができなくなる

 

・落ち込みや絶望感

 

・疲労感が強まり休息が必要になる

 

・頭がおかしくなったのではと感じる

 

 

抑うつの感情が生じますが、抑うつ気分が中核症状であるうつ病と異なるのは、グリーフの場合は、故人への思いとしての空虚感、喪失感が主なるもので、職場や人の前では辛さがまぎれたり、忘れられたりします。

 

 

 

■癒しと再生

 

・思い出の反芻は苦しいですが、これが悲しみを少しずつ癒していきます。


 そうして大事な人は戻ってこないというあきらめの気持ちを経ながら、転換期が訪れるようになります。

 

・身体的な欲求や社会的な関心、意欲が少しずつ回復します。

 

・故人のいない生活に適応しながら、自分らしい新たな生き方や方向性が生まれます。

 

 

 

今日はここまでにさせていただきます。

 

5回目の最後は、「コロナ禍のグリーフケア」をお伝えしますね。

 

 

 

※死生観とシンプルでも効果のあるセラピーを取り入れた、グリーフケアの集まり「こころカフェ」が4月より始まります。

 

 

 

 

昨日は、悲嘆が複雑になる要因として

 

 

1 誰が、どのようになくなったのか

 

2 故人との愛着関係(愛憎の葛藤)

 

3 過去の喪失体験や既往症

 

4 本人の性格や環境

 

5 周囲のサポートの有無な度をお伝えしました。

 

 

そんな中でも、癒しに時間がかかるケースには、やはり特徴があるように思います。

 

私が現場で実感するのは、特に下記の3つです。

 

 

 

1 どのように亡くなったか

 

予測なく、突然に事故や病気で急死された場合、自殺された場合、そして、それがお子様や配偶者であった場合のグリーフはどうしても大きいと言えます。

 

人生で経験する最も高いストレスが、配偶者やお子さんの死だと言われます。

 

お子さんの場合は、特にご自分の一部を失ってしまったがごとく、その事実を受け止めること自体に時間がかかることでしょう。

 

また、事件に巻き込まれるなど、非業な死を遂げられた場合の家族のお気持ちは、計り知れないものがあって当然であろうと思います。

 

最近では、コロナで死に目に会えないまま、愛する人が亡くなってしまわれ、後悔や自責の思いが強まるケースも増えています。

 

 

自分の大切な人の死が、あまりにもつらい状況下で生じた場合、何らかのセラピーや分かち合いだけで簡単に癒されないのも当然です。

 

十分に悲嘆を味わう中で、癒しのプロセスを歩みながら、深い喪失感には「時薬」もどうしても大切と言えるかもしれません。

 

 

そして、人は死んだらどうなるのかという「死生観」や「人生の意味」を抜きにして、グリーフケアはないのではと私自身は考えています。

 

なぜなら、その人の持つ死生観によって、死の受け止め方も悲嘆の深さも異なるからです。

 

 

現代では「肉体が死ねば、それでおしまい」という唯物的な考え方を信じている人の方が多いかもしれません。

 

一方、「肉体は乗り物であって、肉体が滅びても運転手である魂は天国に還り、永遠の生命をもって転生輪廻をしている」という霊的人生観や、人は死んだら天国に還るというような宗教観を持っている人もいます。

 

そうした死生観、死後の生をどう考えるかは、人の生き方にも、残された人の悲しみ方にも大きな影響を及ぼします。

 

 

普段、日本の医療の世界ではほとんど触れることができない死生観、宗教観の部分ですが、きわめて重要な部分でもあると思え、改めて、そんなことも取り上げてみたいと思います。

 

 

もしご興味がある方は、医師であり、死生学の研究者でもある加藤直哉先生の「人は死んだらどうなるの」(三和書籍)なども、参考になるかもしれません。


死んだらどうなるのかを死生学的に知りたいと思っている方は、ぜひ読んでみてくださればと思います。

 

 

 

2 過去にも未解決の喪失を経験していたり、うつなどの既往歴がある場合

 

 

喪失体験は、先程もご説明したように「死」だけではないので、失業した上にご家族が亡くなったとか、火事で家も両親も同時に失ったとか、配偶者が死んだ上に可愛がっていたペットが亡くなったというような場合、立ち直りに時間がかかることがあります。

 

 

すでにお皿やコップを落としてヒビが入っていて、もう一度落としたらどうなるでしょう?

 

 

割れてしまいますね。

 

 

それと同じことが心に起きてしまいます。

 

 

人生で何らかの喪失を体験していない人というのもいないと言えますが、私がグリーフケアをさせていただくときにも、必ず過去の痛みや喪失感については、時期を見てサポートさせていただくようにしています。

 

 

また、何らかの心理的既往歴がある場合も、心が脆弱になっている上にグリーフ体験が加わるので、心のバランスを崩しやすいと言えます。

 

 

こうした場合、グリーフケアはある程度できて喪失感からは立ち直れても、なかなか社会復帰が難しいケースもあります。

 

 

心身の不調が強い場合、うつや不安症などの既往歴や現病歴があって苦しい場合は、周囲の適切なサポート、医師などの専門家のサポートも検討なさってみてください。

 

 

 

3 故人との間に愛着やトラウマの葛藤を抱えている場合

 

 

母一人、子一人の場合や、夫婦だけで仲睦まじく長年暮らしてきたというように、故人との愛情が強すぎても、葛藤がありすぎても、どちらの場合も悲嘆が長引く可能性があります。

 

 

特に、幼少期に親から十分な愛情を示されていなかったり、暴言や暴力を受けいていたり、トラウマになるような出来事を抱えていると、どうしてもアンビバレントな感情(愛憎の葛藤)が生まれてしまいます。

 

 

寂しい気持ちもあるのに、許せない気持ちも去らない

 

死んでも涙さえ出ないのに、母親のことを繰り返し思い出す

 

わだかまりが消えず、そんな自分も許せないというような葛藤が起きると、シンプルに悲しむことができないので、複雑な感情や思いが続いていくことになりがちです。

 

 

 

 

葛藤を抱えていた母親を亡くされたBさんも、亡くなったことに涙も流れず悲しいとも思えず、そんな自分も許せず認められなくて、やってこられました。

 

両親の仲がいつも悪くて、自分の居場所はなく、妹は可愛がられても、自分は幼い頃から何かあると手を出され、できないことは何もないほど頑張っても、トップをとっても、一度も認めてもらえることはないまま、大学進学を機に親元を離れたそうです。

 

その後、結婚し子どももいながら、ある分野のエキスパートとして、夜中まで仕事をして当たり前、家事をして当たり前、趣味もプロ並みにやらなくてはと思うほど、自分を追い込む人生を生きておられました。


母親が死んだことをどう考えたらいいのか、母親との関係をどのように捉えなおしていいのか、そもそも母親や父親、妹に対してどのような葛藤を抱えていたかということ自体が、十分に理解できていなかったBさんでした。


セッションを重ねる中で、少しずつ自分が何でここまで頑張って頑張って、休むことを一切許さないで生きてきたのか、「誰かに認めてもらうためにずっとがんばってきたんだ」ということが、ようやく理解できるようになりました。


そして、人生で初めて休むことをご自分に許し、家事をしない時があってもいい、趣味は楽しんでいいんだと受け止められるようになり、ライフスタイルを少しずつ変えていかれました。


そうして、父親や妹へのわだかまりも薄れ、母親に対しても、「自分を見守っていて」と思えるようになった時、卒業していかれました。

 

 

 

 

こうした複雑なグリーフケアにおいては、2と3にあげた過去の喪失感や、広い意味でのトラウマケアを必要とすることが実際に多いです。

 


1のケースを除けば、このトラウマケアや愛着問題の解消を十分にさせていただくことで、癒えていかれることが多いと感じています。

 

 

そういう意味で、長い間癒えない複雑な問題の場合は、単なる分かち合いだけでは心が癒えず、トラウマケア、ストレスケアも考慮する必要があるかと思えています。

 


「グリーフケアとトラウマケア」については、また、別の機会にお話をさせていただきますね。

 

 

さらには、自分自身がどんな人間なのか、どのように生きることが自分らしく生きることなのか、大切な人の死で初めて、自分の人生を振り返りはじめ、「心の再生」「人生の再生」を求めるような方もいらっしゃいます。

 

 

こうした方の場合は、グリーフケアだけでなく、じっくり時間をかけて、ご自分で納得がいくまで探求を深めていかれることが大事になるでしょう。

 


医療機関の枠を超えているところもあり、「やさしいビリーブセラピー」のヒーリングカレッジのようなプログラムもそうした試みの一つになるかもしれません。

 

 

今日はここまでにさせていただきますね。

 

明日は、「悲しみからの回復には様々なプロセスがあります」をお伝えします。

 

 

 

※死生観とシンプルでも効果のあるセラピーを取り入れた、グリーフケアの集まり「こころカフェ」が4月より始まります。

 

 

 

クリニックでグリーフケアをしているとお話をすると、グリーフ(悲嘆)とは病気なのかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、決して病気ではありません。

 

 

愛する人、大切な人を失って、悲しいのは、とても自然なこと。

 

 

大切な人、愛する人を失った悲しみはとても深く、しばらくの間、生きる価値を見失ったり、どうしようもない喪失感、孤独感におちいることは、誰にでも起きうる自然な心のプロセスなのですね。

 

 

ただ、愛する人を失って、新たな環境や状況の中で、自分らしい人生をリスタートできるようになるには、その人に合った時間とプロセスが必要になります。

 

 

なぜなら、悲嘆は、人によって強さも回復の時間も異なるからです。

 

 

そのことが理解できていないと、自分はおかしいのではないかと、自分を責めすぎてしまうことがあります。

 

 

一方で、周囲の方も、死に対する自分の経験や感じ方で接してしまうため、遺族の方が、周囲の人の言葉で傷ついてしまうこともよくあります。

 

 

「いつまでも泣いていてはダメ。あなたがしっかりしなくちゃ、死んだ人が浮かばれない」

 

「元気を出して、がんばりなさい」

 

「あなたがお母さんを支えなくちゃ」

 

「どうして、こんなになるまで気づいてあげられなかったの」

 

「あなたは、なんで異変に気づかなかったの」

 

「若いんだから、いくらでもやり直せるわよ」

 

「また赤ちゃんを産めば(再婚すれば)いい」

 

「あなたより、もっと大変な人がいるんだから」

 

「あなたはまだ幸せ」

 

「あなたの気持ち、よくわかるわ」

 

「時間が解決してくれるから」

 

 

悪気ではなく、励ますつもりで言われた言葉であっても、自分の悲しみが理解されずに、自分のつらさを周囲に話せなくなってしまうことがよくあります。

 

 

特にご家族の方の場合、49日まではやることが多く、よくわからないままに過ごしても、その後に強い悲嘆が押し寄せてくることがあります。

 

 

ところが、周囲の人は、そのあたりで気持ちも落ち着いて、そろそろ元気を取り戻しているのではと思ってしまうので、そのギャップに一人苦しみを抱え込むようなってしまいがちです。

 

 

自分のグリーフのつらさは、他の方で分かることでも比較するものでもありませんが、研究などで、悲嘆が複雑になる要因として挙げられているものをご紹介したいと思います。

 

 

1 誰が、どのようになくなったのか

 

2 故人との愛着関係(愛憎の葛藤)

 

3 過去の喪失体験や既往症

 

4 本人の性格や環境

 

5 周囲のサポートの有無などです。

 

 

今日は、ここまでにさせていただきますね。

 

次回は「悲嘆が複雑になるとき」をお伝えします。

 

 

※死生観とシンプルでも効果のあるセラピーを取り入れた、グリーフケアの集まり「こころカフェ」が4月より始まります。

 

 

大切な人を失う喪失体験による悲しみのことを「グリーフ」(悲嘆)といいます。

 

 

グリーフは、人だけではなく、大切にしてきたペットや災害による居場所の喪失、仕事を失うこともグリーフです。

 


つらい失恋や離婚などの別れ、肉体の一部を失うこともグリーフにあたります。

 

 

私たちは、大切な存在を失ったときのつらさや悲しみが深すぎると、その喪失感から立ち直ることがとてもむずかしくなってしまいます。

 

 

そうしたグリーフを抱えた方々の心の痛みが、少しずつ癒えていくように寄り添い、再生のサポートをさせていただくことを「グリーケア」と言います。

 

 

グリーフケアは、ようやく日本でも広がり始め、グリーフのための分かち合いの場やカウンセリングセンターなどもできていますね。

 

 

私は、東京のグリーケア外来を受け付けるクリニックで、グリーフケアやトラウマケアの担当としてお仕事をさせていただいています。

 

大切な人との別れは、「悲しみ」が深いだけではありません。

 

 

食事が取れなくなったり、眠れなくなったりと「体の変化」や、集中力がなくなったり、人と接することが苦痛になったりと「周囲との変化」を伴います。

 

 

体の変化としては、眠れない、起きられない、眠りが浅い、食欲がない、体がだるい、頭痛や動悸、疲れやすいなど。

 

こころの変化としては、悲しい、寂しい、後悔、罪悪感、何もする気がしない、誰にも会いたくない、憂鬱、落ち込み、不安、むなしい、生きる意味がないなど。

 

 

グリーフ体験は、さまざまな形で心や体、生活に変化が生まれやすくなります。

 

 

これまでも、本当に色々な方がお見え下さり、関わらせていただいてきました。

 

 

セッションを重ねていくと、ペットロス、失業や離婚、失恋はもちろん、配偶者や恋人の死が少しずつ癒え、笑顔が見られるようになり、ご自分の生活や希望を取り戻していかれました。

 

 

その方にとって、最もつらい記憶やトラウマになっている部分、そこにあるつらいお気持ちを、苦しくならない形で解消していくアプローチを図るため、比較的早く、ご自分を取り戻されることが多いと感じています。

 

 

ただ、死別に関しては、現在のコロナ禍の閉塞感と恐怖心の中で、「死」をどのように受け止め、癒していくかは、これからますます重要になるのではと思えています。

 

 

ここでは、ご本人に限らず、悲しみの中にある人を見守る周囲の人にとっても、グリーフやグリーフケアについての、もっとも基本的なことをお伝えできたらと思います。

 

 

1 愛する人、大切な人を失って悲しいのは自然な反応です

 

2 悲嘆は、人によって強さも回復の時間も異なります

 

3 悲しみからの回復には、さまざまなプロセスがあります

 

4 その人の持つ死生観によって、死の受け止め方も悲嘆の深さも異なります

 

5 辛すぎる場合は、適切なサポート、専門家のサポートが必要なこともあります

 

6「悲嘆」という喪失体験後の「心のプロセス」を知っておきましょう

 

 

これから5回にわたって、悲しみを和らげるためのグリーフケアについてお伝えしていきますね。

 

次回は、「愛する人を失って悲しいのは自然なこと」をお伝えします。

 

 

 

※死生観とシンプルでも効果のあるセラピーを取り入れた、グリーフケアの集まり「こころカフェ」が4月より始まります。

 

 

 

こんにちは

やさしいビリーブラピーの★ゆきです。



心理セラピーって
日本にあるだけでも
数百以上あると言われますけれども、
本当にたくさんありすぎて、
何をどのように学んだらいいか
迷ってしまうことはありませんか?




私も、
まだまだ学んでみたいと思っているもの
あります。
明日も、あるプログラムの再受講に
行ってきます音譜




人の心に関わるということは
とても責任があることで、
自己研鑽の大切さと
心理療法の進化・発展は
目覚ましいですよね。



ただ、これまで色々な方を見てきて
たくさん勉強しているのに
とてももったいないなと
思えてしまうことも
正直、ありました。



本当に自分に合ったものや
興味が持てるものに出合うまでは
色々なセラピーを体験したり
学ぶ時期は必要です。



でも、いつまでも
それでは、
どんなに色々なものを学んでも
本当には、その人の力にならないのですね。



むしろ、1つの経験値が低いまま
たくさんのやり方を知っていることで、
どのアプローチに対しても
本当の自信が
持てなくなってしまいます。



たとえば、
富士山に登るのに、
登り口は色々あって
いいですよね。




どの登山口から行っても、
5合目までは、行かれるのです。




でも、1つの登山口を途中まで行っては、
別の登山口の方がいいのではと
引き返していると、
いつまでたっても
5合目まででさえ、行くことができません。




では、どうしたらよいのでしょう?




もう、答えは簡単ですね。
まずは、一つの登山口から
5合目まででいいので
しっかり登っていくことなのです。




違うたとえをするなら、
「1つの井戸を掘る」
ということです。




1つの井戸をしっかり掘って、
ちゃんと水を汲みだして、
自分の喉を潤すのはもちろん、
他の人の喉も潤せるようになることが
大事なのですね。




それを十分に行ったうえで、
その井戸では
自分が出会った人全てには、
美味しいお水を飲ませてあげられない
ことがあります。




そうしたら、
2つ目の井戸を
これも、美味しいお水が湧き出るまで
掘っていくのです。



まずは、2つの井戸を
十分に掘ることができたら、
そこに相乗効果も生まれ、
ようやく自信をもって
人に関わることが
できるようになります。



その上でなら、
他の学びが無駄になることなく
引き出しが増えて
色々なケースに対応できるように
なっていくのだと思います。




必ずしも仕事に繋がらなくても
それまでに
かけたお金や時間は
何一つ無駄なことなど
ありません。




情報として知っていることも
自分の向き不向きを知るのも
大切なことだからです。




何を学ぶにしても、
「1つの井戸を掘ること」を
大切にして学んでみてくださればと
思います。

 

 

 

どんな時も、

あなたが

幸せでありますように

健康でありますように

安心、安全でありますように

愛し、愛されますようにラブラブ