こんにちわ。
Muscari Japan Projectの小西です。
9/9から東北へいってきました。
まずは、いつも福島に
支援している施設へ、飲料水を
届けにいきました。
やはりまだ、不足しているらしく
大変喜んでいました。
ただ、本来それほど集まってはいなかった飲料水でしたが、
トラックをお借りした会社の社長さんのご厚意で、いっぱいの水を
渡せる事ができました。
その後岩手へ向かう。
そこでは、当時の話を聞いた。
3/11、彼女らは海に向かっていたという。
でも、なんか違和感を感じて
海に向かうのをやめて、家にかえった。そしたら地震が起こり
津波がきたそうだ。
もしあのまま、海に言っていれば
今日、こうして出会えなかった。
家の方は、窓ガラスが割れたり
食器とかも、崩れ落ちていたという。
岩手をあとにし、
宮城県石巻市に入った。
宮城には震災後、衣類など物資を送っていた。
もし、「助けて欲しい」と言う
一言が無ければ、僕はなにもしていなかったのかもしれない。
市内を案内してもらい、2年半たつ街をみた。
門脇。
住宅があった場所は、草が
生い茂っていた。
道も、まだボコボコになっていたし
あの日のまま残っている建物もあった。
そして、「がんばろう!石巻」の
看板のある場所に行き
いろいろ拝見した。
当時の映像も見る事ができた。
お線香をあげ、もう一度周囲を見渡す。
何もなくなった地。
自分の家のある場所の草取りをしていた人。
終始、鳥肌がやまなかった。
どんな思いで避難したんだろう。
そんな事を考えながら…
女川。
ここにもまだ、当時のまま残っている建物があった。
津波の凄まじさ、恐怖を目にした。
東日本大震災より前にも地震があり、地盤が
下がっていたと言う。
満潮になると、水があがってきて浸水状態となっていたらしい。
海から離れている場所なのに
海で見る生物がいた。
山側には津波がきた位置が記されていた。
そして、2人の男性を紹介してもらった。
まずは、CREAM UNITED 松川さん。
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=uL0csT-77Rk
アトリエにお邪魔して、いろいろお話を聞かせていただきました。
今度、機会があればうちのステッカーをつくっていただきたいです。
そしてもうひとり。
石巻BLUE RESISTANCEの店長黒澤さん。
東北ライブハウス大作戦で2012年10月30日にオープンしたライブハウス。
おふたりとも、お仕事中にもかかわらず、お邪魔してしまい
申し訳ありませんでした。
とてもあたたかい雰囲気の方たちでした。
あの震災から2年半。
未だ避難生活をしている人もいる。
原発の問題もある。
家を失った人、家族を失った人
それでもみんながんばっていることが知れてよかった。
まだ終わっていないしこれからなんだ。
言うだけで何も出来ない人は
何もしなくていい。
でも、僕は、僕自身できることは
これからもやっていこうと思う。
そして、まだまだ
ステッカーの販売を行っています。
よろしくお願いします。




